ー連ー
病院の中庭から警察へと連行される途中で 叔父の新垣忠明(しんがき ただあき)は倒れて意識不明のままー一週間後に死んだ
人の寿命というものは分からないものだ
豊造父は「(十歳下の忠明が自分より)先に死ぬとはな」とだけ呟いた
忠明の別荘からは 忠秀らが置いていた 攫ってきた女性達を強姦したり殺したりしている画像や写真が発見された
忠秀は先々には自分の父親の忠明すら強請ろうとでも思っていたのか
忠明に依頼された悪さのーそのメモまで残していた
そんな騒動のさなかも姉の蓮は離れの二階で眠り続けていた
姉の復讐は終わったのか・・・・・どうか
僕は自分の血を姉の口元にそっとしませる
指で姉の唇を押し開き 血を流し込む
忠明と忠秀父子の葬儀が終わり 暫くしてから豊造父は退院した
肺癌・・・・・腫瘍は取り除くのが難しい場所にあって・・・豊造父は高齢だからー敢えて手術は行わずー
自宅で普通に暮らし 堪えきれぬ痛みの時には痛み止めを飲む
食欲が落ちると医師が往診して看護師が点滴を
いよいよ痛みがこらえきれなくなるまで 医師の言葉があっても豊造父は煙草をやめなかった
「60年以上 喫(の)んできたんだ」
これをやめる時は 死ぬ時だーそう言っていた
医師の診立ては半年の寿命であったがー豊造父は2年近く生きた
その豊造父の命が消える少し前 やっと久しぶりに姉が起きてきた
豊造父が退院してきてから僕は 母屋の豊造父の寝室に近い座敷を自分の寝泊りする部屋としており 離れへは朝晩の着替えで行っていた
風呂から上がり 次の日に着る服を選んでいると ふわりと姉が部屋の入口に立っていた
「あ・・・起きたんだ 姉さん 調子はどう?」
「ありがと・・・・・わたしが起きられないでいる間にあったことを書いた日記を枕元に置いていてくれて・・・・・
新垣忠明は死んで・・・・
おじい様はご病気なのね」
「そう・・・主治医からは余命半年と言われたけど その倍以上 根性で生き延びてくれてる」
「おじい様はわたしのことを知っていてくれたのね
気にかけて 姿を身に来てくれていたんだわ」
「その為に姉さんが酷い目に遭わされたと 全部自分のせいだと自分を責めている・・・・・」
「いいえ! 悪いのは! 悪かった人は もう・・・死んで・・・いるわ」
少し黙って考えているふうだった姉はーしばらくしてから言った
「非常識だし冒険だと思うけれど おじい様に会えないかしら
連の書いた日記には おじい様が何かには気付いているとあったわ
わたし 言いたいの おじい様に有難うと」
僕は迷った 死んでいるのに死んでいない状態の姉
「僕は姉さんが この世に存在してくれて嬉しい
もしも例の注射が無ければ 姉さんは殺されて 普通に死んだままだった
僕は姉さんに会えないままだった」
「化け物なんだけどね 死んでいるのに動けるゾンビ」
「たとえ何だって 何になったって この世に存在してくれている」
「実体ある幽霊とか」小さく姉が笑う
答えは見えた気がした
「姉さんの姿を見たら 喜ぶと思うよ」
僕は姉を連れて 豊造父の寝室へ行き 部屋の外へ姉を待たせておいて豊造父に言った
「会わせたい人がいるんだ だけど驚かないで」
豊造父は黙って頷いた
薄い藤紫色のワンピースを着た姉が入ってくる
背中にクッションを二つ当ててベッドに上半身を起こしていた豊造父は 食い入るように姉の姿を見て 瞼を閉じ ふっと息をもらした
僕は姉の状態について説明する
ずっと動いてはいられず 殆ど眠っていること
「そうか」とだけ豊造父は言った
「こんなモノになってしまいましたが わたし お礼が言いたかったんです
気にかけていてくださったこと 本当に嬉しいです」
「これは また・・・儂が会いに行ったせいで せいで お前はー忠明に目を付けられー忠秀にー」
「おじい様とお呼びして宜しいでしょうか おじい様のせいではありません
