なんでだ?
なんでわたしの身の回りから、次々と大切な人が消えて行くのだ。
あまりにも淋しいではないか!
今日、知らせが入ったのは、N本さん。
先月25日に逝ってしまったと夫人から。
嫌な予感はしていた。
『湯気の向こうから』を贈っていたのに何の音さたもなかった。
誠実で律儀な人なのに。
なにはともあれ礼状が来ると思っていた。
嫌な予感の原因は、5月に彼からもらった手紙である。
自分のただならぬ病気のことが詳しく書かれていた。
A4紙三枚にびっしりと印字されている。
自分の家族のことなども、情の籠った文章で詳しく書かれていた。わたしのことにも及んでいた。うれしいことを書いて下さっていた。
400字詰め原稿用紙に換算して11枚にもなる。
これだけの手紙を書けたのだから、それほど深刻ではないのではないかとも思っていた。
文末に「返信は無用です」と書かれていたが、わたしは返事を書いた。その内容は覚えていない。
そしてその後、『湯気の向こうから』を贈ったのだった。
どんな感想がくるかな?と待っていたが、なかった。
夫人の話によると、入院中のベッドに届けたとのこと。
いつも枕元に置いていたが、そのうち読むことができなくなってしまいましたと。
彼とは60年にもわたる交流があった。
もう10年以上も会ってはいないが、書簡のやりとりはしていた。
そしてわたしのブログをいつも見ていると。
わたしが初めて読んだ詩集は彼がプレゼントしてくれた本だった。
わたしの本好きを知って贈ってくれたのだ。
それが60年ほど昔だ。どちらも独身だった。
彼は武田薬品の食品部の営業だった。
当時米屋で扱っていた「プラッシー」や「いの一番」などを担当していた。
それでうちの店にも営業に来ていて親しくなった。
何度も一緒にうちの顧客に訪問販売をした。日曜日に手伝ってくれたのだ。
年末、クリスマス前には、彼の会社から直接トラックにプラッシーを200ケース積んで来てもらって、朝から晩までかかってうちの得意先を売って回った。昼食も一緒にうちのお得意さんの店で食べたりしながら。
彼が1ケース持ち、わたしが1ケース持ってお得意さんの玄関先にドンと置き、
「クリスマス、正月用に2ケース、買ってください」と売り込むのだ。
すると2ケースはダメでも1ケースは買ってくださった。それがわたしの作戦。
そして、しばらくすると「クリスマスでもう飲んでしまったから、正月用にもう1ケース」と言って注文が入るのだった。わたしも若かった。面白かった。
そんなわたしを彼は助けてくれたのである。もちろん彼の実績にもなるのだが。
仕事上での付き合いなのに、そんなこともあって親しいお付き合いになった。
そんな時に彼から贈られたのが、井上靖の『北国』という詩集だった。
その巻頭の詩「人生」にわたしは参ってしまったのだった。
その文庫本は今も大切にある。
帯も残っている、その上にかぶせてあるトレーシングペーパーのような紙も付いたままだ。
彼は間違いなく、わたしの青春時代の重要な一人だった。
N本さん、もう一度話したかったよ。
N本さん、今どのあたりを歩いていますか?
夕方外へ出て西の空を見たら、最近にない凄い夕焼けでした。
そんなところを歩いているのですか?
N本さん、もう一度帰って来てよ。
そんなに慌てて行かずに戻って来てよ。
そしてゆっくり話そうよ。
あの頃の話、いっぱいしようよ。