読売のウソとスリカエ社説については、前号で、そのポイントについて書きました。また安倍首相の大応援団である産経が最大限のヨイショ「主張」を書きました。それを読むと、安倍首相の大ウソがいっそう浮き彫りになりますので、確認をしておきたいと思います。
1.首相は記者会見で「いかなる危機にあっても国民を守る責任がある」と述べ、本格的な与党協議に入る考えを表明した。日本の平和と安全、国民の生命・財産を守るため、当然の政治判断がようやく行われようとしていることを高く評価したい。
安倍首相が繰り返し強調していたことは、このフレーズです。しかし、これは、ワーキングプアや認知症、大量の自死、東日本大震災の復興がなされないまま、苦しむ、関連死に怯える被災地民には全く適用されていません。
テレビをとおして「いかなる危機にあっても国民を守る責任がある」「日本の平和と安全、国民の生命・財産を守る」と繰り返された首相の言葉を、国内の、自分の生活状況の「危機」の「脅威」に怯えている国民がどのように受け止めたか、マスコミも、この視点に立って、報道していません。ここに現代日本の最大のスリカエ・ゴマカシ・大ウソ・トリックがあります。全くケシカラン話です。
2.なぜ今、集団的自衛権の行使が必要なのか。それは、厳しさを増す安全保障環境を乗り切るため、日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化する必要があるからだ。…東西冷戦の時代であれば、日本が個別的自衛権の殻に閉じこもっていても、米国は仮にソ連の攻撃があれば日本を守っただろう。
産経・安倍首相派得意の、仮の話を持ち出し、「東西冷戦時代」の集団的自衛権行使論と「今」の集団的自衛権行使論の違いを強調する姑息さが浮き彫りになりました。集団的自衛権行使は、米ソの違法な戦争、自衛権行使であったことは、今や国際的常識です。このことをゴマカシ・大ウソをつくのです。
「厳しさを増す安全保障環境を乗り切るため」に必要なことは、日本国憲法九条の、「紛争」は非軍事的手段で解決するという思想と方法しかないことは、「今」や国際的常識です。「東西冷戦時代」の違法な戦争によって、ソ連が崩壊し、冷戦後は、アメリカの違法な軍事介入によって、「今や米国に一方的庇護を求めることはできない」と産経も認めるほど、アメリカの地位が低下してきた最大の原因は「軍事的抑止力」論にあることは明らかです。
こうした歴史的に明らかな誤りを「集団的自衛権の行使容認で日本が責任を分担する」ことで、「日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化」し、「地域の平和と安定のため、今後も米国を強く引きつけておく努力」をするなどとして集団的自衛権の行使を認めろというのです。
このことは威張っている、しかも強い相手と思っている子どもを喧嘩で打ち負かすために仲間を募る子どもの思想、暴走族、映画のヤクザの世界の思想と論理と同じです。あれこれの理由を持ち出して正当化していますが、根本は、相手を認め、その相手と対等の立場から話し合いをするという思想は微塵もありません。このような愚かな選択を吹聴する安倍首相派と産経の愚かさを国民的議論で博物館に送りこむことが大切です。
3.米軍将兵は命をかけて日本の防衛にあたる。その同盟国が攻撃を受けているのに、近くにいる自衛隊が助けなければ、真の絆を強められるだろうか。日本の国際的信用も失墜しかねない。
産経特有の脅し・感情論です。こういう感情論が、街頭インタビューの国民の声で紹介されています。こういう感情論が国民に一定程度浸透しているところに、大ウソとスリカエの効果があるように思います。
しかし、この思想と論理、感情が繰り返し使われていますが、これはアメリカが「正義の戦争をしている」という前提にたっているのです。しかし、戦後アメリカの戦争が起こした戦争はいずれも国連憲章に違反した不正義の戦争でした。前提そのものが大ウソなのです。「米兵将兵が命をかけて日本の防衛にあた」っているというのも、大ウソです。
戦後アメリカの高官自身が、そのようなことは言っていません。アメリカは自国のために日本に駐留していることは周知の事実、常識です。米軍駐留経費を湯水のように出してくれる日本は美味しいお客さんです。アメリカの軍事費を負担してくれる「オ・ト・モ・ダ・チ」なのです。命を懸けて日本を守る米兵がどれだけ日本国民の命を安全を奪っているか、沖縄の「負担」は、何を物語っているのでしょうか。このことを視ても、大ウソとスリカエは浮き彫りです。
