救急車騒動(その1)
今までの人生で、二回救急車に乗った。いや、一度は乗せられたのだったが。
一回目は母の病気が重篤になり自家用車でも、タクシーでも病院への移送が無理になった時だった。
掛かり付けの医院に紹介状を書いてもらい、手続きは終わったのだが、最後は救急車に頼むしかなかった。
救急車は約束の時刻にサイレンを鳴らさずに我が家に来た。
そして「ここから病院まではサイレンを鳴らさせていただきます」と言って出発。
私も案内役で同乗し、長岡の病院まで、サイレンを鳴らしても避けない、
マナーの悪い車が多いことに驚きながらも同乗したのだった。
二回目の経験は、思いもしなかった事だが、なんと自分が乗ることになった。
私の村では7つの班編成が有り、その班で夏祭りの準備なども1年送りの交代で執り行われていた。
20年少し前の年に私の班が祭りの担当になった。祭りの前に一回目の打ち合わせがあり、
団結を固めるためにお酒も出たのだった。
(続く)