自分が死んだことに気付かない間 僕はどこにいたんだろう
ただ 立っていた 一人でいた しばらくの間 たぶん
どれほどの間であったのか
僕は余り勉強ができないから「働け」と両親に言われた
弟はよく勉強ができた
その弟のために給料は家に入れないといけなかった
体を壊しちゃいけないから 勉強ができなくなるから 弟にはいいものを食べさせないといけない
弟は二階の日当たりのよい東南の角部屋 窓も二か所ある
僕は帰って寝るだけだから廊下の奥
「あんたがバカでどれだけ恥ずかしい思いをさせられたことか」と母が言う
弟は希望の星で 僕は家のハジーなんだそうだ
「おかわりなんてしようというの まあなんてあつかましい おかあさんたちのことは考えないのね 自分だけおなかいっぱいになればいいのね」
「お前は儂があれだけ嫌っている信義のところに出入りしているとか この親不孝者め
勘当だ
親に恥をかかせて嬉しいのか まともに食べさせないから信義のところへお前がおしかける」
そう世間は噂するんだ
こっぴどく父に叱られた
信義叔父は優しかった その奥さんの礼子さんも若くて綺麗な人で 「仕事帰りだったらお腹空いているでしょう」と あれこれ食べ物を出してくれる
信義叔父がよく食べるから 「若いんだからもっと食べろ」
山盛りにおかずもごはんもついでくれる
信義叔父を可愛がる祖母もよく来ていて 孫の僕に色々薦めてくれる
海軍で外国へも行き 終戦後はしばらく闇屋もしていて 今は建築関係の仕事をする信義叔父の話は面白かった
叔父夫婦の家にいるときは幸せだった
ずっと笑っていられた
でも もう行ってはいけないと言われた
持ってた金で酒を買った
いつもならこの酒を手土産に信義叔父のところへ行く
信義叔父は笑顔で迎えてくれる
僕はー
「家を出るのか 親不孝もんめ 育てた恩も忘れたか このひとでなしめ」
「どうしようもない子 育てるんじゃなかった」
僕は
酒を飲んで眠った どこにも行くところはない
線路を枕にしたら いい気持だった
星が綺麗だ
そうして僕は死んだのだろう
そして動けない僕の耳に叔父の声が聞こえた
「修一はかわいそうやった」
僕は行きたくてたまらなかった叔父の家に行った
しばらくして礼子さんは赤ちゃんを産んだ
まひろって名付けられたその子はとってもかわいかった
その子には僕が見えるのか よく僕がいる方向見て笑いかけてくれた
僕はこの子を守りたいと思った
年の離れた妹のように 家族のように思えた
僕の妹は全然かわいくなかったから
「バカなほうのおにいちゃん 向うに行っててよ」
姿を見るだけで気分が悪くなるわーとか よく言われた
ずっと叔父夫婦の家にいられて まひろちゃんが育つ姿を見て 僕は死んでからのほうが幸せだったかもしれない
成長したまひろちゃんには 僕は見えなくなったようだったけれど
それから随分と長い時間がたった
礼子叔母 信義叔父も死んだ
僕は声をかけてみた
すると僕が生きていた頃の姿になった叔父が叔母が返事をしたのだ
ああ 僕たちは一緒になれた
また色々な話ができるようになった
それから まひろちゃん
はるかに僕の年齢も超えたけど
叔父夫婦が僕のことを話していたから その話を覚えていたから
まひろちゃんは時々僕の名前を思い出してくれた
夢の中で会うこともできた
つながり
夢が持つ力
夢の中で まひろちゃんは言ってくれた
家族写真 本当のモノにしようね
優しい笑顔で
夢の中で撮った写真にまひろちゃんは何か書いていた
有難う 優しいまひろちゃん
心は少女の無垢なままのまひろちゃん
病気になったまひろちゃんが死んだ時 僕は声をかけてみた
「修一だよ 覚えてる」
まひろちゃんは笑顔になった
叔父夫婦とまひろちゃんと僕
今は一緒にいる