4.集団的自衛権の行使を認めれば戦争に巻き込まれるといった批判がある。だが、むしろ行使容認によって抑止力が向上する効果を生むとみるべきだ。外交努力に加え、同盟や防衛力で戦争を未然に防ぐ必要がある。
この指摘も大ウソです。まず第一に、「行使容認によって抑止力が向上する効果を生むとみるべきだ」としていることに、産経のあやふやさ、不確信が浮き彫りになります。産経の思想はあくまで「外交努力に加え」論なのです。「外交力」こそが、「戦争を未然に防止」する唯一の途であることは、最近のシリア・ウクライナ・クリミア問題で証明されています。
5.過去の内閣法制局の憲法解釈を金科玉条のように位置付け、変更は認められないとの主張もある。だが、過去にも憲法66条の「文民」の定義で現職自衛官を外すなどの解釈変更は行われた。
これも、大ウソスリカエです。憲法の原則・原点軽視・無視否定の産経の立場が浮き彫りです。逆に言えば、産経は、ポツダム宣言と日本国憲法の制定によって教育勅語体制を国会によって否定したにもかかわらず、相変わらず金科玉条のごとく教育勅語の偽りの徳目を位置づけているのです。恥ずかしくないのです。こんな不道徳はありません。
もう一つは、憲法66条の「文民」条項です。これは以下の資料にみるように、戦前の軍部大臣現役武官制の弊害を想定した規定でした。
極東委員会と文民条項 | 日本国憲法の誕生 - 国立国会図書館
しかし、憲法第9条に対する政府解釈の変化 によって、「文民」論解釈が改悪されてきたこと、そのことの弊害を改めて強調しておかなければなりません。それについては、以下の資料をご覧ください。元自衛権の議員と大臣が、如何に憲法違反の言動を行ってきたか、それをマスコミが徹底して批判してこなかったか、その弊害と現在の問題の根っこが、こうしたスリカエにあることは一目瞭然です。
直言(6.18)防衛大臣における「文民」と「民間人」 2012年6月18日
産経が、この「文民」論を使って、憲法解釈の改悪を正当化すればするほど、憲法の原点をスリカエてきたことが、浮き彫りになります。このまま解釈を変えていけば、当初の文民統制論=「文民」論、別の言い方をすればシビリアンコントロールが形骸化していくことは明らかです。
それは、国家安全保障会議 (日本)に参加する構成員=国家安全保障局のメンバーを見れば明瞭です。現役の自衛官が参加しているのです。国務大臣とは違いますが、国家安全保障会議という、特定秘密の保護に関する法律によって守られた、国会、国民から遠くかけ離れたところで「有事」「戦争」が分析され、集団的自衛権の行使が具体的に議論されていくことは明らかだからです。
6.そもそも、憲法が行使を許す「自衛のための必要最小限度」の中に、集団的自衛権を限定的に含めるのは、国の守りに必要である以上、当然だ。危機を直視せず、十分な抑止力を使えない不備を放置すれば「憲法解釈守って国滅ぶ」ことになりかねない。
産経も安倍首相も自民党も、この間、自分たちが憲法違反の自衛隊を合憲とする為に持ち出して正当化してきた「自衛のための必要最小限度」論によって、「自衛」隊の「装備」は今や世界最強に匹敵するほどです。今や「自衛」隊は、安倍首相の言うように「軍隊」です。そこに最大のゴマカシ・スリカエがあります。
それを取り繕うために持ち出してきているのが、憲法九条に合わせるのではなく実態・現実に合わせようとするスリカエです。これは、食べ過ぎで太ってしまった自分の体の健康を労わり、健康の維持のために何をやるのか、ではなく、食べ過ぎに反省することなく食べ続け、いやそれ以上に食べようとしているのが安倍首相派・産経です。そして太ってしまった体に合わせて着用している服を大きくしようとしているのです。全くバカな、愚かなことではないでしょうか。こんな簡単なことがスリカエられているのです。
そのゴマカシ・スリカエ・大ウソ・トリックを正当化するために、利用しているのが中国の軍拡です。中国の軍拡競争と一緒になっていることそのものが幼児的です。本来であれば、憲法九条を持つ国として、軍拡に使うカネを教育や福祉など国民生活に使おうと呼びかければ、どれだけの中国国民が幸せになることでしょうか。そのことの方が国際貢献です。何しろ中国の人口は13億人です。日本の十倍です。日本の軍事費と単純に比較すれば、50億をはるかに超える軍事費なのです。このカネをどう使うか、日本と中国の政府と国民は、真剣に考える時でしょう。そうした視点に立って政治を行ってこなかったからこそ、ソ連が崩壊し、アメリカが、今苦しんでいるのです。
