闇が深い その闇の中を女が駆けていた
月光に溶け込む淡い金の髪 闇に光る春の空のような水色の瞳
古風なケープがついたマントにも見えるロングコートなびかせ 女が走る
追っている大男からは殺気が漂う 強い血の匂いもする
大男は女を捕えたら引き裂くつもりなのか
つと 女の匂いが消える
男は野性の生き物のように鼻を動かし女の匂いをたどろうとする
川辺で女の匂いは消えていた
川底近くを泳ぐ白い蛇がいる 蛇はー水色の目をしている
女が姿を消した遥か先にあるのは 開拓時代の西部のような古風な町
時間の流れに取り残されたような
女はそこに逃げ込んだのだろうか
木の扉を押し開けて入る酒場の外には数頭の馬が繋がれている
店の中にはギャンブラー
カウンター内にショットガンを隠したバーテン
店の一角にはピアノならぬオルガン
商売女もいる
カーブがついた二階へ上がる階段
孤高の保安官はしかし不在だった
ここ数日 姿を見た者はいない
では ならず者の天下なのだろうか
よそ者は目立ちそうな町ではある
道路は舗装されてもいない
こんな町がまだ存在したのか
あの女が目指していたのは この町なのだろうか
長いこと 人々は この町で静かに暮らしてきた
しかし間もなくこの町は血に染まってしまうのだ
古い恋の為にー女は走っていた
偶然に聞こえた会話
あるか無いかも分からない町を消滅させる計画
女が知る別の村が消滅したという
そして次の標的は ある人間が暮らす町
女もまた狩られる身でありながら 案じて向かう途中 捜す相手が捕えられていると知る
敵は強く数も多い
それでも女はくじけない
そして助けた相手から危害を加えられる可能性もある
何しろ別れ方が別れ方だった
しかし女はあでやかな美貌に不敵な笑みをうかべている
男はわけがわからないままに捕えられていた
そして吊るされ血を抜かれ拷問を受けている
誰が何の為に捕えたのかも男にはわからない
強靭な肉体持つ男もさすがに弱っていた
自分を追う大男から逃れた女は探す男が捕えられている建物にどうやってか辿り着く
古びた煉瓦の壁に囲まれた部屋へ男は閉じ込められていた
目隠しされ天井から吊るされている傷だらけの男
女は自分の腕を噛み破るとその血をコップに溜め男の口へあてがう
何日も何も飲んでいなかった男は その血を一気に飲み干した 味などわからなかった
炎が全身をかけめぐるように男の体が熱くなる
女は男を天井から下ろし 縛めを解いた
目隠しを取った男は女を見る「お前か! お前がー」
「デレク 逃げなくては 殺されるわ」
片眉を上げるデレクに女は続ける
「詳しいことは私も知らない ただ 一つの村が皆殺しにあった
今 狙われているのは あなたの町
早く行かないと皆殺しにされる」
デレクは女を信じていないようだった
「相変わらず鈍い人ね いうなればハイブリット種がいて それを率いるのは呉坤達(ウー クンダー) 連中はあなた達よりも強い」
デレクは血の匂いを嗅いだ 女の血 では今飲んだのはー
それが男に力を与えている
よりにもよって女はデレクに何を飲ませてくれたのか
女の血の匂いは他の生き物も呼んだ
二本足で立つ毛むくじゃらの生き物は服を着ている 灰色の剛毛で覆われたその首は狼のものだった
長い大きな口から牙が覗く
凶悪そうな吊り上がった目
その姿で言葉を話す
「餌が増えたか」
もう 涎を垂らしている
それの失敗は一瞬どちらと戦うか迷ったことだ
傷だらけのデレクよりも見るからに華奢な女を選んだ
どうやら何故か血をくれてまで自分を助けてくれようとした女
その女をタテにすることはデレクの「男」に関わった
女の前に立つと自分よりも大きいソレに対した
それの戦い方は狼よりも熊に近い
巨大な掌がデレクを襲う
鋭い爪は壁の煉瓦も一撃で砕く
最初 劣勢に見えたデレクだが 素早い動きで一気に形勢逆転
そして女は新手の狼人間と戦っていた
身が軽い
くるりと相手の背後に回ると ちょっと嫌そうに首筋に吸い付いた
相手は力を失う
「激(げき)まずー」
デレクは相手の心臓を抉り出して仕留めていた
一応 生き物 心臓を抜かれては戦えない
だが その頃 建物の前に 女を追っていた あの大男が現れていた
呉 坤達(ウー クンダー)だ