夢と現実
帰宅を思う彼は荷物の中に隠し持っていた
いや単に入っていることを忘れていた品に触れた
急に体が冷えてきて 彼は風呂へ入ろうとして 愕然とする
首から下 穴だらけだ
じわ・・・と 指が沈み 血が滲む
―なんなんだ?―
穴は呼吸するかのように 閉じたり開いたりする
更に湯の中には 何かが沈んでいるようだった
―何がどうなっているのか
彼は混乱した
ままならぬ体が心を裏切り 意識を手放す
ふわふわした中 判然とせず ただ聞いている
うつつか 何か
「ここまでにしたのに 弱らせすぎては 役に立たない」
「宣伝する撒き餌がいなくては 客が来なくなる」
「新鮮な血 美味しい血」
ひゅふひゅるぎゅ・・・
暗黒 体が沈んでいく 何処までも ―何処?ここは何処で いつなのだろう―
体が重い
彼は自分の体が茶色い動く布団に覆われているのを見たと思った
いや それは布団などではなくて―
わらわら びっしり 蠢いている
悪夢だった
逃げようとしても 体に力が入らず 動けない
悲鳴をあげようとして それが口の中に入ってくるかもしれぬ気味悪さに口を開けることができない
更に不気味なのは 肥大したなめくじめいた顔の着物をきちんと着ている化け物だ
見覚えのある着物の柄
―あの着物は―
のっぺらぼうなのに何故かそれが ニタリと笑ったのが 彼には判った
やがて再び目覚めると 彼は一人きりで部屋にいるのだった
誰もいない・・・
彼は他の荷物は諦め 一つだけポケットに入れて歩き出した
山を降りるのだ!―ただそれだけを目標に坂道を下っていく
ずっと圏外のままの携帯電話を握りしめて
振り返らない 考えない ただ歩く 歩き続ける
橋を渡ると 電話が鳴った
「はい」
「生きてるのか?大丈夫か 阿由子が電話にも出ないって心配して言ってきたんだ で 気になって お前さんのいる宿について調べてみた
いいか 驚くなよ その宿をめざした人間で行方不明になったのが いっぱいいるんだ
とんでもない宿を紹介しやがって
槇村の奴 少ししめてやったら 姿を消しやがった」
息つく暇もない勢いで高倉哲弥が喋る
「阿由子って・・・」
「ほら課は違うけどいるだろ 東条阿由子 あれねイトコになるんだ あいつはずっと昔小学生のチビの頃に お前さんにおんぶしてもらったことがあるんだと 俺ん家へ遊びに来ていて怪我して
俺とお前は詰め襟の学生服
お前の背中は お日様の匂いがしたそうだ
年は違うが 大学 会社 俺達の後を懸命に追いかけてきたって
こないだ 星野の奴がお前に絡んだろ
妻子持ちのクセしやがって阿由子に手を出そうとしたのよ
同じ会社に好きな人がいる 千倍も男らしい人間だと こっぴどく肘鉄食らわせたらしい
あの性格だからさ
星野の馬鹿はスケベな女好きだけに こういう勘だけは いいんだ 阿由子が好きなのがお前だって気付いたんだろ
その勘 仕事に役立ててみろっての 阿由子は責任感じて泣いたよ」
「平気だ 僕は」
「何言ってる 妙に力の無い声して
本当に大丈夫なのか
迎えに行く 待ってろ」
「来てはいけない!
すれ違いになる
僕は帰る所なんだ
来なくても大丈夫」
来たら 高倉まで 奴等の餌食になる
―彼は電話を切った
少しでも進む 進むのだ 逃げ切れるかどうかは判らないが―
化け物達の掌の上で遊ばれていたのか
いつのまにか 彼は囲まれていた