短編小説集『丘野辺に孤影を曳く』(井口文彦著・スターダスト出版・2024年10月刊)1500円+税。
著者の井口文彦さんですが、別に井口幻太郎というペンネームを持つ詩人でもあります。これはわたしもこのほど初めて知りました。詩人幻太郎さんのことはよく知ってましたし、文彦さんのお名前も知ってましたが、同一人物だとは知らなかったのです。
ということで井口さんの小説を読ませて頂くのは初めて、だと思う。
楽しませていただきました。13篇の短編小説。それがそれぞれ趣が違うのです。背景設定が一定ではなく、一篇一篇、モチーフ、テーマが違うのです。
いずれも詩人らしい趣の文章。長編詩といってもいいようなのもありました。
「月のしずくを宿す貝」。面白い擬人化があって、着想が素晴らしい。子どもが読んでも楽しいでしょう。上質の児童文学を読むような。
「「蓮華王院通し矢」異聞」。少し異質の感じ。歴史小説ですが、どこまでが史実なのか?興味が湧きます。
「ボン・アペテット」。上質のエッセイのよう。最後の落ちに笑ってしまいました。流れるような文章も良かったです。
「「万物周期回帰説」異聞」。コペルニクスの落ち、最高!これぞ本を読む楽しみです。醍醐味。
「「芸能オーディション」異聞」。小説というよりもエッセイかな。落ち、わたしには少し唐突感が。
「雨だれ」。実話ですか?と訊くのはヤボか。面白し。
「矢車草」。大変良かった。孫に読んでやりたいような良質の児童文学。
「みずほの願い」。宗教的な匂いがしました。少し悲しい読後感。
「あとがき」にこんなことが書かれています。
《時の移り行くままに書き続けてきた小説は、どうしても思い入れがあり、作品ごとに足を止め、その時々の自身が蘇ってきます。野尻湖の孤島に籠り、粗食に耐えながら、頬白や四十雀といった小鳥たちと親しみ、醜い駄犬と共に日々を過ごした中勘助の「私はひとり高く道を思ひ、恍惚として道を忘れる」というこの言葉が、心貧しい老人を後押ししてくれます。》
井口さん、長く書かれてきたということですね。その成果の一冊、読ませていただきましてありがとうございました。
『完本・コーヒーカップの耳』面白うてやがて哀しき喫茶店。 宮脇書店ダイエー西宮店(浜松原町)のノンフィクションのコーナーに有ります。