ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

雨雪風に負けずに走れたことで、達成感はあったけど………

2020-01-31 21:36:41 | RUN
久々に、日中の気温が3℃まで下がったときがあった。
気温がそれよりも高いと、降るものは雨。
3℃より下がると、雪になる。
天気予報では、今日は一日中雨。
夜になると雪のマークになる。
どうやら冬型の気圧配置が強まるようだ。
だが、さほどの寒気ではないので、平野部ではまとまった雪が降るほどではないようだ。
時折風が強く吹き、雨と予報では言っていながら、あられのような雪も降ったりした。
それなのに、時折陽射しが出て晴れる。

今日の午後、そんな晴れ間が長くなったので、4日ぶりに走ることにした。
ただ、天気も崩れやすいので、近くの公園を10周しようと考えた。
ところが、まだ1周しかしていないのに、空が一転くもって、あられが降ってきた。
痛たたた………。
正面から情け容赦ないあられを受けていると、なんだこのくらい、と逆に走る意欲が湧くのは、いかにも根性が曲がっている私らしい。
あられはそんなに長く降り続くものではないので、負けずに走ったのはよかった。
が、雪は雨に変わったのであった。
濡れた…。

雨がまもなく上がり、再び陽射しも出た。



やれやれ、と思いつつ続けて走っていると、やがて空はまた暗くなる。
変わりやすいのも冬の天気の特徴だ。
またまた雨が雪交じりで降ってきた。

…まあ、こんなことを繰り返しているうちに、公園10周は終わった。
靴やウエアは多少濡れたが、雨雪風に負けずに走れたことで、達成感があった。
走った後の達成感が大きいから、走ることが気持ちいいというのはあるんだなあ。

達成感がある。
そう思っていたら、子どもがシールを貼るのが好きなのは達成感があるからだと、今夜の「チコちゃんに叱られる」で言っていた。
なんだ!?
私が走ることと子どもがシールを貼ることは、同じレベルなのかい!!?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「人の名前が出なくなったときに読む本」(松原英多著;KKロングセラーズ)

2020-01-30 20:11:36 | 読む


30代の頃は、仕事上必要があったとはいえ、2日もすれば30数人の子どもの名前も完璧に覚えたものだった。
それが、今は、「顔はわかるが名前が出ない」ということがちょくちょくあるようになった。
いささか不安な今日この頃。
つい、書店で手を伸ばして購入してしまった。

我が国の認知症の多くは、血管系障害によるものとして、予防策がいろいろわかるように書かれたのがこの本。
「名前記憶の低下」は、脳の老化から起こり、認知症の注意信号と書いてある。さすがにドキッとする・
記憶は、興味あるところにのみ生ずる。
興味を失うから記憶も生まれない。
なるほど、と思う。
昔に比べて、様々な経験を重ねてきた身には、新鮮な興味をしっかりもつということが少なくなっている。

そのうえ、人間の記憶は、目に見えないものは軽視するという。
名前は、たしかに目に見えない。
顔は見える。
だから、顔は覚えられても、名前を覚えられないということが起こる。
「名前が出なくなった」を防ぐには、「楽しい」ことと合わせるとよいのだそうだ。
例えば、「〇〇会社のAさん」のように付帯条件を付けて覚えるようにすると効果が高いようだ。

読み進んでいく。

名前忘れの防止には、脳そのものを活性化させる必要がある。
そのためには、まず脳を酸欠にしないことが大事。
酸素をしっかり取り込めるようにする。
そのためには、息の仕方も大切。
吐く息を、吸う息の2倍も3倍も時間をかけて、超ゆっくりにして、唇を口笛を吹くような形にして吐く。

脳の酸欠を防ぐために、毛細血管を増やす5分程度の軽い筋トレと15分のウオーキングを行う。
それができないのなら、簡単スクワット10回とつま先立ち10回を繰り返すことがよい。

食事も大切。
緑茶は効果がある。
1日3食食べるが、主食より副食を重視する。

体を動かしながら同時に脳も使うコグニサイズは、効果が大。
例えば、おしゃべりしながら歩くというように、身体を使いながら、脳も使う。

大切なのは「強い意思と意欲」
そして「実行と継続」
意欲を低下させたり、面倒だという気持ちをを排除する。
脳神経細胞の回復には、「面白い」「まあ面白い」が決め手。

「気を付け」の姿勢でしっかり立てば、緊張が脳を覚醒させる。
歩き方を、足の親指に力を入れて歩くように変える。「インターバル歩行」といって、速足で歩いたりゆっくり歩いたりすることがよい。

