今朝の神戸新聞の片隅の記事。
「留置場でたばこ」とあります。
これを見て思い出しました。
昔、うちの店「喫茶・輪」の常連客 、元㋳の加賀繁躬さんのチョーエキ時代の話。
「蛇の道は蛇の喩え通り、手に入りまんねん。タバコ。トイレで喫うんやけど、煙が出たらバレる。そやから吸うて、そのまま腹に収めてしまうんや」と。
この話、『コーヒーカップの耳』には収録していない。
本当にそんなことができるのか、わたしはマユツバだったので取り上げなかったのだ。
出来たとしても、タバコそのものから立ち上る煙はどうするのだ?ということもある。
さてどうなのだろう?
今さら彼に聞けない。10年ほど前に遠い所へ行ってしまった。
「留置場でたばこ」とあります。
これを見て思い出しました。
昔、うちの店「喫茶・輪」の常連客 、元㋳の加賀繁躬さんのチョーエキ時代の話。
「蛇の道は蛇の喩え通り、手に入りまんねん。タバコ。トイレで喫うんやけど、煙が出たらバレる。そやから吸うて、そのまま腹に収めてしまうんや」と。
この話、『コーヒーカップの耳』には収録していない。
本当にそんなことができるのか、わたしはマユツバだったので取り上げなかったのだ。
出来たとしても、タバコそのものから立ち上る煙はどうするのだ?ということもある。
さてどうなのだろう?
今さら彼に聞けない。10年ほど前に遠い所へ行ってしまった。