ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

ちょっと医者へ…

2017-10-31 16:49:43 | 生き方
風邪をひくと、私の就寝中のいびきは大きくなるらしい。
本人には自覚がないが、家族には迷惑、…当たり前だけど。

朝になると、熱はないが、のどの痛みは前日に比べ増していた。
3日後にハーフマラソンの大会を走ることだし、仕方ないな、と医者に行くことを決意。
さっさと風邪など治したい。

近所には、「混んでいるが、ちゃんと診て薬を出してくれる医者」と、「混んでいないが、あまり診ないで薬を出してくれる医者」がある。
どちらに行こうかと考えたが、時間がもったいないので、後者の方へ行くことにした。
ところが、車に乗って行ってみると、駐車場ばかりか、近所のとおりにまで車があふれていて、止める場所がない。
これでは、せっかくの(?)長所が台無しだ(!?)。

仕方がないので、同じ混んでいるならちゃんと診てもらおうと、前者の医者へ。
さすがに、ちゃんと診てくれた。
そして、お決まりのひと言。
「いい薬出しておきますから、ちゃんと飲んでください。」
それはありがたい。
ただ、付け加えて言われてしまった。
「今週は、スポーツはしないようにしてくださいね。」
ぎくっ。
下心を見透かされているようだ。

まあ、とにかく薬が効いて風邪が治り、走れるようになりたいものだ。
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…また風邪をひいてしまった…

2017-10-30 21:22:10 | 生き方
昨夜は台風の通過により、夜中の雨風がひどかった。
雨の打ちつける音、風の吹きつける音。
それによって、よく眠れなかった。
時折目覚めると、…ん?のども痛いし、鼻も詰まり気味。
…どうやら、風邪をひいたらしい。
朝起きても症状は変わらないままだった。
幸い、熱は出ていないが…。

風邪を引いた原因は何だろう?
昨日のサッカー観戦の際には、そんなに寒くなかったし、防寒対策もしっかりして行ったのだが。
それでも、少し寒気を感じた時もあったから、その影響なのだろうなあ。
それに、台風での寝不足(熟睡不足)か?

RUNを多くするようになったら、体重は減って、スリムになった。
それはいいとして、風邪をひきやすくなった。
寒さにはずいぶん敏感になってしまった。

4日後にはハーフマラソンの大会に出る。
それまでに、少しは体調を回復したいものだ。
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J1新潟、ホームでサガン鳥栖に快勝!まだまだ残っている

2017-10-29 22:19:43 | アルビレックス新潟
新潟、魂のこもった勝利だ。

前節、試合終了目前で磐田に痛恨の同点ゴールを決められ、完全に後がなくなった新潟。
それでも、大阪、磐田2試合のアウエーで降格とはならず、粘りを見せた。
そして、今節のホーム戦につなげた。
残り4試合のうち、3試合はホーム戦となる。
とはいうものの、今年新潟は、ホームでまだ1勝しかしていない。
決してホームだから優位という訳ではない。
だけど、サポーターの意識としては、ホームで窮状に陥っている自分たちのチームを声を枯らして応援したいのだ。
J2降格が決まってホームに帰ってきたのではない。
まだ、「一縷の望み」をもってホームに帰ってきたのだ。
だから、まだ選手たちの背中を押すことができるのだ。

試合前に思った。
10月9日以来のビッグスワンだと。
あの日は、新潟シティマラソン12,000人のスタート会場だった。
ピッチ回りのトラックは、いっぱいのマラソン参加者で埋まっていたのだ。
それが、今日は、NSGグループのサンクスデー。

トラックは、1,300人の学生たちで埋まり、パフォーマンス披露がされていた。

新潟を応援する専門学校グループ挙げての応援だった。


今日の対戦相手は、8位のサガン鳥栖。

前節は、首位鹿島に勝利している。
そんな、あなどれない相手との一戦が始まった。
新潟は、スターティングメンバーは、前節出場停止だった山崎が復帰し、DFには富澤に代わって主将大野。
現状でのベストメンバーと言ってよい。
そのベストメンバーが躍動していた。
前からボールを追っていく。
相手のプレス以上に、新潟の選手たちの一歩が早い。
展開は五分以上に新潟が攻めている印象だった。

後半も、新潟の攻勢は止まらない。
55分、チャンスからのこぼれ球を、小泉がシュート、ゴールネットを揺らした。
新潟先制!
先制しても追いつかれる展開は、今季何度も見て来た。
しかし、その後も、絶対のチャンスの機会を得たのは、新潟だった。
ボールの支配率も、シュートの数も、枠内シュートの数も、新潟の方が鳥栖よりも多かった。
しかし、決め切れなかった。

それでも、相手の決定機も2度ほどあった。
そんな時でも、今日はGK大谷がナイスセーブ、ビッグセーブを見せていた。
DFソン・ジュフンも、今日は、相手の攻撃に対し、徹底的に食い止め、水際での間一髪の防御にも貢献していた。
山崎やホニは、攻めだけではなく守りでもしつこく相手に食らいつき、鳥栖に自由な攻撃をさせなかった。
そして、1-0。

新潟の勝利!
ホームでは、実に5か月ぶりの勝利。

勝利のバンザイができたのも、今季まだ2回目でしかない。
だけど、今日は文句なしにうれしい!