それにしても、そのような視点に立つことは有り得ないのです。全くバカなことです。そのバカさを検証してみます。すなわち、暴走族やヤクザの勢力争いに、子どもの喧嘩に対して、一方の子どもが仲間を募って、暴力的手段である木刀や刀やヌンチャクを保持することを容認するでしょうか。幼児的暴力正当化論を容認すれば、武器はとめどなく拡大していくことは明らかです。
そうして思想と論理の延長線上に、以下のニュースが飛び込んできました。しかし、現在の日本のデタラメ・スリカエ・大ウソ・トリック思潮が蔓延っている社会においては、この問題と安倍式集団的自衛権行使論がリンクできないのです。全くアホな社会です。これについては、以下の記事を書きましたのでご覧ください。
居村佳知容疑者「銃は自衛のための必要最小限の武器で必要」と!憲法九条のゴマカシはここまできた!(2014-05-09 11:55:17 )
【3Dプリンター】えらい時代がやって来ますよ!ピストル製造男逮捕(辛坊
3Dプリンタ銃逮捕事件:3Dプリンタ業界はPC業界の過ちを繰り返しては
3Dプリンターで銃製造の男が夢見た「銃社会とメイドとの生活」 | 東スポ
しかも、国連憲章に権利として明記された集団的自衛権を容認していない国がたくさんあるにもかかわらず、権利として保持しているのに使えないのは可笑しいという単純な論理と感情を持ち出し、スリカエ、国民を説得しているのです。憲法九条があったればこそ、日本は国連に加盟できたことを、黙殺しているのです。しかも、安倍首相の祖父岸信介首相自身が、例の違法裁判であった砂川最高裁判決後の国会において、集団的自衛権は行使できないのだと言っているのです。大ウソも甚だしいということです。
7.一方、国連安保理決議に基づく多国籍軍への自衛隊の参加などの提言を、首相が「海外での武力行使」にあたるとの従来の解釈に立ち、採用しない考えを示した点は疑問もないわけではない。自衛隊の活動への強い制約を解くことが課題である。内外に表明している積極的平和主義の具体化へ、現実的対応を求めたい。
「提言」と首相の解釈の違いのトリックについては、前号で書きました。産経が、この首相の意図を、替わって明らかにしてくれました。それは、「グレーゾーン対応」論です。これは「自衛隊の活動への強い制約を解く」ことが最大の狙いです。そのために持ち出してきた憲法解釈改悪のための詭弁・スリカエ事例です。それは、この間指摘してきた紛争の前提論を抜きにした、消極的平和主義論です。
産経や安倍首相などは、「国外」で紛争が起こってくれた方が、中国や北朝鮮の脅威が、どんどん拡大していってくれた方が良いのです。そのために対中包囲網を敷くために海外に出かけ、挑発的言動を繰り返しているのです。テレビが連日、尖閣に侵入する中国船、南シナ海でベトナム船を襲う映像が流れれば流れるほどニンマリしていることでしょう。
また韓国の沈没船の映像が繰り返し報道され、パククネ大統領批判の国民の運動が激しくなればなるほど、日本の助け舟を拒否したからだと思っているに違いありません。反日的言動を繰り返してきたバツだと思っていることでしょう。そうした心理を反映した週刊誌の記事が、電車の中刷り広告で国民に浸透させられているのです。
さらに言えば4月、北朝鮮の核実験が、「今こそあるのではないか」と連日報道されました。軍事専門家と称するコメンテーターが、何度も登場し、北朝鮮の軍事パレードやミサイル発射の場面が繰り返し垂れ流されました。最近では金正恩氏が国際的には使ってはならないとされているジェット機に搭乗して誇っているなどと蔑む報道もされているくらいです。成熟した民主主義国のマスメディアとして恥ずかしい・不道徳・子ども染みたものです。
安倍首相派は、こうしたマスメディアの中国・北朝鮮の蛮行・脅威や韓国社会が文明として劣っている式の報道が繰り返されることで、自分たちのネライが国民の中に浸透されていくことにニンマリとしていることでしょう。「国際情勢の変化」を根拠に正当化する安倍首相の私的懇談会の報告と安倍首相の記者会見の発言、産経などの思想は、このことを何よりも語っています。
全く恥ずべき事と言わなければなりません。日本国民はこうした手口を見破り、断固とした解答、レッドカードを突きつけるべきではないでしょうか。そのことを抜きに、日本国民の命と安全と平和は実現できないことを、今回の報告と記者会見は雄弁に語ったということを強調しておきたいと思います。
