ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

ありがとう、さようなら。そして、がんばれ!野澤!!

2009-01-15 14:22:55 | アルビレックス新潟
まず、このような形で新潟を去ることになり、本当に申し訳ありません。最後まで野澤の復活を願ってくれていた方々、子供達ごめんなさい。
皆さんは良いときも悪いときも一緒にいてくれました。
嬉しい時も辛いときも一緒の気持ちでいてくれました。
そんな家族のようなアルビレックス新潟のサポーターが大好きです。
そして自分を人間として育ててくれた新潟というこの地も大好きです。
どんな形だろうと、この第2の故郷新潟にまた帰って来たいです。
9年間、本当に、本当にありがとうございました。

先日、アルビレックス新潟から、野澤選手の移籍が発表された。
彼の移籍を心配していた人は多いはずだ。
このメッセージは、野澤選手からのすばらしいメッセージだ。

私は、アルビレックス新潟の試合を応援に行く時には、背番号の入ったオレンジ色のTシャツを着て行く。
その背番号は、「21」。
その番号の上には、「NOZAWA」と書いてある。
J2で戦っていた時から、野澤が好きだった。
当時、正ゴールキーパーとして、スーパーセーブを連発した野澤だった。
それだけでなく、いつもユーモアのある言動をして、我々を楽しませてくれた。

しかし、ここ1年余り、彼は、正ゴールキーパーの座を追われてしまっていた。
その野澤が、2008シーズンが始まるキャンプの時は、今までになく気合の入った練習を展開していたように見えた。今シーズンは、きっとやる!!そう感じた。
シーズンが開幕すると、チームは、大量点を喫して連敗。前年の正ゴールキーパー北野に精彩がないように感じられた。充実している野澤の様子を使ってほしいと、サポーターは思ったものだった。
それが実現した。それから4試合連続して起用された野澤だった。
しかし、残念ながら、思うような結果が出せなかった。
キーパーに再び北野が起用されるようになってから、チームは連敗を脱出した。

残留争いを苦しさが続いたシーズンだったが、再び野澤がゴールを守ることはなく、シーズンは終わった。
新潟が、大学№1と言われるゴールキーパーを獲得した。ここで、「ああ、来年野澤はいないのかもしれない。」と思うようになった。

案の定、先日、野澤は、J2の湘南ベルマーレに移籍となった。湘南は、かつて新潟をJ2から引き上げた反町監督が就任したばかりだ。
野澤と同様に、戦力外通告を受けた寺川も、湘南に呼ばれた。反町監督は、二人のことを信頼できる選手として呼んだのだろう。
がんばれ、野澤!そして寺川と反町監督も!!

野澤選手から、チームを通じて発表された冒頭のメッセージは、読むだけで、野澤の人柄が、思いが伝わってくる。なんて、熱い、そして人情も厚いメッセージだろう。
ありがとう、野澤。私たち新潟人は、君のことが大好きだった。私たちも貴方のことを忘れない。
いつか、ビッグスワンのピッチ上に立って、湘南のゴールを守る姿を見せてほしい!!
その日まで、がんばれ、野澤!!
コメント
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