わたしは・・・・・おじい様を恨んでなどおりません」
僕は席を外し 姉は豊造父と長いこと話していた
その夜から日を措かず 痛みがいよいよ烈しくなり薬では抑えられなくなり 豊造父は最後の入院をして数日で亡くなった
もしやと思う姉に会うまで 命ふりしぼるように生き続けていたのではないだろうか
どういう状態でも「存在しているだけで」
それで豊造父も良くて まして「感謝している」という姉の言葉は望外なほどの喜びであったかもしれない
短い時間でも祖父と孫娘として過ごせたのだし
豊造父は奥阿美津のもとは千希良(ちぎら)のものであった土地を買い取っておりー僕経由で別荘を建て 望むなら姉の蓮が暮らせるようにと
もしももしも蓮が望むならばー
できる限り姉の願いを叶えるようにと 豊造父の遺言だった
希(ねが)いと言い換えてもいい
ひとりきりの愛しい愛しい大切な孫娘
豊造父の四十九日の法要が済んでから 姉にこれからどうするか 何かしたいことはないか 僕は尋ねた
「ふつうの生活は無理ね 眠っているほうが楽だもの
ねえ 連 何でもしてくれる 本当に」
「勿論」
「なら お願い 一つだけ」
とっても会いたい人がいるーと姉は言った
たとえ半時間でもいい もう一度話したいのだと
「わたしはこんな身の上 その人がまたわたしに会えるなんて
思うのはだめなの できないの」
その段取りをつけてほしいと姉が言う
「なんとか やってみるさ」と僕が答える
一人になった僕を緑矢克雅氏も案じてくれた
豊造父の闘病中の幾度もの見舞い 葬儀での心配りなど
それらの礼と挨拶に出向くことにした
忠明に刺されそうになって震えていた少女は 二年ばかりの月日のうちにすっかり美しい娘に育ち
僕はできるだけ近づかないようにしていた
姉の蓮もだが あんまり綺麗すぎる女性は ちょっとおっかない
緑矢氏に連絡を入れると 自宅へ来るように言われた
通された部屋で待っていると 緑茶と和菓子をあきひが運んできた
病院の中庭から警察へと連行される途中で 叔父の新垣忠明(しんがき ただあき)は倒れて意識不明のままー一週間後に死んだ
人の寿命というものは分からないものだ
豊造父は「(十歳下の忠明が自分より)先に死ぬとはな」とだけ呟いた
忠明の別荘からは 忠秀らが置いていた 攫ってきた女性達を強姦したり殺したりしている画像や写真が発見された
忠秀は先々には自分の父親の忠明すら強請ろうとでも思っていたのか
忠明に依頼された悪さのーそのメモまで残していた
そんな騒動のさなかも姉の蓮は離れの二階で眠り続けていた
姉の復讐は終わったのか・・・・・どうか
僕は自分の血を姉の口元にそっとしませる
指で姉の唇を押し開き 血を流し込む
忠明と忠秀父子の葬儀が終わり 暫くしてから豊造父は退院した
肺癌・・・・・腫瘍は取り除くのが難しい場所にあって・・・豊造父は高齢だからー敢えて手術は行わずー
自宅で普通に暮らし 堪えきれぬ痛みの時には痛み止めを飲む
食欲が落ちると医師が往診して看護師が点滴を
いよいよ痛みがこらえきれなくなるまで 医師の言葉があっても豊造父は煙草をやめなかった
「60年以上 喫(の)んできたんだ」
これをやめる時は 死ぬ時だーそう言っていた
医師の診立ては半年の寿命であったがー豊造父は2年近く生きた
その豊造父の命が消える少し前 やっと久しぶりに姉が起きてきた
豊造父が退院してきてから僕は 母屋の豊造父の寝室に近い座敷を自分の寝泊りする部屋としており 離れへは朝晩の着替えで行っていた
風呂から上がり 次の日に着る服を選んでいると ふわりと姉が部屋の入口に立っていた
「あ・・・起きたんだ 姉さん 調子はどう?」
「ありがと・・・・・わたしが起きられないでいる間にあったことを書いた日記を枕元に置いていてくれて・・・・・
新垣忠明は死んで・・・・
おじい様はご病気なのね」
「そう・・・主治医からは余命半年と言われたけど その倍以上 根性で生き延びてくれてる」