以上、産経の主張の誤りは、このようなスリカエ・デタラメ・大ウソ・トリックの論理によって浮き彫りになったのではないでしょうか。しかも、国際情勢の変化を最大の根拠にあげているのですから、大ウソもいい加減にしろ!というところです。
産經新聞 集団自衛権報告書/「異質の国」脱却の一歩だ 2014/5/16 6:00
http://sankei.jp.msn.com/column/topicslist/../../politics/news/140516/plc14051603360005-n1.htm
■行使容認なくして国民守れぬ
日本の安全保障政策の大きな転換につながる集団的自衛権の行使について、政府の有識者会議が憲法解釈の変更で容認することを求める報告書を安倍晋三首相に提出した。
首相は記者会見で「いかなる危機にあっても国民を守る責任がある」と述べ、本格的な与党協議に入る考えを表明した。日本の平和と安全、国民の生命・財産を守るため、当然の政治判断がようやく行われようとしていることを高く評価したい。早期に与党合意を取り付け、自衛隊法など必要な関連法の改正などに取り組んでもらいたい。
≪緊張への備えは重要だ≫
なぜ今、集団的自衛権の行使が必要なのか。それは、厳しさを増す安全保障環境を乗り切るため、日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化する必要があるからだ。報告書は「一層強大な中国軍の登場」に強い懸念を示した。「国家間のパワーバランスの変化」から「特にアジア太平洋地域」の緊張激化を指摘した。中国は東シナ海では尖閣諸島の奪取をねらっている。南シナ海ではフィリピンやベトナムを相手にスプラトリー(南沙)、パラセル(西沙)諸島などを奪おうとしている。力による現状変更を図る試みは受け入れられない。
東西冷戦の時代であれば、日本が個別的自衛権の殻に閉じこもっていても、米国は仮にソ連の攻撃があれば日本を守っただろう。
だが、今や米国に一方的庇護(ひご)を求めることはできない。オバマ政権はアジア重視の「リバランス」(再均衡)政策をとるが、国防費は削減の流れにあり、米国民も海外での軍事行動を望まない。集団的自衛権の行使容認で日本が責任を分担する姿勢を明確にし、地域の平和と安定のため、今後も米国を強く引きつけておく努力が欠かせない。
朝鮮半島有事の際、日本人を含む各国国民を避難させる米軍の輸送艦を自衛隊が守ることは、集団的自衛権の行使にあたるため、現状では困難とされる。安全保障の法的基盤の不備から、国民を守ることができない。米軍将兵は命をかけて日本の防衛にあたる。その同盟国が攻撃を受けているのに、近くにいる自衛隊が助けなければ、真の絆を強められるだろうか。日本の国際的信用も失墜しかねない。
集団的自衛権の行使を認めれば戦争に巻き込まれるといった批判がある。だが、むしろ行使容認によって抑止力が向上する効果を生むとみるべきだ。外交努力に加え、同盟や防衛力で戦争を未然に防ぐ必要がある。過去の内閣法制局の憲法解釈を金科玉条のように位置付け、変更は認められないとの主張もある。だが、過去にも憲法66条の「文民」の定義で現職自衛官を外すなどの解釈変更は行われた。
≪グレーゾーン対応急げ≫
そもそも、憲法が行使を許す「自衛のための必要最小限度」の中に、集団的自衛権を限定的に含めるのは、国の守りに必要である以上、当然だ。危機を直視せず、十分な抑止力を使えない不備を放置すれば「憲法解釈守って国滅ぶ」ことになりかねない。
与党協議に向け、公明党は行使容認に慎重な態度を崩していない。だが、通算11年以上、自民との連立で政権を担当してきた。安全保障面でも国家や国民を守る責任を等しく負っている。行使容認への接点を探ってもらいたい。容認に前向きな日本維新の会やみんなの党などと党派を超えた議論も加速すべきだ。有識者会議の報告書のうち、武力攻撃手前の侵害である「グレーゾーン事態」への対応や、国連平和維持活動(PKO)での「駆け付け警護」を容認する点などは、公明党を含め多数の政党の理解が広がっている。漁民に偽装した中国の海上民兵や特殊部隊が、尖閣に上陸して占拠しようとするケースもグレーゾーン事態だ。これに対応する領域警備の法整備は急務だ。
一方、国連安保理決議に基づく多国籍軍への自衛隊の参加などの提言を、首相が「海外での武力行使」にあたるとの従来の解釈に立ち、採用しない考えを示した点は疑問もないわけではない。
自衛隊の活動への強い制約を解くことが課題である。内外に表明している積極的平和主義の具体化へ、現実的対応を求めたい。(引用ここまで)