仕上げは笑顔、面白くなくても笑顔で過ごすのがよい。

…とまあ、いろいろと当たり前のようなことが並んでいた。
読者の対象は、私よりも上の人たちだったのかもしれない。

しかし、本の中にもあったのだが、知識をよく得てはいるが実行しないのが、一般人。
「身体活動の活発な人は認知症になりにくい」という表現も見かけた。
面倒と思ったり、まあいいやと妥協したりすることなく、この本で得たものを実践し、本物の認知症になることは避けたいものだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不安だからこそ気をつけなくては

2020-01-29 22:37:00 | 生き方
新型コロナウイルスによる新型肺炎の感染拡大がすごい。
当初は、感染力はそれほど強くはない、と報道されていたのが、日を追って武漢の患者や死亡者は急増した。
今夜のニュースステーションでは、今日現在、患者6069人、死亡者132人という報道であった。
日本の国内でも8人が患者として認められ、そのうち2人は国内で感染したのだという。

今の世では、SNS等を使って、現実に深刻な情報が早く伝わってくる。
このような情報を知ると、自分たちの身も不安になってくる。
そこで情報に敏感になると、デマである情報まで本当に思えてくる。
すると、不安な情報をほかの人に伝え、自分の不安を他の人と分け合い同意し合うことによって、不安を軽減しようとすることが多い。

気をつけなくては。

「○○人が●●したから大変だ」というデマは、あらぬ不安を掻き立て、歴史的にも何度か惨事を生んだことがある。
いかにももっともらしい情報をうのみにするのではなく、自分で考えて判断していくことが大切になる。
SNSだけでなく、テレビやラジオ、新聞や雑誌などの報道についても、同じことだ。

現代は、情報化社会であるからこそ必要なことがある。
ほかの人が言っているから、ではなく、十分に情報を集め、真偽の判断を間違いなく行っていくことが求められている。
そういうことを、この新型肺炎の件を通じて強く感じるのである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カモねぎ………?

2020-01-28 20:39:39 | 自然・季節
うちに近いところを川が流れている。
冬になると、ここには結構多くのカモが住み着く。

先日通ったとき、つい笑って写真を撮ってしまった。



これのどこが?
と思うかもしれないが、近くに浮いていた発泡スチロールの箱には、こう書いてあった。



「万能ねぎ」

近くにねぎは見当たらなかったのだが、カモさんたちや、ひょっとしてどこかに背負って行ったかい?



カモがねぎ背負って…。
そう思ったら、笑えたのであった…。
カモさんたち、笑ってごめんなさいねー。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

25km走 雪がないので走れる いわきサンシャインマラソン目指して

2020-01-27 21:54:15 | RUN
箱根や河口湖などでは、降雪、積雪の映像が流れていたが、今後関東甲信で雪になるという。
冬に最も雪が降るはずの「越」がない。
関東甲信越ではなく、関東甲信だというところが何とも言えない。
新潟県のこちらは、数日雪が降っていない。
晴れ間が多く、まるで3月のような気候になっている。
だから、道路はおろか近景に雪は見られない。

ということで、その気になればいくらでも路上を走ることができる。
あとは、走ろうという本人の気持ち次第。
…ということで、今日は走ってみた。

いわきサンシャインマラソンは、フルマラソンにエントリーしている。
今までの経験とある程度の練習で、ハーフマラソンは走れるようになったが、フルマラソンは訳が違う。
なにせ、距離が長い。
体力を使う、筋肉が疲労する、内臓もまいる。
フルマラソンは、自分の心身すべてを使って、ようやくゴールすることができる。
今までフルマラソンのエントリー回数は、10回。
そのうち、2つは大会中止、2つは制限時間オーバー。
完走したのは、まだ6回にすぎない。
私にとって、完走は簡単ではない。
だから、もう少し練習を工夫しなければいけないとも思う。
週2回の練習しかしていないわけだから。(正確に言うと、最近は5日に1回)

そのうえ、フルマラソンを走るのは1年4か月ぶりである。
距離への不安が大きい。
その不安を少しでもなくしたいので、10日前には20kmを走ったが、今日は25㎞を走ることにした。
自分の体にどんなことが起こるのか、試してみた。

ともかく、25㎞走ってみた。
○だいたい同じリズムで走ることができた。
○25kmを走っても、1kmを6分以内で走ることができた。
▲ただし、このペースは、もっても30kmまでだろうという気がした。
○持って行った飴5個は、すべて使ったが、走るときにはやはりあった方がいいと思った。
○気温が6,7℃のくもりだったので、寒くもなく汗もかかず、走りやすかった。
○途中で水は一口も飲まないですんだ。
▲トイレの大に行きたくなった(大型店をお借りしました。ありがとうございました)。
▲後半ふくらはぎがかたく感じられた。
▲20㎞以降右足のつま先が靴にぶつかる感じがした。
▲左の腰に時々軽い痛みが出た。
▲走り終わったときには充足感でいっぱいだったが、しだいに深い疲労感に包まれてしまった。フルの42㎞を考えると、まだ25㎞でしかないのに…。

