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食堂でヤキソバをかき込みながら
地図を眺める
日没まで3時間
ただいまバナウェから120km地点で ホテルまでは80km
途中標高900mの峠を越える
国道をまっすぐ行っても ホテル着は夜だ
国道を行ったとしても 十分に冒険なのだ
でもやっぱり田舎道を通りたい
冷静に考えれば 今日のホテルにたどり着く必要もない
大事なのは明日中にマニラのホテルに着くことだ
迷ったあげく 田舎道を選ぶことにした
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ポブラチオンという木陰の多い町で左折し
国道にさよならした
どんな道が待っているのか ワクワクする
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田舎道の迂回路は60km
衛星写真で見た感じだと そのうち10kmほどが未舗装だ
Googleマップに峠の写真がアップされてるようだが
通信状況が悪くて2枚しか見られない
その2枚の写真では 道はそこまで悪くなさそうだ
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おおー
いい道だぞ
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美しい
車はほとんど通らない
…ということは
この先の峠は車が通りにくいのではないか…?
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ようやく見つけた売店で
ドリンクを多めに補給しておく
店の女性が「あなた日本人?」と聞いてきた
「正解! なんで分かったの?」
「お金を払う時、私たちを楽しませようとしたでしょう。
あんなこと中国人はやらないわ」
この国の女性は本当にクレバーな人が多い
若い兄ちゃんがフラフラと近づいてきたので
この先自転車で行けるのかと聞こうとするが
英語がしゃべれない
こういう時は日本語とジェスチャーで突破を図る
「この道、山を越えてサラザーまで自転車で行ける?」
「あー行けるよ!」
「ほんと? ガタガタ道じゃないか?」
「大丈夫だよ、だって舗装路だぜ!」
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足で道の舗装をバンバンとたたき
自信たっぷりに答える兄ちゃん
「サラザーまで2時間だ!」
にっこり笑ったその口には
歯がほとんどなかった(笑)
そうか 衛星写真で未舗装に見えた道は
舗装路なのか
希望が見えてきたぞ
店の女性に「峠まで自転車で行けるって!」と喜んだら
にいちゃんの方をチラリと見て「やれやれ」という顔をした
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コンクリート舗装の道に 徐々に勾配がつき始めた
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やがて20%を超える激坂となった
フロント40 リヤ33では脚パンパンだ
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牛もさすがに大変そうだ
えっちらおっちら上っていくと
後ろから足音が近づいて来た
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振り向くと 小学生の女の子たちが
笑顔で追いかけてくる
聞くと どうやらこの激坂の上に家があるらしい
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カメラを向けると キャッキャと笑いながら
恥ずかしそうに顔を隠した
別れを告げて 先を急ぐ
日がだいぶ傾いてきた
すると
目の前に見たくないものが現れた
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マジか(笑)
水底が見えないので ダメもとで突っ込んで行ったら
意外と浅くて助かった(笑)
だが 安心したのも束の間
もっと見たくないものが現れた
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やっぱりこうなるか(笑)
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あんにゃろう…と思って 兄ちゃんの顔を思い浮かべると
にっこり歯のない笑顔と一緒に 「スカポンタン」という単語が思い浮かんだ
私は兄ちゃんを「スカポンタン」と呼ぶことにした
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道はますますひどくなり
勾配も30%を超え出した
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ロードバイクで来る道じゃないな
道がひどくなるたびに
スカポンタンの自信たっぷりにうなずく顔が思い浮かぶのだが
不思議と憎む気にはなれないのだった
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分岐点のたびに焦るが
携帯電波がギリギリ通じてくれて
なんとか地図を見られた
だが 地図にない5叉路が現れた時
さすがに困り果てた
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時刻は18時ちょうど
