今日は町内のお火焚祭であった。朝から境内の祠を飾り付けて神主さんを呼んでお祓いを行い、護摩木を焼いた残り火で焼蜜柑をつくって食べるという祭である。風邪封じでもあり、きたるべき寒い冬への備えの意味がある。いまでも京都市内の各町内では、連綿と長く続いている歴史ある地場の行事でもある。
さて今年から受け持つ新しい講義まであと一月を割った。講義のレジメがようやく手に着いたばかりで、資料が届くのを待つ他ない。私の場合、講義のレジメをつくるのに最低2年は必要だ。一度制作し講義を行い、あれがあかんの、こっちがいいのと思いながら、レジメ原稿を作り直すわけだ。だから一度作ったレジメは、経験とノウハウの集積した普遍性を持つものであり、当然何年も使うことになる。
よく友人から、東京人は古いノートで講義している先生がいるというそしりを受けると聞くが、古いノートの講義だからこそ、信頼を持って語れるのである。歴史的伝承がない東京人の気分がこのあたりにも露出するのか。
では新しい知識はどうするか。それは学術論文である。新しいことには、実証性と有効性がない話題性だけのものが世の中には圧倒的に多く、それらのなかから、一般性を獲得できたものだけが学術論文となる。これが研究者のスタンスである。
そう思えばインターネットを含む新聞やテレビなどのメディアの情報は、右から左へ流れて消えてゆくフロー情報でしかない。世の中の多くの人は、そんなフロー情報を追いかけて生きているわけだ。戦災で消失した多くの日本の都市があったという歴史的事実をみるとき、戦災消失都市固有のストックされない社会が形成されてきたとする概念があるのだろう。
もっとも最近私的には、戦災消失都市にこだわりすぎという感もあるが。さて佐渡へゆく準備でもしなければ。天気は曇りかいな。もってゆく資料、資料っと・・・。
相倉集落,2012年11月2日
OLYMPUS OM-D E-M5,M.ZUIKO DG14-150mm.F4.0-5.6,
ISO500,焦点距離100mm,露出補正-0.3,f5.6,1/200,リーニュクレール
さて今年から受け持つ新しい講義まであと一月を割った。講義のレジメがようやく手に着いたばかりで、資料が届くのを待つ他ない。私の場合、講義のレジメをつくるのに最低2年は必要だ。一度制作し講義を行い、あれがあかんの、こっちがいいのと思いながら、レジメ原稿を作り直すわけだ。だから一度作ったレジメは、経験とノウハウの集積した普遍性を持つものであり、当然何年も使うことになる。
よく友人から、東京人は古いノートで講義している先生がいるというそしりを受けると聞くが、古いノートの講義だからこそ、信頼を持って語れるのである。歴史的伝承がない東京人の気分がこのあたりにも露出するのか。
では新しい知識はどうするか。それは学術論文である。新しいことには、実証性と有効性がない話題性だけのものが世の中には圧倒的に多く、それらのなかから、一般性を獲得できたものだけが学術論文となる。これが研究者のスタンスである。
そう思えばインターネットを含む新聞やテレビなどのメディアの情報は、右から左へ流れて消えてゆくフロー情報でしかない。世の中の多くの人は、そんなフロー情報を追いかけて生きているわけだ。戦災で消失した多くの日本の都市があったという歴史的事実をみるとき、戦災消失都市固有のストックされない社会が形成されてきたとする概念があるのだろう。
もっとも最近私的には、戦災消失都市にこだわりすぎという感もあるが。さて佐渡へゆく準備でもしなければ。天気は曇りかいな。もってゆく資料、資料っと・・・。
相倉集落,2012年11月2日
OLYMPUS OM-D E-M5,M.ZUIKO DG14-150mm.F4.0-5.6,
ISO500,焦点距離100mm,露出補正-0.3,f5.6,1/200,リーニュクレール