5㎞くらいしか走ったことがないときには、10㎞は遠く見えた。
10㎞しか走ったことがないときには、20kmなんて届かないと思った。
21kmで走れなくなったとき、42㎞の完走は無理だと思った。
でも、経験を重ねるにつれて、1つ1つクリアしてきた。
加齢という重さはあるけれど、63歳直前のフルマラソンになる。
いわきサンシャインマラソンも完走したいものだ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大相撲初場所、予想外の結末も、面白かった!

2020-01-26 20:36:13 | スポーツ
強いなあ、白鵬。
先場所唯一負けた相手の大栄翔に連敗はしないものなあ…。
今場所も、白鵬の優勝になってしまうのかなあ。

…そんなことを思っていた2週間前。
信じられないことに、その2週間後は平幕同士の優勝争いになるという状態で迎えた千秋楽。
1敗の德勝龍か2敗の正代か、興味を持ってテレビで取組が進むのを見た。
正代も勝ったが、結局、今場所幕内へ再入幕を果たしたばかりの德勝龍が、結びの一番で大関貴景勝を破って、初優勝を果たした。
信じられないような德勝龍の快進撃だった。
幕内上位で戦ったことがなく、先場所十両でかろうじて8勝7敗で勝ち越してやっとのことで再入幕を果たした幕尻の力士が、3日目から13連勝して優勝するなんて、マンガやドラマでもありえないような奇跡の展開だった。
勝ち進むにつれて、どんどん上位の力士との取組になった。
さすがに攻められて負けそうになるが、土俵際で突き落としを5日連続で見せ、勝利を呼び込んできた。
そして、最後には出場力士の中で最高位の力士を破っての賜杯獲得である。
アンビリーバブル!
奇跡のような、信じられない優勝であった。

幕尻からの優勝は、20年前に貴闘力が果たしている。
だが、貴闘力は、上位で歴戦のつわものだった。
それに比べて、德勝龍は、十両に長く落ちていて、やっと上がってきた力士である。
いつかは連勝も止まるさ、と思っていたが、なんとずっと勝ち続けた。

場所中に出身大学相撲部恩師の監督が早逝したということはあったが、それが強くなるきっかけだとは思えない。
場所中の德勝龍は、「自分は幕尻だから、みんな強い力士ばかり。だから、思い切っていくだけ。」ということを口にしていた。
一生懸命やっていれば、信じられないようなことが起こることもある、ということを天下に見せてくれた。
「自分なんかが優勝していいんでしょうか」は、本音のところだろうと思う。
前日まで「優勝は意識していない」と言っていたのに、優勝インタビューでは、そうではなかったことを告白してしまう人柄にも、親しみを覚えた。
98年ぶりの奈良県出身力士の優勝に、拍手を送りたい。

さて、今場所は、白鵬と鶴竜が早々に休場を決め、大関の豪栄道も元大関の高安も不振。
豪栄道は大関陥落が決まったし、高安も負け越して大関復帰はならなかった。
しかし、最後までわからなかった優勝争いは面白かった。
そして、德勝龍や正代だけでなく、様々な個性的な力士の相撲は、本当に面白かった。
遠藤や北勝富士、妙義龍らが、次々と横綱や大関を破った。
炎鵬は、上位との対戦でも互角以上に戦って、魅せる相撲をとってくれた。
朝乃山は、10勝を挙げ、来場所の大関とりに興味をつなげた。
郷土出身力士の豊山も、11勝を挙げ、活躍した姿を見せてくれた。

横綱や大関がふがいなくとも、これだけ面白い相撲が続いた場所はなかなかない。
一気に世代交代が進むのかもしれない。
たっぷり楽しませてもらった初場所。
がんばった力士の皆さん、ありがとうございました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いわきサンシャインマラソン大会のプログラムやTシャツ等が届く

2020-01-25 21:57:24 | RUN
いわきサンシャインマラソンまであと4週間となった。
今日の夕方、荷物が届いた。
折りたたんだ箱で届いたので、え?と思った。



