愛国者の邪論

日々の生活のなかで、アレ?と思うことを書いていきます。おじさんも居ても立っても居られんと小さき声を今あげんとす

安倍式集団的自衛権行使論の大ウソを証明した産経主張に大アッパレ!軍事優先は国を滅ぼす!常識!

2014-05-16 | 集団的自衛権

読売のウソとスリカエ社説については、前号で、そのポイントについて書きました。また安倍首相の大応援団である産経が最大限のヨイショ「主張」を書きました。それを読むと、安倍首相の大ウソがいっそう浮き彫りになりますので、確認をしておきたいと思います。

1.首相は記者会見で「いかなる危機にあっても国民を守る責任がある」と述べ、本格的な与党協議に入る考えを表明した。日本の平和と安全、国民の生命・財産を守るため、当然の政治判断がようやく行われようとしていることを高く評価したい。

安倍首相が繰り返し強調していたことは、このフレーズです。しかし、これは、ワーキングプアや認知症、大量の自死、東日本大震災の復興がなされないまま、苦しむ、関連死に怯える被災地民には全く適用されていません。

テレビをとおして「いかなる危機にあっても国民を守る責任がある」「日本の平和と安全、国民の生命・財産を守る」と繰り返された首相の言葉を、国内の、自分の生活状況の「危機」の「脅威」に怯えている国民がどのように受け止めたか、マスコミも、この視点に立って、報道していません。ここに現代日本の最大のスリカエ・ゴマカシ・大ウソ・トリックがあります。全くケシカラン話です。

2.なぜ今、集団的自衛権の行使が必要なのか。それは、厳しさを増す安全保障環境を乗り切るため、日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化する必要があるからだ。…東西冷戦の時代であれば、日本が個別的自衛権の殻に閉じこもっていても、米国は仮にソ連の攻撃があれば日本を守っただろう。

産経・安倍首相派得意の、仮の話を持ち出し、「東西冷戦時代」の集団的自衛権行使論と「今」の集団的自衛権行使論の違いを強調する姑息さが浮き彫りになりました。集団的自衛権行使は、米ソの違法な戦争、自衛権行使であったことは、今や国際的常識です。このことをゴマカシ・大ウソをつくのです。

厳しさを増す安全保障環境を乗り切るため」に必要なことは、日本国憲法九条の、「紛争」は非軍事的手段で解決するという思想と方法しかないことは、「今」や国際的常識です。「東西冷戦時代」の違法な戦争によって、ソ連が崩壊し、冷戦後は、アメリカの違法な軍事介入によって、「今や米国に一方的庇護を求めることはできない」と産経も認めるほど、アメリカの地位が低下してきた最大の原因は「軍事的抑止力」論にあることは明らかです。

こうした歴史的に明らかな誤りを「集団的自衛権の行使容認で日本が責任を分担する」ことで、「日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化」し、「地域の平和と安定のため、今後も米国を強く引きつけておく努力」をするなどとして集団的自衛権の行使を認めろというのです。

このことは威張っている、しかも強い相手と思っている子どもを喧嘩で打ち負かすために仲間を募る子どもの思想、暴走族、映画のヤクザの世界の思想と論理と同じです。あれこれの理由を持ち出して正当化していますが、根本は、相手を認め、その相手と対等の立場から話し合いをするという思想は微塵もありません。このような愚かな選択を吹聴する安倍首相派と産経の愚かさを国民的議論で博物館に送りこむことが大切です。

3.米軍将兵は命をかけて日本の防衛にあたる。その同盟国が攻撃を受けているのに、近くにいる自衛隊が助けなければ、真の絆を強められるだろうか。日本の国際的信用も失墜しかねない。

産経特有の脅し・感情論です。こういう感情論が、街頭インタビューの国民の声で紹介されています。こういう感情論が国民に一定程度浸透しているところに、大ウソとスリカエの効果があるように思います。

