「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「芋虫名月!!」

2023年03月07日 | つれづれ噺

                                                       
                                 啓蟄明けの十五夜お月さん 芋虫名月ともいうよ

今日は公立高校の入学試験が行われた。それぞれの胸にどんな夢や希望・想いを秘めて問題用紙と向き合ったのだろう。
名前や受験番号を忘れずに書いただろうか、どうしても答えに困った時は鉛筆転がす占いを信じて、兎に角答案用紙に書き込んだろうか。
もう2年先までは高校受験とは縁もゆかりもないジジではあるが、うちの子よその子関係なしに、描いた夢に近づく結果を得られるよう祈りたくなる。

何年前のことだったか思い出すのに時間が掛かるほど遠い昔の話になった我が高校受験。ちょっと背伸びした第一志望には惜しくも届かなかった苦い経験を持っている。あの時もしも・・・などとあれこれ取らぬ狸の皮算用みたいな愚にもつかぬことを考えたころもあった。
冗談じゃないよ、もしもあの時違った結果がこの身に起きていたら、今のこの人生があったろうか。

今のこの豊かな人生は、生まれた時から誰かがどこかで仕組んだことであり、高校受験の結果も仕組まれたことの一コマである。いったい誰がどこで何を狙って仕組んだのか。それこそ神のみぞ知るひとり一人の人生そのものなのである。色々あるさ人生は。
だから面白いし何をやっても遣り甲斐さえ忘れなきゃ何だって愉しみに変えることが出来るんだよ・・・・・・などと下らぬエールを贈っていいのだろうか。ただね受験生諸君、人生百年時代だと気の遠くなるほど長いんだよ。一本道の近回りもよし。迂回しひと休みしてもよし。自分自身の人生を精一杯生きて行けば、それなりの答えを与えてくれるよお天道様は。

そういえば今宵は旧暦2月の満月が、窓の向こうの小さな林から登った。外壁工事中で足場にシートが掛けられて、二階の窓からでは月の出端が見られない。こっそり足場を登って屋根の上から撮った貴重な満月、ご覧あれ。啓蟄が明けて迎える満月は「芋虫名月」だという。
いいさ名前などどっちでも。今日高校受験したひとり一人の将来をしっかり照らしてくれりゃそれでいい。

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「勇気ある小休止!」

2023年03月06日 | 家族・孫話

               

春3月は1年の中でも「笑いと涙」「惜別と出会い」、そんな相反する感情が交錯するシーンが、ダントツに多い季節である。
我が家ではそういった合格か不合格かという瀬戸際の感情に怯えるシーンとは縁がないはずの今年の春だと思っていた。気軽によそ様の喜怒哀楽を傍観する立場を決め込んでいた。

ところがである。このジジの大きな勘違いであったことを認めざるを得なくなった。
孫の次男坊君はじっくり選んだ自らのやりたいことに向かって、高校卒業後親元を遠く離れた全寮制の学校で研鑽を積んでいる。冬休みも終わり学年の終わりを楽しみ、次なるステップに問題なく向かっているものと、能天気に構えていた。
それが昨日午後、フラッとやってきて「じいちゃん、ちょっと帰ってきたよ」と言いながらお土産のお菓子を差し出す。アレッどうしたの??

「ちょっとストレス発散に」と彼は言葉少なに言う。母親の言葉を借りれば「国家試験を控えて猛勉強中にちょっと行き詰まりがあったみたい」と。
そっか~~、彼にもプレッシャーとなる国家試験が待っていたのか。「出来るだけゆっくりして行けばいいよ」というと、そうもしていられない、気持ちもほぐれて来たし寮に戻ってもう少し詰めておかなければ、といってさっさと新幹線駅に向かった。

中学2年の「立志の日」の決意表明では「サッカー選手になる」「看護師を目指す」「学校の先生になる」など活発な希望を述べる中で、孫君は「今はまだ何がやりたいかわからない、これから探す」という少数派の一人であった。その言葉を聞いたときのジジは気持ちの中で拍手喝さいを送った。それでいい!残りの中学1年間と高校の3年間で、本当にやりたい夢を見つけてくれることを確信した。その通りになって今は順風満帆を確信していた。
世の中そんなに甘くないという現実にぶつかった。でも、ジジババに手土産買って帰る彼の気持ちの中にはいくばくかのゆとりがあるのかもしれない。

それより何より、ここ一番を感じるときには母親の顔を見ておきたかったのかもしれない。我が娘も50才を迎え、そんな母親になりつつあるのか、子供がそんな親の像を作り上げるのか。どっちにしても「勇気ある小休止」で一息入れに帰って来た孫君に拍手を。そしてできれば国家試験合格を!!