いい試合だった。
その進行役は、もちろん新潟だった。
前節もそうだったが、今は新潟の戦い方はしっかり決まっているし、はまっていると思う。
これが8月頃からできていたなら、降格争いはしていても、もう圏内から脱出できていたことだろう。
そして、先発メンバーの顔ぶれからすれば、今の新潟なら国内のどのチームとやってもすばらしくよい試合をすることだろう。
来年J2に落ちたとしても、この顔ぶれが残るのなら、必ず早いうちにJ1復帰ができるだろうと思った。

5か月ぶりのヒーローインタビューだったが、今日のヒーロー小泉に笑顔はなかった。

「残り全部勝ちます!」と強く言い切った彼の言葉を信じたい。
今日は、新潟が勝っても、15位甲府が引き分け以上で新潟の降格が決まることになっていた。
だが、新潟の試合終了2時間後、甲府は敗れた。
ついでに16位広島も敗れた。
17位大宮も、敗れた。
奇跡的に、今節の降格を免れた新潟であった。

残り3試合。
次の試合は、3週間後のホーム甲府戦。
そして、アウエー清水戦、最終戦ホームでセレッソ大阪戦と続く。

だが、今日は、魂の勝利を見せてもらった。
ホームで降格を決められてたまるか。
サポーターの目の前で降格してたまるか。
…という意地を見た。

小泉の言うように、残り3試合、新潟が全部勝つのを見せてもらいましょう!
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再会の喜び~もっともっと大きくなあれ~

2017-10-28 22:53:37 | 「育」業
3月まで勤めていたところの文化祭。
招かれて、久々に訪ねた。
建物の中に入ると、全く違和感がない。
半年以上ぶりなのだが、勤めていた2年間で様々な感覚が体に染みついていたのだろうか。
文化祭の中心となるものは、発表会。
会場に入ると、私を覚えていてくれた子どもたちが、笑顔で手を振ってくれた。
さらに、支援を受けている子が、寄ってきてくれて無邪気に笑って、私の手を取ってくれた。
7か月前に私に別れの花束をくれた子は、何度も私の方を見て微笑んでくれた。
もうそれだけでぐっときた。
うれしいなあ。
忘れていないなんて。
覚えてくれているなんて。
小さい子だって、人なのだ。
ふれ合った思い出が、人をつないでくれる。

発達段階を生かした発表は、合掌や合奏などの音楽だけでなく、ダンスや劇などもあり、とても楽しめた。

わずか半年余りの間に、子どもの身体の成長は著しいものがある。
成長が、とてもまぶしく、うれしかった。
みんな、これからも、どんどん大きく成長してほしい。
体も、そして心も。

16年前に保護者会の副代表をした方と本当に久しぶりに会った。
当時子どもだった子が、今親となり、その子の祖母となってしばらくぶりにここに来たのだと言う。
懐かしさとともに、世代が代わっていることに驚きを感じた。

私がやってきたことは、様々な心のつながりを強く大きくすることだった。
それぞれが、生きていく力となるために。
そのことを今日、再確認することができた。

中庭にそびえる大木は、私の思いそのもの。
幹を太くし、枝を伸ばし、空へ空へとさらに世界を広げていた。

もっともっと大きくなあれ!
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あれまあ!こんなところに、アケビの実が…

2017-10-27 22:22:21 | 草木花
先日、天気のよい日、娘の日常的なトレーニングとして、散歩に出た。
いつものスーパーへ買い物に行くのだが、天気はいいし、娘の体調もまあよかったので、いつもよりたくさん歩くことにした。
いつもならまっすぐ行ってしまうところを横に折れて、中学校の広い敷地の外側をぐるりと歩いて回った。
そして、まもなく1周が終わりそうなとき、「あれっ?」と思った。
学校と一般道を画すフェンスに、巻き付いて茂っている植物がある。

おや?このツル状の植物は、よく山で見かけるアレか?
ならば、今ごろに特徴のある実がなっているはずだ。
そう思って実を探していたら…、
あった!