しかし、この思想と論理、感情が繰り返し使われていますが、これはアメリカが「正義の戦争をしている」という前提にたっているのです。しかし、戦後アメリカの戦争が起こした戦争はいずれも国連憲章に違反した不正義の戦争でした。前提そのものが大ウソなのです。「米兵将兵が命をかけて日本の防衛にあた」っているというのも、大ウソです。

戦後アメリカの高官自身が、そのようなことは言っていません。アメリカは自国のために日本に駐留していることは周知の事実、常識です。米軍駐留経費を湯水のように出してくれる日本は美味しいお客さんです。アメリカの軍事費を負担してくれる「オ・ト・モ・ダ・チ」なのです。命を懸けて日本を守る米兵がどれだけ日本国民の命を安全を奪っているか、沖縄の「負担」は、何を物語っているのでしょうか。このことを視ても、大ウソとスリカエは浮き彫りです。

4.集団的自衛権の行使を認めれば戦争に巻き込まれるといった批判がある。だが、むしろ行使容認によって抑止力が向上する効果を生むとみるべきだ。外交努力に加え、同盟や防衛力で戦争を未然に防ぐ必要がある。

この指摘も大ウソです。まず第一に、「行使容認によって抑止力が向上する効果を生むとみるべきだ」としていることに、産経のあやふやさ、不確信が浮き彫りになります。産経の思想はあくまで「外交努力に加え」論なのです。「外交力」こそが、「戦争を未然に防止」する唯一の途であることは、最近のシリア・ウクライナ・クリミア問題で証明されています。

5.過去の内閣法制局の憲法解釈を金科玉条のように位置付け、変更は認められないとの主張もある。だが、過去にも憲法66条の「文民」の定義で現職自衛官を外すなどの解釈変更は行われた。

これも、大ウソスリカエです。憲法の原則・原点軽視・無視否定の産経の立場が浮き彫りです。逆に言えば、産経は、ポツダム宣言と日本国憲法の制定によって教育勅語体制を国会によって否定したにもかかわらず、相変わらず金科玉条のごとく教育勅語の偽りの徳目を位置づけているのです。恥ずかしくないのです。こんな不道徳はありません。

もう一つは、憲法66条の「文民」条項です。これは以下の資料にみるように、戦前の軍部大臣現役武官制の弊害を想定した規定でした。

極東委員会と文民条項 | 日本国憲法の誕生 - 国立国会図書館

しかし、憲法第9条に対する政府解釈の変化 によって、「文民」論解釈が改悪されてきたこと、そのことの弊害を改めて強調しておかなければなりません。それについては、以下の資料をご覧ください。元自衛権の議員と大臣が、如何に憲法違反の言動を行ってきたか、それをマスコミが徹底して批判してこなかったか、その弊害と現在の問題の根っこが、こうしたスリカエにあることは一目瞭然です。

直言(6.18)防衛大臣における「文民」と「民間人」 2012年6月18日

産経が、この「文民」論を使って、憲法解釈の改悪を正当化すればするほど、憲法の原点をスリカエてきたことが、浮き彫りになります。このまま解釈を変えていけば、当初の文民統制論=「文民」論、別の言い方をすればシビリアンコントロールが形骸化していくことは明らかです。

それは、国家安全保障会議 (日本)に参加する構成員=国家安全保障局のメンバーを見れば明瞭です。現役の自衛官が参加しているのです。国務大臣とは違いますが、国家安全保障会議という、特定秘密保護に関する法律によって守られた、国会、国民から遠くかけ離れたところで「有事」「戦争」が分析され、集団的自衛権の行使が具体的に議論されていくことは明らかだからです。

6.そもそも、憲法が行使を許す「自衛のための必要最小限度」の中に、集団的自衛権を限定的に含めるのは、国の守りに必要である以上、当然だ危機を直視せず、十分な抑止力を使えない不備を放置すれば「憲法解釈守って国滅ぶ」ことになりかねない。

産経も安倍首相も自民党も、この間、自分たちが憲法違反の自衛隊を合憲とする為に持ち出して正当化してきた「自衛のための必要最小限度」論によって、「自衛」隊の「装備」は今や世界最強に匹敵するほどです。今や「自衛」隊は、安倍首相の言うように「軍隊」です。そこに最大のゴマカシ・スリカエがあります。

