澄み切った晩秋の空に開く大輪
成長すると3~4mにもなることから皇帝と名付けられた、ダリアの花。
またの名を、木立ダリアとも呼ぶのだそうな。
花はピンク系薄紫で、直径約20cmの 大輪を茎の頂上に咲かせる。晩秋の空にそびえ立つ姿はまさしく圧巻である。
これほど大きく育ち丈夫そうに見えるが、その実、霜に弱くて気温が3度以下に下がるときは家に入れた方がいいという。
そのうえ、街灯の下ではつぼみが付かないので、暗い所に移動する必要がある、などという繊細さも持つ大型花。 育てるのは簡単だと言われる一方で、しっかりした 添え木が必要だったりする。
晩秋の青空に映える立ち姿は見応え十分だが、花を愛でるまでには、作り手の目に見えない苦労も多いようようである。
ま、所詮は何事によらず、表面に出てくる美しさには目が集まるが、花を咲かせるまでの水面下の苦労には思い至らないことの方が多いものではある。それが普通の世の中、世間というものなのかもしれない。
この花が終わりを告げる頃、厳しい寒さの冬将軍のお出ましとなる。年賀状の準備が忙しくなる。
その前段の今は、年賀欠礼の喪中はがきが届く時期でもある。
今年もすでに数通届けられた。いまのところ、差出人が本人で、親や兄弟の訃報が記されている方が多い。
やがてはそれが逆転し、差出人が奥さんや子供の名前になって、差し出していた宛名本人の訃報を聞く日が来るのだろう。
ゆんべも、ごくごく親しい友から電話がかかった。「ウンもスンもないが元気にやっとるか~」と。
こちらも元気、先方も元気と思い込んで少し無沙汰をすると、こうして案じてくれる友から声がかかる。
やはり、ボヤッとしていてはいけんのだな~と改めて思う。
「このところなんやかや忙しくしていたんよ・・・」などと長い長い言い訳をするより「元気なら安心したよ」の一言でいい、こちらからお伺いを立てるよう心掛けなきゃ。 ”つつがなきやともがき” 友はあり難きかな。
私たちの、中学校同窓会の最後にみんなで合唱する「ふるさと」という唱歌の一節。
懐かしいだけでなく、気持ちをほんわかさせてくれるお気に入りのフレーズです。