迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

老け込むには時期尚早。

2017-09-11 21:21:28 | 浮世見聞記
三遊亭小圓朝の落語を聴きに、両国寄席へ行く。

なんだかんだと、昨年夏の湯島天神での独演会以来で聴く小圓朝師の高座だが、体調がよくないのか、姿や声に覇気の薄いのが気になった。

噺は「未練の夫婦」だったが、小噺のやうにあっさりと短く刈り込んでゐたため、小圓朝師が最後に頭を下げても、まだ続きがあると思った下座がすぐに鳴らず、空白が生じたほどだった。

なんであれ、人前に立つ商売をしてゐる人に元気の無い姿を晒されると、こちらも寂しい気分になってしまふ。


主任(トリ)は円楽で、噺は「たがや」。



要所要所に解説や漫談風の話しを織り交ぜつつ、さすが大真打の風格(あじ)といふものを、大いに堪能させてくれた。
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