それを取り繕うために持ち出してきているのが、憲法九条に合わせるのではなく実態・現実に合わせようとするスリカエです。これは、食べ過ぎで太ってしまった自分の体の健康を労わり、健康の維持のために何をやるのか、ではなく、食べ過ぎに反省することなく食べ続け、いやそれ以上に食べようとしているのが安倍首相派・産経です。そして太ってしまった体に合わせて着用している服を大きくしようとしているのです。全くバカな、愚かなことではないでしょうか。こんな簡単なことがスリカエられているのです。

そのゴマカシ・スリカエ・大ウソ・トリックを正当化するために、利用しているのが中国の軍拡です。中国の軍拡競争と一緒になっていることそのものが幼児的です。本来であれば、憲法九条を持つ国として、軍拡に使うカネを教育や福祉など国民生活に使おうと呼びかければ、どれだけの中国国民が幸せになることでしょうか。そのことの方が国際貢献です。何しろ中国の人口は13億人です。日本の十倍です。日本の軍事費と単純に比較すれば、50億をはるかに超える軍事費なのです。このカネをどう使うか、日本と中国の政府と国民は、真剣に考える時でしょう。そうした視点に立って政治を行ってこなかったからこそ、ソ連が崩壊し、アメリカが、今苦しんでいるのです。

それにしても、そのような視点に立つことは有り得ないのです。全くバカなことです。そのバカさを検証してみます。すなわち、暴走族やヤクザの勢力争いに、子どもの喧嘩に対して、一方の子どもが仲間を募って、暴力的手段である木刀や刀やヌンチャクを保持することを容認するでしょうか。幼児的暴力正当化論を容認すれば、武器はとめどなく拡大していくことは明らかです。

そうして思想と論理の延長線上に、以下のニュースが飛び込んできました。しかし、現在の日本のデタラメ・スリカエ・大ウソ・トリック思潮が蔓延っている社会においては、この問題と安倍式集団的自衛権行使論がリンクできないのです。全くアホな社会です。これについては、以下の記事を書きましたのでご覧ください。

居村佳知容疑者「銃は自衛のための必要最小限の武器で必要」と!憲法九条のゴマカシはここまできた!(2014-05-09 11:55:17 )

3Dプリンター】えらい時代がやって来ますよ!ピストル製造男逮捕(辛坊

3Dプリンタ銃逮捕事件:3Dプリンタ業界はPC業界の過ちを繰り返しては

3Dプリンターで銃製造の男が夢見た「銃社会とメイドとの生活」 | 東スポ

しかも、国連憲章に権利として明記された集団的自衛権を容認していない国がたくさんあるにもかかわらず、権利として保持しているのに使えないのは可笑しいという単純な論理と感情を持ち出し、スリカエ、国民を説得しているのです。憲法九条があったればこそ、日本は国連に加盟できたことを、黙殺しているのです。しかも、安倍首相の祖父岸信介首相自身が、例の違法裁判であった砂川最高裁判決後の国会において、集団的自衛権は行使できないのだと言っているのです。大ウソも甚だしいということです。

7.一方、国連安保理決議に基づく多国籍軍への自衛隊の参加などの提言を、首相が「海外での武力行使」にあたるとの従来の解釈に立ち、採用しない考えを示した点は疑問もないわけではない。自衛隊の活動への強い制約を解くことが課題である。内外に表明している積極的平和主義の具体化へ、現実的対応を求めたい。

「提言」と首相の解釈の違いのトリックについては、前号で書きました。産経が、この首相の意図を、替わって明らかにしてくれました。それは、「グレーゾーン対応」論です。これは「自衛隊の活動への強い制約を解く」ことが最大の狙いです。そのために持ち出してきた憲法解釈改悪のための詭弁・スリカエ事例です。それは、この間指摘してきた紛争の前提論を抜きにした、消極的平和主義論です。