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「敬意の下ごしらえ」

2023年03月05日 | つれづれ噺

  
    丁寧に二段の足場を組んでシートで覆って         二段の足場にそれぞれの階段を付けて

外壁塗装工事に向けてガチガチの足場が組まれシートで覆われた見る影もない我が家は、やがて装いを改め生まれ変わってお目見えする、はずである。
足場職人経験10年という屈強な若者二人が、息つかせる間もないほどせわしげにしかも手際よく、決められた部材を決められた場所に間違いなく組み合わせていく。一旦仕事を始めたら話しかけるさえ憚られるほどの緊迫感でたちまち足場が締まっていく。

そんな完璧な足場を使って明日は先ず家全体の水洗から始まるのだそうな。そっか、よしそれなら職人さんの仕事がやりやすいように出来ることをしておこう。思い立ったらやってしまいのがわりーくせ、というほどでもないが兎に角、家の周辺特に足回りを整理整頓しておこう。職人さんの水洗の手を停めさせないように、スムースに作業が運ぶように。早い話が、職人さんの機嫌を損ねないようしっかりいい仕事をしてもらおうという下心かもね。

それにしてもやり始めたら出てくるは出てくるは、何のためにこんなものをここにいつまでも置いていたんじゃろう。これも捨てようあれも処分。
何年ぶりにここまで手を付けたのだろう。逆に言えばいったいいつまで不用品を蓄えておくのか!しっかりせーや!!お叱りの声が聞こえてきそう。
そうしてこうしてその結果、我ながら見違えるほどに我が家の足元が明るくなった、すっきり身軽になった気がする。

この外壁塗装工事も終活の一つなら、こうして不要蓄積物の思い切った処分もまた終活の一つになるに違いない。それにしても、足場の低い鉄筋をくぐったりまたがったり足腰のきしむ作業ではあった。でもやり切って明日の朝気持ちよく職人さんを迎えられるのは心地いい。少しのお疲れもあって今夜の寝つきはよさそうだ。いよいよ明日から。

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「終いのご奉公!」

2023年03月04日 | つれづれ噺

            
築27年、別段何不自由のない我が住処である。1回目の外壁塗装を、セールスに勧められるままに筑後10年そこそこでやってしまった。今考えるとまったくそんな必要なかったのに、まあせっかく新築に住むのだから出来ればきれいなままがいい。などと粋がったのかどうか、兎に角早すぎる1回目だった。あれから17年、まだまだ十分な見栄えはあるのだが、今出来るうちにやっておいたらもう次は私達の手でやることはない。言うなれば終いの投資、終いのご奉公の意味もあって、手がけることにした。

  
         家の周辺ぐるり、安全作業の基本となる鉄パイプの足場がビッシリ組み上げられる。

  
     塗装工事なので、色物塗料が風で飛ばされないようにベールに囲まれる。この状態で約2週間辛抱を。

全て覚悟の上で乗りかかった船だから、がんじがらめの足場を組まれ、風よけやら目隠しやらのシートを張り巡らされて、早くても2週間はかかる工事期間はまるで塀の中の生活みたいである。実際の塀の中は経験していないが、想像するに窓も開けられない空気の入れ換えは作業が終わった夕暮れ時。我が家なのに出入りは玄関1カ所だけ、それも軽く小腰をかがめて。

でもまあ、わずか2週間の辛抱で見違えるほどの化粧直しをした我が家を眺めるのも悪くはないだろう。とはいうものの大枚を支払う大仕事ではある。僅かな蓄えの中から近来なかった大金の出費。痛いな~。時節の流れ、経年劣化がここにも大きな影を落とす。私達がいなくなっ後この家はいったいどうなるのか。
そんな先の取り越し苦労を思っても仕方のないこと。生きている今を楽しまなくてなんとしょう。

2週間もしたら桜の便りも声高になるだろう。その時こそ桜と共に綺麗になった我が家に祝杯を上げよう。終いのご奉公なのだから。

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「ひな祭り!」

2023年03月03日 | 季節の移ろい・出来事

                                                                      
多くの家庭がそうであるように、我が家のお雛かざりも長い間階段下の物入れの一画を占領している。
と~きどき出すことはあるが、ここ数年静かにお眠りのままになっている。長女誕生と色めき立って嫁さんの実家から豪華な七段りを贈られた半世紀前の値打ち物である。贈られたのは本来は私達ではなく私の娘、実家からみれば可愛い孫への贈り物であったはず。なのにどういうわけか娘はお嫁入り道具の中に雛かざり入れず、我が家に置かれたままである。

出すのも仕舞うのも大変な手数ということで、滅多に日の目を見ない。数年前必死に飾り付けをして、孫君達に「お母さんの雛かざり」と言って見せたら、お雛様には興味を示さない彼らも「お母さんの・・・」という点には、ニヤッと頬を赤らめる一幕があったことを覚えている。その娘の三人の子は男の子ばかり。かたや、兜飾りを贈られた息子の方は女の子が二人。

