デレクも大柄な男だが 向かいあえば 呉坤達(ウークンダー)は まだ大きい
逃げる暇はなかった
ずしずしと坤達が近づいてくる
「ああ!もう!」女はデレクの両頬を押さえると強引に口づけした
「いい?今のあなたじゃ勝てない 適当に必死に戦って! 逃げるのよ!」
随分な言い草だった
坤達は無言のまま襲い掛かってきた
その一撃めでデレクはよろめき 女の言葉が嘘で無かったことを知る
ーこれは 化け物だーデレクは自分を棚に上げ思うのだった
間抜けな手下達とは違うーハイブリット種ーどういうことなのか
大きい 強い そしてー速い!
デレクの傷ばかりが増える
坤達の表情は全く変わらない
多少の傷は見る間にふさがり治っていく
ー何なんだ!こいつは!-
そして女は -この油断ならぬ女は坤達の一瞬の隙を待っていた
デレクを倒すことに集中し坤達が自分の存在を忘れる瞬間を
なんと!女は蚊になったのだった
首の下の掌半分ばかり下がった背骨あたり もっとも手が届きにくい部分の血を吸う
坤達が膝をつくまで吸い続けた
そうして女は今度は坤達に姿を変える
デレクを背負い闇に消えていく
この女は何者なのか
夜明けが来る前に 女はデレクを地下道に連れ込んだ
坤達の姿のまま デレクの傷の手当てをしていく
時々 滴る血を舐めた
「デイアン」
「なあにデレク 愛しいあなた」
「その姿でそのセリフはやめろ あと俺に血を飲ませようとするのはやめろ」
「この姿は仕方ないのよ 自分の姿ではあなたを運べないし 血の影響もあるし
それに点滴みたいなものだわ あなたはどうしようもなく弱っていた よく効いたでしょ
私の血は」
ちょっとデレクは黙り デイアンを睨む そう女の名前はクリステイーネ デイアンという
「あのキスだって」
デイアンが坤達の前でしたキスには意味があった デイアンは咄嗟に自分の舌を噛み 流れる血をデレクに飲ませた
「大の男が思春期の女の子みたいにキス一つで うだうだぐじぐじ言わないの
妙な血飲んだから 出しときたかっただけよ」
デレクは頭痛がしてきた
「呉 坤達(ウー クンダー)とは何者なんだ」
「美しい私をしつこく追ってくるストーカー 美人って罪ね」と デイアンは まだ坤達の姿のまま答える
「また勘違いされるようなことしたんだろうさ」
「あ しつこい 根に持ってる」
「ふられた理由くらいは知りたい」
「ねぇ あなたは一族を守る立場で いつかその血を受け継ぐ子供が欲しいって言ったわ
よく考えてみて 私は吸血鬼なのよ
小説か映画かドラマ以外で 吸血鬼の出産って聞いたことある?」
「-ないー」
「ねぇ だから身を引いてあげたの
私に子供は産めないわ あなただって吸血鬼の子供なんてほしくないはずよ」
「試したことはあるのか」
「却下 淑女には尋ねてはいけない質問もあるの」
認めたくはないが 初めて生まれた町を離れた大学時代 デレクにとって出会った女は初恋だった
夢中になった相手は 自分は吸血鬼なのだと正体を明かし 別れの挨拶にと 彼の血を一口飲んで姿を消した
再会するまで クリステイーネ デイアンは この世に存在しない幻ではなかったかと思うようになっていたくらいだ
女は全く年をとっていなかった
「幾つなんだ」
「女に年を訊くものじゃないわ」
それからちょっと優しく微笑んだ 相変わらず坤達の姿のままだが
「少し眠りなさいな 起きたら もう少し詰めた話をしましょう」
「この夜を壊せたなら」-異形狩りー1 ↓