産経や安倍首相などは、「国外」で紛争が起こってくれた方が、中国や北朝鮮の脅威が、どんどん拡大していってくれた方が良いのです。そのために対中包囲網を敷くために海外に出かけ、挑発的言動を繰り返しているのです。テレビが連日、尖閣に侵入する中国船、南シナ海でベトナム船を襲う映像が流れれば流れるほどニンマリしていることでしょう。

また韓国の沈没船の映像が繰り返し報道され、パククネ大統領批判の国民の運動が激しくなればなるほど、日本の助け舟を拒否したからだと思っているに違いありません。反日的言動を繰り返してきたバツだと思っていることでしょう。そうした心理を反映した週刊誌の記事が、電車の中刷り広告で国民に浸透させられているのです。

さらに言えば4月、北朝鮮の核実験が、「今こそあるのではないか」と連日報道されました。軍事専門家と称するコメンテーターが、何度も登場し、北朝鮮の軍事パレードやミサイル発射の場面が繰り返し垂れ流されました。最近では金正恩氏が国際的には使ってはならないとされているジェット機に搭乗して誇っているなどと蔑む報道もされているくらいです。成熟した民主主義国のマスメディアとして恥ずかしい・不道徳・子ども染みたものです。

安倍首相派は、こうしたマスメディアの中国・北朝鮮の蛮行・脅威や韓国社会が文明として劣っている式の報道が繰り返されることで、自分たちのネライが国民の中に浸透されていくことにニンマリとしていることでしょう。「国際情勢の変化」を根拠に正当化する安倍首相の私的懇談会の報告と安倍首相の記者会見の発言、産経などの思想は、このことを何よりも語っています。

全く恥ずべき事と言わなければなりません。日本国民はこうした手口を見破り、断固とした解答、レッドカードを突きつけるべきではないでしょうか。そのことを抜きに、日本国民の命と安全と平和は実現できないことを、今回の報告と記者会見は雄弁に語ったということを強調しておきたいと思います。

以上、産経の主張の誤りは、このようなスリカエ・デタラメ・大ウソ・トリックの論理によって浮き彫りになったのではないでしょうか。しかも、国際情勢の変化を最大の根拠にあげているのですから、大ウソもいい加減にしろ!というところです。

産經新聞 集団自衛権報告書/「異質の国」脱却の一歩だ 2014/5/16 6:00
http://sankei.jp.msn.com/column/topicslist/../../politics/news/140516/plc14051603360005-n1.htm

 ■行使容認なくして国民守れぬ

 日本の安全保障政策の大きな転換につながる集団的自衛権の行使について、政府の有識者会議が憲法解釈の変更で容認することを求める報告書を安倍晋三首相に提出した。

 首相は記者会見で「いかなる危機にあっても国民を守る責任がある」と述べ、本格的な与党協議に入る考えを表明した。日本の平和と安全、国民の生命・財産を守るため、当然の政治判断がようやく行われようとしていることを高く評価したい。早期に与党合意を取り付け、自衛隊法など必要な関連法の改正などに取り組んでもらいたい。

 ≪緊張への備えは重要だ

 なぜ今、集団的自衛権の行使が必要なのか。それは、厳しさを増す安全保障環境を乗り切るため、日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化する必要があるからだ。報告書は「一層強大な中国軍の登場」に強い懸念を示した。「国家間のパワーバランスの変化」から「特にアジア太平洋地域」の緊張激化を指摘した。中国は東シナ海では尖閣諸島の奪取をねらっている。南シナ海ではフィリピンやベトナムを相手にスプラトリー(南沙)、パラセル(西沙)諸島などを奪おうとしている。力による現状変更を図る試みは受け入れられない。

 東西冷戦の時代であれば、日本が個別的自衛権の殻に閉じこもっていても、米国は仮にソ連の攻撃があれば日本を守っただろう。

 だが、今や米国に一方的庇護(ひご)を求めることはできない。オバマ政権はアジア重視の「リバランス」(再均衡)政策をとるが、国防費は削減の流れにあり、米国民も海外での軍事行動を望まない。集団的自衛権の行使容認で日本が責任を分担する姿勢を明確にし、地域の平和と安定のため、今後も米国を強く引きつけておく努力が欠かせない