さすが女の孫は「お雛様見たい」とばあちゃんにおねだりするが、「あなたたちにはじいちゃんばあちゃんが贈った雛飾りがあるでしょ」という話になる。
そハタハタと思い出したのが、5年前に撮ったこの写真。タイトルに「お地蔵様ではありません」と付けた。ふっくらまん丸顔の妹はまるでお地蔵様みたい。愛おしそうに手を添えるお姉ちゃん。あれから5年、小学3年生と幼稚園年中さんに成長。

目に入る形は変わったが、三兄弟に比べると柔らかさとおとなしさがまるで異なる。当たり前の話だが。
そこへいくと姫孫はいつまでたっても5年前のこの写真がよみがえる。そして自慢たらしく、どんな豪華なお雛飾りよりもこのあどけない写真の方がひな祭りにはお似合いだね。などと密かに思うジジバカである。柄にもなく3月3日に触発された桃の節句の雑感である。

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「景気の底上げ!」

2023年03月02日 | カープ一喜一憂

                             

年明けとともに始まったプロ野球選手の自主トレーニング。
2月にはチームによるキャンプインで、ベテラン新人入り混じって力量が試される。評価を受けた30人近くが開幕一軍選手登録を競う。いわゆる厳しい競争社会である。勝ち残った者だけが晴れのスタートラインに立つ。しかしそうばかりではない。スタートラインには立てなくても、持てる力をコツコツ発揮して首脳陣に認められれば陽の当たる一軍登録が待っている。要は自身との闘いに勝ち、周囲にアピールする力を発揮させることである。

3月の声を聞いた今は、多くのチームでキャンプを切り上げ実戦に近いオープン戦が始まっている。
そんな中で、我ら広島カープの公式戦のチケットが販売された。多くの席が早くも完売。あとはコンビニに回されるチケットをあちこち走り回って手に入れる方法が残されてはいる。ただ競争率が高く入手困難であることに変わりはない。やはり依然としてプロ野球人気は高いと言える。
そんな状況もあって今年から声出し応援解禁。鳴り物入りの賑やかさが戻ってくる。

せっかくのプロ野球観戦が、マスク必須で大声応援はご法度。絶好機のタイムリーヒットもヌンチャクバットを叩くだけ。立ち上がっての応援も自粛。同伴の相手とヒソヒソ話で逆転負けの口惜しさを抑え込む。なんかしらストレスの溜まる応援風景であった。
今年は様子が変わる。食べ物の売れ行きも跳ね上がるだろう、元気な応援売り上げ倍増景気の底上げか。観戦そのものが心底楽しめそうである。

その上に、新井新監督率いるフレッシュカープが好成績でも残そうものなら、コロナも不景気も物価高も一瞬忘れられるに違いない。一瞬でもいいのだ、憂さを晴らして雄たけび上げる、そんな場所を共有できればそれだけで、明日への勇気も希望も湧いてくる。
そんな春間近。孫君の野球追っかけと同等かそれ以上にカープにのめり込むのだろうか??

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「弥生ついたち」

2023年03月01日 | 季節の移ろい・出来事

              

1月はさっさと往き、2月は逃げるような速さで過ぎ、早くも弥生ついたちを迎えた。
弥生ついたちと言えば言わずと知れた高校卒業式である。全国各地で様々な卒業式が催された模様。
その様々の代表格がマスクの着用の是か非か、必要か不要かのマスク事情である。ある高校の卒業生代表の言葉が耳に残った。

「この3年間マスクを付けた顔との出会いに始まり、マスクを付けての卒業。3年間本当の顏を見ないまま過ごす不自然さが頭から離れない。これから先、何かで顔を合わせる時はマスクなしで会おう!!」と。そっか~ 3年前に始まったコロナ禍はちょうど彼らの3年間にオーバーラップするのだ。思えば気の毒である。せめて卒業式は「マスクなし」を推奨されたとしても、現段階では「よしッマスクを外そう」とするには勇気が要る。

私たちのようにワクチン接種5回の実績をもってしても、いざ不特定多数の中に入るとなると一にも二にもマスクは必須アイテムである。臆病と言われようと何と言われようと現段階ではマスクを付ける派である。
ただ、何度も言うように3年間のマスク生活は辛かったね~。好きな人でもそうでない人でも、何はともあれ素顔で接してみたいよね~。涼やかな目元に惚れ込んで、あるときマスクを外したらガッカリ・・・お互いに不幸な話だよね~。

そんな愚にもつかない話より、高校卒業の一区切り。何はともあれおめでとう。3年間を頑張ったことはもちろん、小中高9年間を無事に生きたことになる。そして次なるステップは、就職・進学の大きな岐路に立ちどっちにしても希望が胸を押し広げる弥生ついたち。春眠暁を覚えずの休暇もつかの間、新たなスタートライン。どの子にも幸多かれと祈りたい。

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