最近アマゾンに注文した物などないはずなのに…。
そう思ってよく見てみると、「IWAKI2020」の文字が表面に書かれてあった。
おお、なんともすごい。
去年やおととしは、普通に封筒に入っていたのだが、今年はなんと段ボール梱包である。
そこに、去年中止となったが、今年こそは成功させたいという、マラソン実行委員会の本気を感じた。
封筒にたくさんのものが入っていたので、去年は封筒が破れて届いたのだった。
そんな受け取り方をした人が多かったのかもしれない。
改善したという訳だ。
「佐川急便はいわきサンシャインマラソン2020を応援しています」
「このお荷物はご依頼人様からお預かりした荷物を 当社が差出人となって発送代行しております」
と書いてある。
たしかに、ここまでしっかり梱包してあると、折れたり荷崩れしたりしないで届く。

大事に届けてくれてありがとうございます。

さて、中には、プログラムや参加賞のTシャツ、荷物用の袋などが入っていた。

なるほど、この箱がちょうどいい入れ物になっている訳だ、と思うだけのかさであった。

私が出場するフルマラソン60歳以上男子の参加者数は、475名。
この人数だけでもすごいなあと思う。

残念なのは、指定された駐車場。
宿泊予定の宿から遠くの駐車場を指定されてしまった。
仕方ないな、これは。

さて、あと4週間。
体調を整えて、当日元気に参加したいものだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

早咲き梅の花見に 蒲原神社へ

2020-01-24 21:01:38 | お出かけ
新潟市内の蒲原神社に、早咲きの梅の花見に行って来た。
毎年、1月の今ごろになると、梅の花が一輪二輪と開いては地域のニュースになる。
今年は、先日、同じ新潟市内の白山神社の梅が咲いたという記事が、新聞に出ていた。
それならば、蒲原神社だって、もう梅の花が咲いているのではないかと思って、出かけてきた。
蒲原神社は、菅原道真も合祀されているせいか、約130本の梅の木がある。

行ってみると、いつも早めによく咲いている木が、今年もしっかり咲いていた。

枝に開いた白梅がいくつも咲いていた。

くもり空の下だったので、あまりきれいな画像は撮れなかったが、咲いていることだけでうれしかった。

その隣に咲く紅梅も、花がちらほらと見られた。


満月ロウバイも雨に濡れてちょっとぬれねずみ状態だったが、よく咲いていた。



敷地内にある多数の梅の木々を見て歩いたら、今年は暖かいせいか、あちらこちらの木にポツンポツンとつぼみがあり、花を開かせているものも結構見かけた。



見て回っているうちに、急に雨が降り出した。
雪ではない、雨だもんなあ。
仕方がないので、早々に退散した。
それでも、赤・白・黄色、三色の梅の花が見られたのはうれしかった。

蒲原神社では、例年梅の花が見頃になる4月3日には梅まつりもあるそうだが、今冬の暖かさでは、梅の見頃はもっと早くなるかもしれないな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

走ることと生き方を重ねる~「それからの僕にはマラソンがあった」(松浦弥太郎著;筑摩書房)を読む~

2020-01-23 20:05:07 | 読む


走ることに何がある?
みんな、走ることに何を求めて走っているのだろう?
自分もささやかながら走ることをしている人間だから、そういうことをときどき思う。

ほかの走る人の考えを知りたくて、市民ランナーとして走る人の書いた本を見つけていろいろと読んできた。
そんな本の中で、最もしっかりしていたのが、「それからの僕にはマラソンがあった」(松浦弥太郎著;筑摩書房)だった。

なぜ走り始めたか、走ることによって何を見つけていったか、自分にどのような変化が起こったのか、限界を感じてから何を求めて走るか…。
そのようなことが、余すことなく正直に書かれている。

だから、同じ走る人として、走るようになってどんな思いを味わってきたのかを、改めて思い起こすことが多かった。

走るようになって起こる自分の変化は、私自身の経験と重なるところがあった。
まず、無心で走っていると、自分を知る時間になるということ。
「走っている時間は、誰とも一緒ではなくて、たったひとりになる時間です。しかもその時間は、走ることに集中する時間ですから、現実のさまざまなことを忘れることができます。
走り出してからしばらくすると無心になることができて、…。」
「走ることによって頭がリフレッシュされ、クールダウンされ大事なものだけが残るのです。走るというきわめてシンプルな時間は余計なものをふるい落とし、どうでもいいことを忘れさせてくれます。」
走っていると、余計なことを考えない。
非常にピュアな感覚になっていたものだった。

そして、走った後のすがすがしい気分を得られるということ。
「とにかく夢中になって走って汗をかいてみたら、そのおかげで気分がすっきりしたのです。しばらく感じていなかったような気持ちよさだったのでした。」
「3キロを走り切れたときの喜びは大きいものでした。1キロを走りきったときよりも、ずっと達成感と充実感がありました。」