 朝鮮半島有事の際、日本人を含む各国国民を避難させる米軍の輸送艦を自衛隊が守ることは、集団的自衛権の行使にあたるため、現状では困難とされる。安全保障の法的基盤の不備から、国民を守ることができない。米軍将兵は命をかけて日本の防衛にあたる。その同盟国が攻撃を受けているのに、近くにいる自衛隊が助けなければ、真の絆を強められるだろうか。日本の国際的信用も失墜しかねない。

 集団的自衛権の行使を認めれば戦争に巻き込まれるといった批判がある。だが、むしろ行使容認によって抑止力が向上する効果を生むとみるべきだ外交努力に加え、同盟や防衛力で戦争を未然に防ぐ必要がある。過去の内閣法制局の憲法解釈を金科玉条のように位置付け、変更は認められないとの主張もある。だが、過去にも憲法66条の「文民」の定義で現職自衛官を外すなどの解釈変更は行われた。

 ≪グレーゾーン対応急げ

 そもそも、憲法が行使を許す「自衛のための必要最小限度」の中に、集団的自衛権を限定的に含めるのは、国の守りに必要である以上、当然だ危機を直視せず、十分な抑止力を使えない不備を放置すれば「憲法解釈守って国滅ぶ」ことになりかねない。

 与党協議に向け、公明党は行使容認に慎重な態度を崩していない。だが、通算11年以上、自民との連立で政権を担当してきた。安全保障面でも国家や国民を守る責任を等しく負っている。行使容認への接点を探ってもらいたい。容認に前向きな日本維新の会やみんなの党などと党派を超えた議論も加速すべきだ。有識者会議の報告書のうち、武力攻撃手前の侵害である「グレーゾーン事態」への対応や、国連平和維持活動(PKO)での「駆け付け警護」を容認する点などは、公明党を含め多数の政党の理解が広がっている。漁民に偽装した中国の海上民兵や特殊部隊が、尖閣に上陸して占拠しようとするケースもグレーゾーン事態だ。これに対応する領域警備の法整備は急務だ。

 一方、国連安保理決議に基づく多国籍軍への自衛隊の参加などの提言を、首相が「海外での武力行使」にあたるとの従来の解釈に立ち、採用しない考えを示した点は疑問もないわけではない。

 自衛隊の活動への強い制約を解くことが課題である。内外に表明している積極的平和主義の具体化へ、現実的対応を求めたい。引用ここまで

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安倍式集団的自衛権行使賛成派の読売社説にみる歴史と憲法違反の証拠社説!国民に真実を語れ!

2014-05-16 | 集団的自衛権

 昨日の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告書と安倍首相の記者会見を受けて、読売・産経・日経・富山新聞が、賛成の立場から社説・主張を掲載しました。そこに書かれている矛盾、スリカエについて、検証してみることにしました。まず読売について、ご覧ください。

1.首相は「もはや一国のみで平和を守れないのが世界の共通認識だ」と強調した。

国連憲章の集団的自衛権論を使いながら、国連の安全保障論を枠外に置いた身勝手な集団的自衛権行使論であることが浮き彫りになりました。この視点で貫かれている安部式集団的自衛権論のスリカエを見抜く必要があります。

2.懇談会の報告書は北朝鮮の核実験や中国の影響力の増大など、日本周辺の脅威の変化や軍事技術の進歩を踏まえ、個別的自衛権だけでの対応には限界があり、むしろ危険な孤立主義を招く、と指摘

中国・北朝鮮などの「脅威」論を最大限利用しているのは、戦前と全く同じ発想と論理です。そもそも「脅威」を取り除くための外交・経済・文化交流などについては、全く不問です。この「脅威」がなければ、この集団的自衛権行使論は話題にもなっていないことでしょう。ここに「脅威」を放置、泳がせてきた安倍首相派の最大の狙いがあります。トリック・スリカエの権化があります。マスコミの責任は大です。

