ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

娘よ(68)

2015-02-01 20:51:41 | 生き方
今年になってから、娘のことを中心に書いたことはなかった。
あまり大きな進展はなかったことがその理由とも言える。
幸い11月から娘に発作は起きていない。
ふらつく足元も、ようやく少しだけしっかりしてきた。
最近少しだけ活気が出てきた。

だけども、相変わらず、物事については不思議なくらい忘れやすく覚えられないままなのがやはり悲しい。
日付と曜日の確認は毎日しているが、正しい記憶は翌日には持ち越せない。
少しでも毎日の生活のことが残るようにと、入院していた時から、リハビリを兼ねて、一日の生活を本人に記録させるようにしている。
時間ごとの自分の行動、食事やおやつの内容などを、数時間おきに記録させるのだ。

しかし、起きた時間や食べた物などが正しく書けないことが多い。
着替えの時なども、「今の服は日中に新しくしたばかりだから、着替えないでね」と妻が言ったばかりなのに、着替え終わったときには、その服が洗濯機に入れられたりしていることがよくある。

注意したばかりなのに、どうして違うことをしてしまうのか。
妻にしてみると、毎回毎回同じことを言うのに覚えられないで同じ失敗をしてしまう娘の姿に、がっかりしてしまうのだ。

一昨年の秋、入院している時には、これらのことはだいぶ覚えていられるようになった時期もあった。
それが、日に5度も発作を起こしてICUに逆戻りして以降は、退院した今も、娘はさえないままになっている。
その時期からもう1年2か月以上になる。
退院してからは、4か月余りになるのに、大きな変化はない。
毎日、一日中顔を突き合わせていて、なかなか改善されない様子を見ているのだから、時々切なくなる妻の気持ちもわかる。

相変わらず薬を大量に服用しているせいか、毎日眠たがっていることが多いし、腹にガスがたまりやすく音を立ててしまうことも多い。
足元がしっかりしないし、変に疲れさせてしまって発作を誘発してはたまらないから、妻は一日中神経を張りつめて娘を見ている。
夜も発作の不安があるので、妻は熟睡できないことが多い。
だから、娘が少しでもよくなっているという実感がほしいのだが、なかなか得られない。
この季節は、積雪や降雪があるので、足元があやしい娘を外に連れ出すわけにはいかないことも、閉塞感につながっている。
娘本人は、妻から注意されると、不満そうに「怒られた」と口にする。
時に娘は、それがつらくて涙する時もある。
それでも、もともと楽しく過ごしていたい性格だから、深く悩まずにまた後には笑えることも多い。
それが救いなんだけどね。

いつか、笑い話にしてしまえるといいなあ。
いつもそう思う。
さて、また月が変わったぞ、と…。
私の生まれ月だ。
いいことがたくさんあるといいなあ…。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする