
清掃局のリサイクルコーナーで、三島由紀夫の「近代能楽集」を手に入れる。
同じ新潮文庫版をかつて學生時代に持ってゐたが、改めて傅統藝能の勉強をしやうと決心し再出発した十年ちかく前──まう十年にならうとしてゐるのか……──、ある人に「参考資料に」と貸したところ、それから交流が絶へたこともあって、つひに返してもらふ機会を喪ってしまった。
以来、戻らなくなってしまった本のことがいつも心の片偶にあり、そのくせ古本屋の百圓コーナーでよく見かけても手を出す気にはなれず、清掃局のそこで「ご自由に」手に入るに至り、やうやく代本で取り戻したのである。
他人(ヒト)に無闇に物を貸すものではないな、と反省する。
いはんや、我が身の“武器”となる物をや。
その人に本当に必要な物は、物のはうからその人に寄ってくる──と云ふ。
謡曲といふ中世歌謡がもつ、現代への可能性を見事に示したこの戯曲集──ただし“廃曲”とした「源氏供養」は入っていない──が再び手に入ったことを、私は“次なる仕事”に取り掛かれとの聲と聞き、腰を上ぐる。