3.安倍首相は、集団的自衛権の全面行使や集団安全保障への全面参加は従来の憲法解釈と論理的に整合しないとして、採用できないと明言した。一方で、「限定容認論」に基づき、与党との調整を進める方針を示した。首相が有識者会議の提言の一部を直ちに否定するのは異例だが、解釈変更に慎重な公明党に配慮した政治的判断と評価できる。

これもトリックです。

一つには、私的懇談会であるとの批判に対して、政府との違いを強調することでスリカエを謀るのです。

二つには、懇談会が小出しにしてきた場当たり的その場しのぎの「個別ケース」を批判しているかのように装いスリカエながら、実際は、「個別的か、集団的かを問わず、自衛のための武力の行使は禁じられていない」けれども、「憲法解釈の変更が必要と判断されれば、この点を含めて改正すべき法制の基本的方向を、国民の命と暮らしを守るため、閣議決定」するとして、「国連の集団安全保障措置への参加といった国際法上、合法な活動には憲法上の制約はない」事実上、何でもアリとしたのです。ゴマカシ以外のナニモノでもありません。

事実、読売も、「内閣の持つ憲法の公権的解釈権に基づき、丁寧に手順を踏み、合理的な範囲内で解釈変更を問うことに、問題はなかろう」と、何でもアリを認めているのです。ゴマカシ・スリカエ・デタラメの極地です。ここに最大のポイントがあります。

3.解釈変更は、行使を可能にしておくことで日米同盟を強化し、抑止力を高めて、紛争を未然に防止することにこそ主眼がある。憲法には平和主義に加え、平和的生存権や国際協調主義がうたわれていることも忘れてはなるまい。

「紛争を未然に防ぐ」というのであれば、憲法平和主義を使うこと以外に有り得ません。憲法九条は、「国際紛争を解決する手段」として、国家による「戦争」、「武力行使」、「武力」による「威嚇」を永久に放棄しています。ということは、紛争を起こさないためには、日本国として何をしなければならないのか、です。安倍式集団的自衛権行使論・積極的平和主義論は、軍事的抑止力論に立つ消極的平和主義論です。安倍首相は憲法の条文を引用して正当化していますが、不遜です。不道徳です。こんなことが許されるとしたら、日本国民の読解力の欠如ぶりが、浮き彫りになり、世界の笑いものになるでしょう。

しかも、憲法は、「自国のことのみ専念するのではなく、他国との平等の関係に立って」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」に、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」を具体化するために、日本が積極的な役割を果たすことだと書いているのです。この紛争を非暴力・非軍事的手段で解決することと合わせて考えると、前後自民党政権がサボってきたことは明らかです。

今必要なことは、軍事的抑止力論は、とめどなく軍事強化の、悪魔のサイクルを呼び起こすということです。そもそも、読売・安部式「抑止力」論は、この間自分たちが言ってきた「抑止力」論の破綻を認めたというものです。そのことが全く判っていないまま、正当化しているのですから、どうしようもありません。

4.中国が海洋進出を活発化し、尖閣諸島周辺での領海侵入を常態化させる中

これについても、中韓朝首脳との対話をサボり怠っていることが最大の問題です。安倍首相・内閣の思想と論法は、「対話の窓口は開いている」としながら、相手にその責任に転嫁し、最大の問題である戦争責任・歴史認識問題については、挑発的言動を繰り返し、誠実に対応していないのです。

「中国の海洋進出問題」についても、東アジアの近代史とサンフランシスコ条約に係る歴史問題にきちんと向き合っていないことが最大の問題です。正々堂々とした態度をとる、すなわち話し合いをして解決すれば良いのですが、そういう態度と方法をとることなく、「領海侵入を常態化」を許しているのです。こうして日本国民に、対中包囲網としての「抑止力」論の正当化を印象づけ、憲法改悪の地ならしを謀っているのです。

この読売の思想は、国家間の紛争は、話し合いで解決するという基本的なことをサボっている安倍首相を免罪するものです。安倍首相の歴史認識を免罪するものです。そもそも侵略戦争に対する歴史認識は国際公約です。安倍首相の対応は、場当たりその場しのぎ、デタラメです。いくつかを示しておきます。

