「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

              札幌の秋、東京の秋

2011-10-08 06:37:26 | Weblog
札幌の人口が100万人を越えた頃、約10年間、この町で暮らした。札幌の秋は早くて短い。10月の声を聞くと、街路樹のナナカマドの実が赤みを増し、住宅の庭には干し大根が散見されて一つの風物詩であった。そしてやがて藻岩山が錦に染まり、冬の使者、雪虫が飛び交うようになる。季節に鈍感な僕だが、今でも札幌の秋は脳裏に残っている。

その札幌の中心街に近い北海道神宮裏の住宅街にヒグマが出没しているという。当時のわが家は、神宮に近い「山の手」という地名にあり、休みの日など、よく小さかった子供を連れて、あのあたりの裏山に出かけたものだった。当時はとてもヒグマの出没など考えられなかった。何が原因なのだろうか。やはり、人口の急増で、ヒグマのかっての棲家が狭まってきたからなのだろうか。今、札幌の人口は40年間で190万人と倍増に近い。

季節感が喪失した東京では、最近はいつ秋がやってきて、去って行くのか判然としなくなった。出来秋といっても23区内では、稲穂のたれた姿など見られない。街路樹の銀杏も12月にならないと黄ばんでこない。そんな東京の秋だが、わずかに家の近く高台の庭の金木犀の花が黄ばみ、かすかな匂いを漂わせていた。(写真)子供だった頃の東京では、池上本門寺のお会式(10月13日)がくると寒くなる、といわれたものだが、地球の温暖化のせいなのだろうか変わってきた。

秋の日は”つるべ落とし”といわれ、長い夜は読書を楽しむものとされてきたが、加齢のためなのだろう。最近は、僅かな晩酌でもすぐ眠くなり、野球放送さえ最後まで聞かなくなった。人生が秋から冬に向かってきた証拠であろう。