相模女子大学のグラウンドで催された薪能にて、宝生流宗家による「葵上」を観る。
シテは六條御息所の生霊、本来ならば人間の目に見えない存在だ。
本来ならば、映らない存在。
いままで、さういふことをほとんど気にしないでこの曲に接していたが、演能前のシテ方能楽師による解説のなかでこの話しが出て、今さらにして「言われてみればさうだ……」と思った。
観客には見えても、朱雀院の臣下に代表される . . . 本文を読む
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- 嵐悳江(あらし とくえ)──手猿樂師にして、傳統藝能創造家にして、鐵道愛好家にして、古道探訪者にして、文筆家氣取り。
雅号は「李圜(りかん)」。
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