近づいて、よく見てみる。
間違いない!


これでお分かりのとおり、アケビの実だ。
秋の味覚としても貴重な、山でしか見たことのないアケビが、こんな住宅街の中学校のフェンスに茂っていて、実がたくさんなっているとは!!?
しかも、フェンス沿いにもう少し歩いてみたら、なんと熟してしまったアケビの実が、あちらこちらに見苦しく落ちて散乱しているではないか。
もったいない!
アケビの実は、種は大きいし食べにくいけれども、甘くておいしいのに。

私たちが子どもの頃は、すばらしいごちそう、と言える、自然のおやつだった。
誰も放っておく人はいなかったであろう。
それなのに、今は誰も採る人がいないなんて…。
中学校のフェンスだから、中学生とか学校の職員とかが取って行けばいいのに。
結局、実がなっても、誰も採らずにそのまま落ちて腐っていく…という状況のようだった。

たしかに、部外者が中学校のアケビの実をもぎ取って持って行ったら泥棒だろうなあ、と思う。
だけど、珍しい実が…。
ああもったいない!!

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新潟関係で4人がドラフト指名

2017-10-26 22:02:59 | 新潟
早実高清宮の行先が話題になった今年のプロ野球ドラフト会議。
日本ハムが彼を引き当てたが、ドラフトのくじ運がいいなあと感心する。
過去を振り返ると、大谷、斎藤佑樹、有原、中田、ダルビッシュ…指名が重複する中、注目選手を毎年のように引き当ててきた。
大谷のメジャー挑戦が噂される今後、彼に代わる清宮の存在が、また大きな注目を浴びることだろう。

そんな注目される大物は、新潟県からは生まれたことがないが、昨年はドラフト会議で3人が指名された。
今年も、新潟県関係選手の指名はあるのだろうか、と関心を寄せていた。
すると、次の4人の指名があった。
・椎野新 投手 国士舘大 ソフトバンク4位
・綱島龍生 内野手 糸魚川白嶺高 西武6位
・渡辺雄大 投手 BC・新潟 ソフトバンク育成ドラフト6位
・荒井颯太 外野手 関根学園高 巨人育成ドラフト8位
4人という人数は、新潟県にとって結構多い指名の数である。

高校生あり、大学生あり、独立リーグ所属ありと、それぞれの経歴は様々だ。
この中で特に注目したいのは、椎野投手だ。
彼の出身は地域的に近いし、出身小中学校もよく知っている。
今年中日に入って活躍した笠原投手のように、即戦力となってがんばってほしいものだ。
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衆院選,新潟には違う風が吹いていた

2017-10-25 22:43:50 | 新潟
衆議院選挙が終わった。
「政権交代」を訴えて行われた中で、結局自民党の圧勝だった。
そんな中で、新潟県では、6つの小選挙区のうち、自民党候補が勝利したのは、わずか2つであった。
もっとも自民党候補者で落選した4人のうち、3人は比例区で復活当選したのだが。

新潟県では革新系候補が強いのか、というとそうではない。
新潟県出身の政治家を挙げよ、と言われたら、ほとんどの人が、「田中角栄」と答えるであろう。
新潟県は、伝統的に保守系が強かったところなのだ。

今回、新潟県では、6つの全区で希望の党から立候補した候補者はいなかった。
特筆すべきは、民進党系の5候補のうち、4人が無所属で立候補した。
無所属で立候補すると、比例区での復活はない。
文字通り「退路を断って」いた。
第3の候補者がいた区もあるが、実質自民党公認候補対無所属候補の対決となった。
どの区も接戦となり、自民候補が勝った区も簡単に当選したわけではなかった。

前回の衆議院選挙では、自民党候補者は5勝1敗であった。
ところが今回は、2勝4敗である。
全国とは違う風が新潟には吹いていた、と言える。

新潟は、産業から言って、コシヒカリで有名な農業県である。
しかし、米作りだけで生きていける訳ではなく、課題は多い。
また、少子高齢化の問題があり、柏崎原発をどうするかという問題も抱えている。
今回の結果は、ただ単純に今の政治に「YES」とは言えないという多くの県民の意思を感じる。

無所属で当選した議員たちは、これから政治活動を行う上で、ずっと無所属でとはいかないであろう。
その進む方向も気になるが、自民党から出て議員となった人たちを含めて、新潟から出て当選した人たちの今後の活動ぶりを見つめていきたいと思う。
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ムラサキシキブ…花はうろ覚えでも実を見ればわかる

