【ニュースの深層】:ゴーン事件・仏政府とルノーの批判に、日本の司法は耐えられるのか ■もし、耐えられないことがあれば…
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【ニュースの深層】:ゴーン事件・仏政府とルノーの批判に、日本の司法は耐えられるのか ■もし、耐えられないことがあれば…
◆フランスとのギャップ
日本の常識は世界の非常識――。
経済リーダ-のカルロス・ゴーン容疑者を電撃逮捕した日本の司法に対し、仏の政府とメディアが、「司法の歪み」を指摘、ゴーン容疑者の出身地であるブラジルやレバノンを巻き込んで、攻撃を仕掛けようとしている。
仏メディアが報じるゴーン容疑者が置かれた環境は、確かに仏の刑事司法の現状とはかけ離れている。
接見禁止処分を受けて、弁護士と大使館関係者以外は家族ですら面会できず、取り調べに弁護士は立ち会えず、勾留期間は最長で23日間に及ぶ。その間、ゴーン容疑者は東京・小菅の拘置所の3畳の独房に入れられ、食事休憩と就寝時を除いては、連日、過酷な取り調べを受け続ける。
葛飾区小菅にある東京拘置所(Source:Own work)
仏では、殺人、レイプ、放火など再犯の恐れがある重犯罪はともかく、経済犯や汚職など知能犯的事件は、勾留期間は最長で96時間(4日間)と決まっている。
取り調べには弁護士が同席、検察資料は開示され、家族との接見も可能。閉塞感、孤独感にさいなまれることはない。
なにより仏メディアが指摘するのは、事件は日産幹部が「ゴーン排除」を狙ったクーデターである、ということ。大手紙『ル・モンド』は、「日産からゴーン会長を追い出す陰謀」と、報じた。
その見方は、大筋では正しい。
私は、本コラムで「ゴーン容疑者が『ニッポンの国策捜査の生贄』となるまで」(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58592 2018年11月22日掲出)と、題して、今回の事件は、日産と政府(経産省)と検察が、三位一体となってゴーン容疑者を逮捕した「国策捜査」だと報じた。
それだけだと確かに陰謀論だが、ゴーン容疑者には、逮捕容疑の役員報酬の過小記載のほかに、投資資金の流用、経費の不正支出など数々の疑惑があった。不正を告発によって正そうとする動きがあり、導入された司法取引を利用して検察がそこに切り込むこと事態は隠謀ではない。なにより、政治経済が織り成す特捜案件は、大なり小なり国益が優先される国策捜査である。
日産サイドの情報提供によって明らかになった引退後に受け取る80億円の契約や、記載していない40億円の株価連動報酬、投資会社を利用した自宅利用、姉への年間1000万円の支払いなど、ゴーン容疑者が日産を“食い物”にしていたのは事実だ。
マクロン大統領に忠誠を誓って22年までCEOの地位を得たゴーン容疑者が、自らの保身と利得のために日産をルノーに売り渡すつもりなら、それを日産プロパー幹部が、検察に駆け込んで「ゴーン排除」に動き、犯罪の事実が確認され、国益に沿うと判断した検察が捜査着手、それを政府が支援することに、何の問題もなかろう。
ただ、事件はゴーン容疑者とルノーにとっては予想外の展開を見せている。というより仏の刑事司法とは異なる点が多すぎて、勝手が違う。仏では、重要事案は予審判事が担当し、警察に証拠を集めさせ、被疑者を尋問、事件解明が必要だと判断すれば、訴追して公判が開かれる。
最近の例でいえばサルコジ元大統領のケースである。リビアの故・カダフィ大佐からの不正献金、捜査を巡る不正情報提供など、数々の疑惑を指摘され、追及を受けているサルコジ氏だが、仏当局は今年3月20日、リビアからの不正資金で身柄を拘束、48時間の取り調べを行なった。今後、予審判事が捜査を進め、訴追するかどうかを決める。
また、サルコジ氏については、司法当局幹部にポストの斡旋と引き換えに捜査情報を得た疑惑が指摘されていたが、捜査をしていた予審判事は、3月29日、あっせん収賄などの罪で訴追し、裁判を開くことを決定した。疑惑だらけでもサルコジ氏は自由の身だ。
◆長期拘留なんてありえない
仏在住のジャーナリストが解説する。
「公判前に行なう予審の段階で、検察や警察を動かすことの出来る予審判事は、相当な司法権を持っています。日本でいうと特捜検事が、公訴権と捜査権を持ち、圧倒的な捜査権力の持ち主ですがそれ以上。でも、地位のある政治家や実業家の捜査は、相当、気を遣って行ない、長期拘留なんてありえない」
まして起訴後勾留は、予審制度のもとでは認められず、制度として存在しないので、「否認していれば半年も1年も拘置所に留め置き、保釈を認めない」という日本の懲罰的勾留は、想定外のことである。
ゴーン、ケリーの両容疑者は、事前に聴取されておらず、取締役会出席のために来日した日に、いきなり逮捕され、情報疎外のなか長期拘留を宣告された。
ゴーン事件を可能にしたのは、今年6月に導入されたばかりの司法取引だが、これは弱体化した捜査能力を補うカードとして「法務・検察」が政府に泣きつき、ようやく導入が決まったものである。
きっかけとなったのは、10年の「大阪地検証拠改ざん事件」であり、密室での自白強要が冤罪を生むとして、録音録画の可視化が義務付けられ、「それでは贈収賄や粉飾などの企業犯罪は立件できない」と、法務・検察が刑事訴訟法の改正による新たな捜査手法の司法取引を求め、認められた。
その威力が抜群であるのは、ゴーン事件で証明された。メール、契約書、幹部陳述などが示すのは、ゴーン容疑者による私物化の数々であり、それは捜査協力と引き換えの「免責」がなければ得られなかった。
だから「人質司法」は見直すべき、という論義が起きている。立件に向けて容疑者・被告が、捜査協力者となって主謀者の摘発に協力すれば、当然、主謀者は逮捕され、窮地に立つ。そのうえさらに、半年、1年と懲罰的な勾留を続けさせる意味があるのか、という批判である。
自ら「人質司法」の経験をしたライブドア事件の堀江貴文氏は、衆院法務委員会に呼ばれ、司法取引導入の刑事司法改革について参考人として意見を求められ、「検察の焼け太りにしかならない」と、批判した。
このように国内にも根強い「否認は許さない」という懲罰的な長期勾留を、ゴーン、ケリー両容疑者にも続けるのか。寒さがこたえる東京拘置所で、クリスマスも正月も越させ、拘禁症状が出る恐れのある独房で、来年、何ヵ月も過ごさせるのか。
これから高まる仏政府とルノーの「推定無罪」を求める要求と、仏メディアの人権蹂躙批判のなかで、特捜部は日仏両国を納得させる結論を出さなくてはならない。
時間は限られている。失敗すれば、ゴーン逮捕という特捜復活を告げる祝砲が、「検察冬の時代」に逆戻りする弔鐘にもなりかねない。
◆伊藤 博敏 ジャーナリスト
1955年福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業。編集プロダクション勤務を経て、1984年よりフリーに。経済事件などの圧倒的な取材力では定評がある。 著書に『「カネ儲け」至上主義が陥った「罠」』 、『トヨタ・ショック』(井上 久男との共著)、『 金融偽装―米国発金融テクニックの崩壊』 (いずれも講談社刊)など
元稿:現代ビジネス 主要ニュース 国際 欧州・フランス 【担当:伊藤 博敏】 2018年11月29日 07:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。