夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「今も探している」

2013-08-17 21:00:07 | 自作の小説

良家の令嬢らしく厳しく育てられた娘には 誰も男の喜ばせ方など教えてはくれなかった

むしろそうした夜の営みについては みだりに声をあげたりしては はしたないのだと いかなる時も乱れてはいけないのだーと そう教えられたのだった

名家ながら傾いた家から 少し落ちるが金はある家で器量自慢の娘は売られたのと等しいー縁談だった

名家の血筋と娘の美貌と

打ち解けない妻 夜すら 夫婦二人きりとなっても 声一つ立てない妻

幾ら憧れの女性であっても 夫になった男には面白くなかった

遊里の女へ楽しみを求めるようになる

夫に浮気された妻はー姑や小姑に責められた

嫁として妻としていたらないからだ

 

跡継ぎを産む気配もなく 石女(うまずめ) 子供も産めない女

高くついた嫁なのにーと

いびられようと そしられようと女は顔色一つ変えなかった

それが女の意地だった

誰も味方はいない

女の官能が開き始めた頃 夫は他の女に心を移した

そんな夫にどうして心細さ 辛さを言えよう

取り乱しはしない

なんと言われても嫁としての仕事はしよう 役目は果たそう

そんな女の姿を舅は見ていた

必死に背筋を伸ばし歯を食いしばり 優しい笑顔を浮かべてみせる

ーああ息子はバカをしている

その女が嫁にほしいーと想いを募らせたのはー息子のほうであった

だから無理をし 人を頼みつてを使ってまとめた縁談だった

目が見えにくくなったから蔵の書き物の整理を手伝ってほしいと嫁に頼んだ

蔵から響く澄んだ明るい笑い声が 女の夫の耳にも届いた

自分の父親と楽しそうに作業する自分の妻

その様子を眺めるうち 男は再び自分の妻に恋をした

若い乙女だった娘を頑なにしたのは 自分が悪かったのではないか

もっと優しく扱うべきではなかったか

相手が心を開くように

男は反省した

しかし男は夫婦の寝室から遠ざかって久しく 何かのきっかけを必要としていた

妻が自分へ笑顔を向けてくれたら

そうしたら

夫は妻への片思いにますます言動が不器用になる

上客の足が遠のいた遊里の女は面白くなかった

その美しいだけの妻との不和も知っており あわよくばーとすら思いあがっていたのだ

ならば顔が不細工になれば 傷をおったらどうなるーと遊里の女郎は考えた

男の子供がお腹にできたーと乗り込めばいい

父無し子として育ててもようござんすかと

女郎の呼び出しに 男はすげなかった

「すまないが これでそうしたことには十分な用心をしている」

女郎は恨みを持った

自分に入れあげる男 なんでもする男がいる

濃い口紅を塗った唇を醜く歪め女郎は そんな男をそそのかす

あたしは あんたに身請けしてほしいのさ

そこの家には金がある いただいて いっそ一家皆殺しも面白いかもしれないね

殺して火を付けたらー

そうしてくれたら お金さえあれば あたしはさ 未来永劫あんたのもの

女郎にたきつけられ そそのかされ

徒党を組んでの押し込み強盗

逃げ回る家の人間を刻んでいく 姑 小姑

舅も血まみれにー

夫は妻を庇った「お前だけは殺させるもんか」

蔵の奥の秘密の通路へ

「あなたー」

「ずっと悲しく寂しく辛い思いをさせてすまない これがせめてもの詫び

いとしく思っている」

「あなたーあたくしは あたくしもー」

「いつか生きて会ったら 笑ってくれ 笑い声が好きだ いい夫ではなかったが どう扱えばいいかわからないくらいに 好きだったんだ」

妻を助けるために男は隠し扉をしめて蔵を出ていきーそして戻らなかった

女はずうっと夫が扉を開けてくれるのを待っていた

けれど誰も来なかった

どれほど待っても

どれほどの時間が流れたのだろう

女は 一人だった

ただ一人 ずっと一人

そうして気がついた 迎えが来ないなら こちらから捜しにいけばいい

あの人を 愛しいと 自分を好きだと言ってくれた夫を

どうにかして取り返すのだ

最高の笑顔を向けよう

あなた あなた

もう一度 

女は白い腕を伸ばす

虚空へと

自分が死んでいるのか 生きているのかも女にはわからない

長いこと一人だったから

自分の名前も忘れてしまった

いつしか女は いわくつきの道具を集める「わ道具屋」になっていた

何かある道具が 女を呼び寄せるのだ

自分は何かを探している

女はそれが何なのかも誰なのかも もう覚えてはいないのだけれど

ただ探して 探し求めて旅をしている

それは それは ぞっとするくらいに美しい女

それでも悪いモノではない