まさに日没の時間
ここで道を間違ったら ここに戻ってくることすら困難となる
ふと振り向くと
なんと先ほどの 恥ずかしがって顔を隠した女の子が歩いて来るではないか
「家はもっと上にあるの?」
「そうだよ」
「どの道を行けば山を越えられるか知ってる?」
「この道だよ」
女の子が1つの道を指差した
「これを行けば この丘をぐるっと回って峠に行けるよ」
いやはや
感謝しかない
お礼に何かあげたかったが 何も持っていなかった
財布をさぐると 日本の新しい500円硬貨が出て来たので
プレゼントした
女の子は不思議そうに眺めて
「ありがとう」と言い 去っていった
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さすがにこの路面で勾配20%超えとなると
まったく漕げない(笑)
重いバイクを押し上げながら スカポンタンの顔を思い出し
一人でクスクス笑った
この坂はいつ終わるのだろうか
つい「早く終わってほしい」と願ってしまうが
それでは気持ちがもたなくなる
無理やり自分に「あと10時間以上続く」と言い聞かせる
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ふと見ると 車が停まっている
ああ これが最後の助け舟ではなかろうか
この車なら自転車ごと乗せられる
家の中にいたおっちゃんに乗せてくれるか聞いてみると
「いいよ! でも運転できるのは息子だけなんだ。今息子は麓の町にいる」
息子の帰りを待つかどうか迷ったが
いつ帰るか分からないし 息子が良い人とも限らない
諦めて先を急ぐことにした
「ガタガタ道なのはすぐそこまでだ。その先は走りやすいツルツルになるよ」
と おっちゃんが励ましてくれた
確かにガタガタ道は多少ツルツルにはなったが
勾配30%超えでまったく乗れなかった(笑)
バイクに乗ると時速4km
歩くと時速3km
戻った方が早いのでは? と何度も思った
でも 前にさえ進んでいれば いつかは峠を越えられるに違いない
そう信じて漕ぎ続けた
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ずいぶん眺めがいいなあと思い 高度計を見たら
標高1000mを超えていた
おかしいな 国道より低い峠を求めて来たのだが(笑)
道が緩やかに下り始めた
どうやら峠を越えたようだ
私は誰もいない山道でガッツポーズをした
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そして日が暮れた
星が恐ろしいほど綺麗だった
ライトは2灯で 計800ルーメン
バッテリーが切れても復活できる単三電池式
USB充電式は不安定で 切れたら終わりなので
旅では使っていない
ここでパンクしたら 気持ちの糸が切れてしまう
ガタガタ道を慎重に下る
道が悪くて時速5kmしか出せない
舗装路になったと喜ぶと たった100mで砂利道に戻る
ぬか喜びをするたびに スカポンタンの顔が思い浮かぶ
いい奴なんだけど頼りない
でも 優秀だけど冷たい奴よりよほどいい
1時間ほど下っていくと犬が吠え始めた
真っ暗で見えないが 人家があるようだ
追いかけてきて 足元で吠え続ける
何も言わないと吠え続けるが
「ワンワンワン(僕は悪い者じゃないよ)」
と吠え返すと すっと離れていくのだった(笑)
山道へ突入して4時間
20kmほどの悪路はついに終わり
ようやく小さな村にたどり着いた
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小さな屋台の灯りが目に沁みた
店のおっかさんに恐る恐る話しかけると
普通に英語で返ってきた
売っていたシュウマイを「うまい! うまい!」と食べた
涙が出そうだった
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6個で50円
揚げニンニクと甘辛いタレでいただく
美味しくて18個食べた
「今日はどこから来たの?」
「バナウェからです」
「自転車で?」
おっかさんは目を丸くした
「なんでこの村に?」
「あの山を越えて来たんです」
おっかさんは目をさらに丸くした(笑)
「どうして独りで旅しているの?」
「それはね、僕の旅について来たい人がいないからだよ」
おっかさんは私が降りてきた山の方を見て
納得したような顔をした
英語が話せないおとっつぁんは
自分も何かしてあげたいと思ったのだろう
隣の店から冷えたコーラを持って来て
一生懸命 身振り手振りで道を教えてくれた
全然分からなかったけど「了解、ありがとう!」と言ったら
嬉しそうに笑った
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なぜおとっつぁんはテイトウワのポーズなのか(笑)
「気をつけるんだよ! 自転車とられないようにね!」
おっかさんとおとっつぁんは
見えなくなるまで見送ってくれた
そしてシュウマイの屋台から1時間
ついに国道にたどり着いた
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獲得標高は3000mを超えていた(笑)
208km走って 夜10時半にホテルに着いた
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連日走って疲れているので TSSは200以下に抑えたかったが
340を超えていた
明日は体が痛いだろうな
フィリピンで多くの人に出会いましたが、全ての人が優しかったです。奥様も、そのご家族も、きっと素敵な方々だと想像します。
フィリピン、またいつか必ず伺いたいです。