「おじい様はわたしのことを知っていてくれたのね
気にかけて 姿を身に来てくれていたんだわ」
「その為に姉さんが酷い目に遭わされたと 全部自分のせいだと自分を責めている・・・・・」
「いいえ! 悪いのは! 悪かった人は もう・・・死んで・・・いるわ」
少し黙って考えているふうだった姉はーしばらくしてから言った
「非常識だし冒険だと思うけれど おじい様に会えないかしら
連の書いた日記には おじい様が何かには気付いているとあったわ
わたし 言いたいの おじい様に有難うと」
僕は迷った 死んでいるのに死んでいない状態の姉
「僕は姉さんが この世に存在してくれて嬉しい
もしも例の注射が無ければ 姉さんは殺されて 普通に死んだままだった
僕は姉さんに会えないままだった」
「化け物なんだけどね 死んでいるのに動けるゾンビ」
「たとえ何だって 何になったって この世に存在してくれている」
「実体ある幽霊とか」小さく姉が笑う
答えは見えた気がした
「姉さんの姿を見たら 喜ぶと思うよ」
僕は姉を連れて 豊造父の寝室へ行き 部屋の外へ姉を待たせておいて豊造父に言った
「会わせたい人がいるんだ だけど驚かないで」
豊造父は黙って頷いた
薄い藤紫色のワンピースを着た姉が入ってくる
背中にクッションを二つ当ててベッドに上半身を起こしていた豊造父は 食い入るように姉の姿を見て 瞼を閉じ ふっと息をもらした
僕は姉の状態について説明する
ずっと動いてはいられず 殆ど眠っていること
「そうか」とだけ豊造父は言った
「こんなモノになってしまいましたが わたし お礼が言いたかったんです
気にかけていてくださったこと 本当に嬉しいです」
「これは また・・・儂が会いに行ったせいで せいで お前はー忠明に目を付けられー忠秀にー」
「おじい様とお呼びして宜しいでしょうか おじい様のせいではありません
わたしは・・・・・おじい様を恨んでなどおりません」
僕は席を外し 姉は豊造父と長いこと話していた
その夜から日を措かず 痛みがいよいよ烈しくなり薬では抑えられなくなり 豊造父は最後の入院をして数日で亡くなった
もしやと思う姉に会うまで 命ふりしぼるように生き続けていたのではないだろうか
どういう状態でも「存在しているだけで」
それで豊造父も良くて まして「感謝している」という姉の言葉は望外なほどの喜びであったかもしれない
短い時間でも祖父と孫娘として過ごせたのだし
豊造父は奥阿美津のもとは千希良(ちぎら)のものであった土地を買い取っておりー僕経由で別荘を建て 望むなら姉の蓮が暮らせるようにと
もしももしも蓮が望むならばー
できる限り姉の願いを叶えるようにと 豊造父の遺言だった
希(ねが)いと言い換えてもいい
ひとりきりの愛しい愛しい大切な孫娘
豊造父の四十九日の法要が済んでから 姉にこれからどうするか 何かしたいことはないか 僕は尋ねた
「ふつうの生活は無理ね 眠っているほうが楽だもの
ねえ 連 何でもしてくれる 本当に」
「勿論」
「なら お願い 一つだけ」
とっても会いたい人がいるーと姉は言った
たとえ半時間でもいい もう一度話したいのだと
「わたしはこんな身の上 その人がまたわたしに会えるなんて
思うのはだめなの できないの」
その段取りをつけてほしいと姉が言う
「なんとか やってみるさ」と僕が答える
一人になった僕を緑矢克雅氏も案じてくれた
豊造父の闘病中の幾度もの見舞い 葬儀での心配りなど
それらの礼と挨拶に出向くことにした
忠明に刺されそうになって震えていた少女は 二年ばかりの月日のうちにすっかり美しい娘に育ち
僕はできるだけ近づかないようにしていた
姉の蓮もだが あんまり綺麗すぎる女性は ちょっとおっかない
緑矢氏に連絡を入れると 自宅へ来るように言われた
通された部屋で待っていると 緑茶と和菓子をあきひが運んできた