(1)まず「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」した日本国憲法です。日本国憲法は、軍国主義を否定し、日本の民主化を明記したポツダム宣言を受諾し、その理念の延長線上に制定されたのは歴史の事実です。ここに明記された「戦争の惨禍」とは侵略戦争を意味していること、軍国主義を否定していることは明らかです。しかし、安倍首相の憲法違反の言動は目に余るほどあります。憲法尊重擁護義務違反です。

①戦争責任問題は後世の史家に任せるとする思想は、二度と戦争が起こることがないようにと制定されたことに反する憲法違反そのものです。

②靖国神社参拝も、戦前の皇国史観の反省の上に制定された憲法の保障する信教の自由に違反するものです。

③慰安婦問題にしても、軍隊が慰安婦制度をつくったことは日本の司法で裁いた判決にも明記されていることですが、認めようとしていません。

④安倍首相が侵略戦争を認めるのであれば、南京市や慰安婦の住むナヌムの家など、侵略戦争の遺産に対して向き合うべきです。

(2)次は、サンフランシスコ平和条約についての評価です。

①日本はサンフランシスコ平和条約で、戦犯問題は承認し解決したはずです。戦犯を合祀している靖国参拝の不当性はここにあります。天皇すら参拝していないのです。

②しかも、そのサンフランシスコ平和条約で、日本は主権を回復・独立したとして、昨年4月28日式典を開催しましたが、実態は違っています。今年式典を開催できなかったことに、その場当たり的その場しのぎの安倍思想が浮き彫りになります。

③日本には、形式的には「独立」しましたが、米軍は一旦撤退・撤収することなく、そのまま居座っているのです。こうして日本国民の税金を使って居座った米軍によって、国民生活が脅かされているのです。

④沖縄には米軍基地がそのまま居座り続け、安倍首相も認めるような負担が継続されているのです。

⑤これは安倍首相の使った憲法の生存権や幸福追求権、個人の尊厳からすれば大問題ですが、放置したままです。

⑥安倍首相派日米軍事同盟によって日本が平和を保ったとしていますが、それは憲法をないがしろにするためのスリカエです。

⑦しかも日米軍事同盟は、国際に違反したベトナム・アフガン・イラク戦争の際に、集団的自衛権まがいの負担・協力加担を日本に課したのです。ベトナム・アフガン・イラク国民の側に立てば、日米軍事同盟が「日本の平和と繁栄を保障した、もたらした」というのは、憲法の思想からすれば、有り得ない思想と内容と言わなければなりません。

5.警察権で武器を使う「海上警備行動」では、武装した特殊部隊の制圧などには不十分との指摘がある。海上自衛隊や海上保安庁がより迅速かつ機動的に対応し、効果的に武器を使用できる仕組みにしておくことが重要だ。

この問題については、日中両国の首脳が対話を実現していれば、両国の「警察力」程度の「力」で解決できる問題です。しかも以下のような「現場」同士の対話は行われているのです。不測の事態が起こらないような「抑止」とその手段はいくらでも講じることは可能です。

こうした対話の努力を怠っている安倍首相の側にこそ問題であると言わなければなりません。その最大の問題は、対話を拒んでいるのは、侵略戦争を認めたくない安倍首相の側にあるということです。この安倍首相のホンネに迫る質問をしない政党とマスコミに最大の責任があります。

中国軍上層部と自衛隊元最高幹部 対話記録が映す“中国の姿” - NHK 2013年6月19日

 

読売新聞 集団的自衛権/日本存立へ行使「限定容認」せよ 2014/5/16 2:00
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20140515-OYT1T50136.html

 

 ◆グレーゾーン事態法制も重要だ◆

 

 日本の安全保障政策を大幅に強化し、様々な緊急事態に備えるうえで、歴史的な提言である。

 

 政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、集団的自衛権の行使を容認するよう求める報告書を安倍首相に提出した。

 

 首相は記者会見し、「もはや一国のみで平和を守れないのが世界の共通認識だ」と強調した。

 

