懐かしいな。
この顔。
いまも、あの頃の面影が残っているよ。
特に瞳(め)のあたりなんか。
僕が彼に逢ったのは、国道沿いの物流倉庫でだ。
二ヶ月限定の短期バイトで。
仕事内容は、大手ドラッグストアに納める商品のピッキング。
ここでは、入ってから二日間、先輩バイトが仕事のやり方を指導する仕組みとなっていて、この時ぼくに付いたのが、“彼”だった。
ウインドの上下姿の彼に、初日に引き合わされた時の印象は、決して良いものではなかった。
「じゃ、二日間あなたを指導する、ヤマウチ君ね」
現場チーフからの紹介に、
「近江といいます。よろしくお願いします」
と丁寧に頭を下げると
「よろしく…」
と、かったるそうに受けた「ヤマウチ君」は見た感じ、僕と年齢(とし)は変わらなさそうだった。
違うのは、あちらはいかにもイケメンである点。
「じゃ、とりあえずこっちへ…」
そしてぶっきらぼうな口調は、いかにもイマドキの…といった感じだった。
なんだか取っ付きにくい、僕にはちょっとニガテなタイプ。
まぁ、こういう系はそんなもんだ…。
とりあえず今日と明日だけの付き合いだしな、と気を取り直して付いて行った。
この倉庫は商品別に“Aエリア”から“Dエリア”まで四つにゾーンが分かれていて、それぞれにピッキングのやり方が微妙に違っていた。
その違いを“山内先輩”は、かったるそうな見た目とは裏腹に、意外と丁寧に教えてくれた。
まあ、指導者なんだからそれが当然ではあるけれど…。
もっとも、あちらも僕みたいなのは得手でないらしく、彼のどこか疲れたような“瞳(め)”は、始終決して、僕の目を見ようとはしなかった。
顔はこちらを向いていても、視線は絶対に逸れていた。
お互いサマ、というやつだ。
中間の“Bエリア”まで来たところで、昼休憩となった。
「じゃ、午後一時にここから再開ということで。休憩室は二階なんで、みんなに付いて行きゃわかりますから…」
ヤマウチ“先輩”はそう言って、自分だけさっさと行ってしまった。
やれやれ…。
置いていくなよ、不快に思うというより、しょうがないなぁ…と苦笑いしたくなった―彼にはなんだか、そう思わせる性質があった。
ヤマウチ“先輩”はもともと、人と交わるのが好きではないタイプらしい。
休憩室の片隅で独り、イヤホンで音楽か何かを聴きながら菓子パンを口へ放り込むと、あとはさっさと外へ出てしまっていた。
孤独を愛するヒト、か…。
午後の作業も、午前中と全く同じ感じ。
ピッキングリストを片手に、次のCエリアの棚に並ぶ商品を指差しながら説明している彼の横顔を見ながら、僕はふと、顔の雰囲気が中学以来の親友で、俳優の宮嶋翔(みやしま かける)になんとなく似ている、と思った。
午後六時で、作業は終了。
「じゃあ明日は、一人でピッキングしてみて下さい。俺が後ろから付いて見てますんで…。」
ヤマウチ先輩は「じゃ」、と軽く頭を下げると、やはりさっさと立ち去った。
はい了解です、センパイ。
休憩室で帰り支度をする前に、お手洗いを借りるとして…。
スタスタと休憩室を目指すみんなとは途中から逸れて、そちらのドアへと向かった。
すると、ちょうどドアを開けて中から出てきたのが、すでに上着を羽織った姿の、ヤマウチ“先輩”だった。
彼は上着のポケットから、ケータイを取り出すところだった。
そして、ケータイと一緒に何かカードのようなものも出てきて、そのまま床へと落ちた。
彼はそのことに気付くことなく、僕に軽く頭を下げると、そのまま脇を通り過ぎて行った。
おやおや。
僕はカードらしきものを拾い上げて、
「あの、これ…」
後ろからヤマウチ“先輩”に声を掛けた。
ケータイを耳に当てていた彼は、こちらを振り返る。
そして、僕が差し出すものを見て、
「……」
なぜか瞳(め)が一瞬だけ、キッとなったように、見えた。
しかし次の瞬間にはケータイを耳から離して、どうも、と小さく言いながら頭をちょこっと下げると、カードを受け取って上着のポケットへと突っ込み、さっさと立ち去って行った。
カードは、どこかのメンバーズカードのようだった。
そして一瞬、でも確かに目に入ったnameの欄には、
『ヤマウチ ハルヤ』
とペン書きされていた。
彼、下の名前は“ハルヤ”っていうのか…。
それは僕にとっては、とても思い出深い名前だった。
二年前、
東北本線の、
くりこま駅で、
“たかしまはるや、と云います。
また逢えたらいいですね”
と言葉を交わして別れた、
あのひと…。