2017-10-24 22:19:59 | 草木花
台風の過ぎた後、吹き返しの風もまた強かった。
ようやく今朝は、風もやみ、久々に青空ものぞいた。
強風で、わが家から外の道に落ちた葉などがないかと思って出てみた。
幸い、ミョウガが根元から折れて落ちていたくらいだった。
近寄ってよく見ると、紫色の実がたくさん落ちていた。
たくさん落ちても、その実は、今日も枝にはまだまだこんなふうにたくさんなっていた。

紫色のつやつやした小さい実が鈴なりだ。
実を見ると、何の草木の実だったのか、いっぺんに分かる。
「ムラサキシキブ」だ。


「ムラサキシキブ」というと、平安時代の「紫式部」との関係はどうなのか、と疑問をいだく。
ウイキペディアによると、

名前の由来は平安時代の女性作家「紫式部」だが、この植物にこの名が付けられたのはもともと「ムラサキシキミ」と呼ばれていたためと思われる。
「シキミ」とは重る実=実がたくさんなるという意味。

と書いてあった。

わが家の庭にあるが、低山など自然の中にも結構生えているものだ。

以前、山の中でこの花を見つけたが、山の花なので何の花か分からないなあ、と思い、写真に撮っておいた。
その後植物に詳しい人に写真を見せて何の花かと聞いたら、
「これは、ムラサキシキブの花じゃないか。お前、ムラサキシキブも知らないのか。」
と、あきれられた。
当時の私は、家の庭に咲く花と同じだったとは認識できなかったのであった。

そんな恥ずかしい思い出もある、ムラサキシキブの花。
花はうろ覚えでも、実さえ見れば、すぐに分かったはずなのだが…。

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シュウメイギク

2017-10-23 18:15:35 | 草木花

シュウメイギク。
「秋明菊」と書く。
もともとは中国産で、室町時代以前に渡来。
貴船菊という別名を持っている。
本来は、淡い紅紫色で菊に似た八重咲の花。

わが家に咲いているものは白くて、八重でないのは、園芸用に改良されたものらしい。
ただし、繁殖力が強いので、今はあちらこちらで見られている。
秋明菊、貴船菊と言いながら、菊ではなく、キンポウゲ科でアネモネの仲間。

なるほど、アネモネに似ている。

その花言葉を調べてみると、

忍耐、薄れゆく愛、多感な時。

ありゃま、なんとなく陰のありそうなものが並んでいた。
…シュウメイギクは、半日陰の湿り気がある場所を好むため、花言葉は少し暗い印象のものがついているのだそうだ。


わが家で、こんなふうにいっぱいに咲いて満開だったのに、昨日今日の台風の通過で、すっかり散ってしまった。
今も激しい吹き返しの風がおさまれば、もう一度、少しくらいは咲いてくれるだろう。
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母が最後の誕生日を迎えた13年前を思い出した

2017-10-22 22:17:19 | 生き方
昨日は、亡母の誕生日だった。
母がまだ生きていて、最後の誕生日を迎えたのは、2004年のことだった。
その頃には、癌のために余命半年の宣告を受けてから7か月を迎えようとしていた。
ただ、その75歳の誕生日を迎えた頃は、体調は結構よかった。
だから、病院ではなく、家で毎日を過ごしていた。
毎日、一人で過ごしていても、自分のことは自分でできていたし、平日働いている我々のために夕食の準備だってしてくれていたのだった。
…しかし、母は、76歳を迎えることはなかった。
もし、今年生きていれば、88歳となり米寿を迎えるところだった。
あれから、13年。早いものだ。

昨日は、サッカーでJ1の試合をDAZN観戦していたが、その2004年、母の誕生日の2日後の10月23日土曜日のことを思い出した。
その日は、NHKのTV放送でサッカーをやっており、私と母と専門学校から母(娘からすると祖母)を心配して帰省中の娘の3人で、見ていたのだった。
試合は、浦和がエメルソンの活躍で勝ったのを見終わったところだった。
大きな、長い揺れが襲ってきた。
揺れが完全におさまるまで、少し時間がかかった。
母と娘と3人で、大きな被害がないといいけど、と心配したのだった。
これが、中越地震と呼ばれる大きな地震であった。

昨日アルビレックス新潟は、ジュビロ磐田との試合だったが、あの年は地震の翌日の日曜日が磐田とのアウエー戦だった。
地震のあった新潟のことを心配したチームは、サッカーに集中できず、もちろん磐田に完敗したことを覚えている。


10月、母の誕生日、20日過ぎの土曜日、サッカーの試合TV観戦、アウエー磐田戦…とあの日を思い出すのに十分な日だった。


時は過ぎてしまうと、すべて思い出でしかなくなってしまう。
昨日は、母の誕生日。
こんなことで、あの年のことを思い出す要素が多い日だった。


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