 在外邦人を輸送する米輸送艦に対する自衛隊の警護などを例示し、集団的自衛権の行使を可能にするため、政府の憲法解釈の変更に取り組む考えも表明した。その方向性を改めて支持したい。

 

 ◆解釈変更に問題はない

 

 自民、公明両党は20日に協議を開始する。政府は来月中にも新たな憲法解釈などを閣議決定することを目指しており、与党協議の加速が求められる。

 

 懇談会の報告書は、北朝鮮の核実験や中国の影響力の増大など、日本周辺の脅威の変化や軍事技術の進歩を踏まえ、個別的自衛権だけでの対応には限界があり、むしろ危険な孤立主義を招く、と指摘した。さらに、周辺有事における米軍艦船の防護や強制的な船舶検査、海上交通路での機雷除去の事例を挙げ、集団的自衛権を行使できるようにする必要性を強調している。こうした重大な事態にきちんと対処できないようでは、日米同盟や国際協調は成り立たない。報告書は、あらゆる集団的自衛権の行使を認める新解釈と、国家の存立にとって必要最小限の集団的自衛権に限って認める「限定容認論」を併記した。戦闘行動を伴う国連の集団安全保障措置への参加も可能としている。

 

 これに対し、安倍首相は、集団的自衛権の全面行使や集団安全保障への全面参加は従来の憲法解釈と論理的に整合しないとして、採用できないと明言した。一方で、「限定容認論」に基づき、与党との調整を進める方針を示した。首相が有識者会議の提言の一部を直ちに否定するのは異例だが、解釈変更に慎重な公明党に配慮した政治的判断と評価できる。

 

 集団的自衛権の全面行使が可能になれば、有事における政府の選択肢が増えるのは確かである

 

 ただ、従来の解釈との整合性を保ち、法的な安定性を確保することは法治国家として不可欠だ。海外での戦争参加を認めるかのような誤解を払拭し、幅広い与野党や国民の合意を形成するためにも限定容認論が現実的である。解釈変更には、「立憲主義の否定」といった批判もある。だが、内閣の持つ憲法の公権的解釈権に基づき、丁寧に手順を踏み、合理的な範囲内で解釈変更を問うことに、問題はなかろう。

 

 ◆主眼は抑止力の強化

 

 報告書は、集団的自衛権の行使の要件として「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性」「国会承認」など6項目を挙げた。日本攻撃に発展する蓋然性や日米同盟の信頼性への影響を含め、「総合的に勘案する」とも明記した。おおむね適切な内容だ。どんな事態が発生するかを事前に予測するのは困難であり、政府に一定の裁量の余地を残す必要がある。報告書も指摘するように、集団的自衛権は権利であり、義務ではない。政府が検討した結果、行使しないとなることも、十分あり得よう。解釈変更は、行使を可能にしておくことで日米同盟を強化し、抑止力を高めて、紛争を未然に防止することにこそ主眼がある。憲法には平和主義に加え、平和的生存権や国際協調主義がうたわれていることも忘れてはなるまい。偽装漁民による離島占拠など、武力攻撃に至らない「グレーゾーン事態」について、報告書は、平時から「切れ目のない対応」を可能にするよう、法制度を充実すべきだと主張している。安倍首相も、与党協議で優先して検討する考えを示した。

 

 ◆「切れ目のない」対応を

 

 中国が海洋進出を活発化し、尖閣諸島周辺での領海侵入を常態化させる中、グレーゾーン事態はいつ発生してもおかしくない。現行の自衛隊法では、自衛権に基づく「防衛出動」は武力攻撃を受けた場合に限られる。警察権で武器を使う「海上警備行動」では、武装した特殊部隊の制圧などには不十分との指摘がある。海上自衛隊や海上保安庁がより迅速かつ機動的に対応し、効果的に武器を使用できる仕組みにしておくことが重要だ。公明党もグレーゾーン事態に対処する法整備には前向きな姿勢を見せており、議論を深めたい。(引用ここまで

 

2014年05月16日01時24分 Copyright©TheYomiuriShimbun

 

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