〈続〉
この顔。
いまも、あの頃の面影が残っているよ。
特に瞳(め)のあたりなんか。
僕が彼に逢ったのは、国道沿いの物流倉庫でだ。
二ヶ月限定の短期バイトで。
仕事内容は、大手ドラッグストアに納める商品のピッキング。
ここでは、入ってから二日間、先輩バイトが仕事のやり方を指導する仕組みとなっていて、この時ぼくに付いたのが、“彼”だった。
ウインドの上下姿の彼に、初日に引き合わされた時の印象は、決して良いものではなかった。
「じゃ、二日間あなたを指導する、ヤマウチ君ね」
現場チーフからの紹介に、
「近江といいます。よろしくお願いします」
と丁寧に頭を下げると
「よろしく…」
と、かったるそうに受けた「ヤマウチ君」は見た感じ、僕と年齢(とし)は変わらなさそうだった。
違うのは、あちらはいかにもイケメンである点。
「じゃ、とりあえずこっちへ…」
そしてぶっきらぼうな口調は、いかにもイマドキの…といった感じだった。
なんだか取っ付きにくい、僕にはちょっとニガテなタイプ。
まぁ、こういう系はそんなもんだ…。
とりあえず今日と明日だけの付き合いだしな、と気を取り直して付いて行った。
この倉庫は商品別に“Aエリア”から“Dエリア”まで四つにゾーンが分かれていて、それぞれにピッキングのやり方が微妙に違っていた。
その違いを“山内先輩”は、かったるそうな見た目とは裏腹に、意外と丁寧に教えてくれた。
まあ、指導者なんだからそれが当然ではあるけれど…。
もっとも、あちらも僕みたいなのは得手でないらしく、彼のどこか疲れたような“瞳(め)”は、始終決して、僕の目を見ようとはしなかった。
顔はこちらを向いていても、視線は絶対に逸れていた。
お互いサマ、というやつだ。
中間の“Bエリア”まで来たところで、昼休憩となった。
「じゃ、午後一時にここから再開ということで。休憩室は二階なんで、みんなに付いて行きゃわかりますから…」
ヤマウチ“先輩”はそう言って、自分だけさっさと行ってしまった。
やれやれ…。
置いていくなよ、不快に思うというより、しょうがないなぁ…と苦笑いしたくなった―彼にはなんだか、そう思わせる性質があった。
ヤマウチ“先輩”はもともと、人と交わるのが好きではないタイプらしい。
休憩室の片隅で独り、イヤホンで音楽か何かを聴きながら菓子パンを口へ放り込むと、あとはさっさと外へ出てしまっていた。
孤独を愛するヒト、か…。
午後の作業も、午前中と全く同じ感じ。
ピッキングリストを片手に、次のCエリアの棚に並ぶ商品を指差しながら説明している彼の横顔を見ながら、僕はふと、顔の雰囲気が中学以来の親友で、俳優の宮嶋翔(みやしま かける)になんとなく似ている、と思った。
午後六時で、作業は終了。
「じゃあ明日は、一人でピッキングしてみて下さい。俺が後ろから付いて見てますんで…。」
ヤマウチ先輩は「じゃ」、と軽く頭を下げると、やはりさっさと立ち去った。
はい了解です、センパイ。
休憩室で帰り支度をする前に、お手洗いを借りるとして…。
スタスタと休憩室を目指すみんなとは途中から逸れて、そちらのドアへと向かった。
すると、ちょうどドアを開けて中から出てきたのが、すでに上着を羽織った姿の、ヤマウチ“先輩”だった。
彼は上着のポケットから、ケータイを取り出すところだった。
そして、ケータイと一緒に何かカードのようなものも出てきて、そのまま床へと落ちた。
彼はそのことに気付くことなく、僕に軽く頭を下げると、そのまま脇を通り過ぎて行った。
おやおや。
僕はカードらしきものを拾い上げて、
「あの、これ…」
後ろからヤマウチ“先輩”に声を掛けた。
ケータイを耳に当てていた彼は、こちらを振り返る。
そして、僕が差し出すものを見て、
「……」
なぜか瞳(め)が一瞬だけ、キッとなったように、見えた。
しかし次の瞬間にはケータイを耳から離して、どうも、と小さく言いながら頭をちょこっと下げると、カードを受け取って上着のポケットへと突っ込み、さっさと立ち去って行った。
カードは、どこかのメンバーズカードのようだった。
そして一瞬、でも確かに目に入ったnameの欄には、
『ヤマウチ ハルヤ』
とペン書きされていた。
彼、下の名前は“ハルヤ”っていうのか…。
それは僕にとっては、とても思い出深い名前だった。
二年前、
東北本線の、
くりこま駅で、
“たかしまはるや、と云います。
また逢えたらいいですね”
と言葉を交わして別れた、
あのひと…。
〈続〉