また、この本全体を通して、マラソンを通じて、走ることには、人生、生き様との重なりがあるということが書かれているように思う。
例えば、億劫さを乗り越えることによって、自らの力が高まること。
「『走ること』は自分にとって必要不可欠だと頭ではわかっていても、じつは家を出るときには億劫さを感じることがあります」
「億劫な気持ちは厄介ですが、当然のもの。だからこそ、それを振りきるように、自分のやりたいことをやりぬく。意識的にがんばる必要もあるということです。毎日、一歩踏み出すことはできている自分がいれば、ほかのことを億劫に感じる自分に対して、少しは気持ちが強くなるでしょう。『億劫なことくらいいくらでもある』と自分に言い聞かせ、毎日走ることを習慣にしてしまう。それはある種の自分の力になります」

そして、失敗を通して学ぶこと。
著者は、やみくもに走り出して、怪我をしてしまったりもする。
ただ、失敗に対しても逃げずに、むしろそこから学ぼうということを大切にしている。
「失敗の経験は、大きな宝物になります。失敗しない人生なんてつまらないと思います。」
「何回も失敗をするとか、さまざまな障害を乗り越えなければ、自分が思い描いている姿にはなれないだろうと信じているのです。」
「うまく行かないこともあると自覚しながら、その初期衝動を大切にして、次の一歩を踏み出してみることです。当然のことですが、動けば大小の失敗が生じることでしょう。その失敗の轍を踏んでこそ、いろんな道が見えてくるというものです。僕はそれを「走る」ということで、さらに実感したのだと思います。」

走ることによって、人生に対する考え方が強化されるような感覚がある。
失敗もたくさんしてきたが、失敗を恐れていたのでは先に進めない。
自分がしたいという初期衝動を実行に移してみないと、なぜ失敗するのか分からないことも多い。
私の場合、無謀にも大した練習もせずにフルマラソンに初挑戦し、半分しか走れずリタイアしたこともあった。
でも、挑戦してみたかったのだ。
やってみて失敗して失敗し続けてきて、やっとフルマラソンが完走できるようになった。
今まで生きてきた人生でも、結局は、失敗するかもしれないがやってみよう、前に進もう、と思っていろいろやってきた。
ただ、人を巻き込むときには、十分な注意や配慮が必要だったが…。

最後に、著者は、今後も走り続けるための自身のテーマを、「美しく走ること」にしている。
著者にとって、美しさとは普遍的なテーマであり、人生のすべてに通じるものだというのだ。
私は、まだそこまで走ることについての究極的なテーマは見つけていない。
だが、もう少し走り続けながら、こうだと言えるものを見つけたいとも思っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

1月なのに、桜・菜の花花見RUN

2020-01-22 20:45:56 | RUN
今日の天気は、予報によれば、晴れたりくもったり。
確かにそのとおりで、晴れ間が長く続いたが、午後からはうすぐもりのような天気。
気温も10℃。
風もない。
絶好のRUN日和。
5日ぶりに、走るか。

今日選んだのは、川沿いの土手の上のコース。
最初は、川の左岸を走る。
雪がないので、秋と風景は変わらない。
こんなのは、当地では非常に珍しい。


6kmの距離を走ったところに、
あ、やっぱり!

去年は3月に見つけた桜が、今年はもう咲いていた。
大きな幹から伸びた枝の先に、ちらほらと見かけられた。

種類としては、寒桜の仲間なのだろうな。
2,3分走るのをやめ、花見&写真撮影。

春の気分を味わった。

1月に桜の花見。
めったにない経験をさせてもらった。

さて、8km走ったところで橋を渡り、対岸へ。
対岸を行くと、ちらほらではなく、道端にずっと続いていたのが菜の花。

去年は、3月でもちらほらしかなかったのに、今年は背丈が高くなって、しかも1km以上花が道端に続いていた。

陽ざしを浴びて、菜の花特有のにおいも、辺りに漂っていた。

う~ん。春の気分だ。
房総に行かなくても、菜の花をこれだけ見られるのだから、ありがたい。
何mか進んではスマホを取り出し、写真撮影。

ここでは、走っているというより、ひとり撮影会(?)

それにしても、雪が降らないから、見える風景も春の様相。

遠くの山は頂が白いが、中間の山はいつもに比べて白さが足りない。
最も手前の低い山並みは、針葉樹の緑が続く。
こんな風景は、春近い3月のものだな、と思う。
とても1月の風景ではない。

雪が降らない恩恵を受けて、春の気分を味わった花見RUNであった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする