

紀伊半島にキリクチを求めて
紀伊半島の川の調査に行ってきました。以下にその釣行記を記します。
2011-7-9 紀伊半島は奈良県の熊野川水系にイワナの調査に行ってきました、その川は林道から入る事は容易ではなく、イワナが生息していれば天然のイワナである可能性が存在する所でした。
林道からは入れない所なので、その川へ行くには大変な労力を要します、今回は過去2回の失敗から、しっかりと準備し、より安全で確実なルートを選択しアタックしました。
ところで調査の話の前に、紀伊半島がどのような所かを説明したいと思います、
通常、川の細い支流の事は沢と言いますが、ここでは谷と呼びます、〇〇沢ではなくて〇〇谷なのです、その名前の通りに川は切り立った谷の底を流れています、
さらに川自体の傾斜もものすごく急で、滝が連続する川が普通です。通常、滝などの遡上障害物があれば魚は遡上できないのでその上流には魚は生息しません、
しかし紀伊半島の川は途中に大きな滝が連続するのになぜか上流部には魚が生息しているのです、それもイワナ、アマゴ、カワムツ、タカハヤ、とコイ科の魚まで生息しています、
山仕事の人達が現地の食料とするために放流した事も考えられますが、タカハヤは放流しないと思います、つまり滝の上に自然分布しているのです。
これは紀伊半島は昔はなだらかな地形であって、そこに各種の魚が分布していた、しかし比較的最近、半島のほぼ全域が急に隆起したと思われます、
そして水量の多い下流部は侵食力が強いのでどんどん川が浸食され河床が下がっていった、一方の上流部は比較的平坦な状況で取り残された、
だから水量の多い本流は深い谷の底を流れ、支流の下流部は滝だらけになった、そして支流の上流部に魚が残される事になった。現在の紀伊半島の成り立ちにはそんな経緯があったと想像されます、
しかし最上流部のなだらかな部分もあまりに狭ければ生命を繋ぐだけの個体数が確保できずに魚は絶滅します、上流部はなだらかだとは言っていますが、それでも紀伊半島以外の地域の川と比較すると、
傾斜は急でV字の谷は深く、谷の崩落もかなり進行しているようで、その中でも魚が生き残っているという厳しい条件があります、
勿論一度絶滅すると滝があるので下流部から魚が戻ってくるという事はありません。ですから紀伊半島の川は、どんなに滝の上であっても魚が生息している場合があるが、谷の崩落や、生息数の少なさゆえに魚が絶滅してしまった川も多いのです。
今回行く川は過去にイワナを釣った人がいたので、今でもイワナが生息するのかどうかの確認と、そのイワナの形態の調査が目的でした。
アマゴの川?
その目的地にはちょっと普通ではないルートを通り、さらに標高差300mの道なき道を進み到達した。本来は5月に行く予定であったが2度の順延があって7/9日になってしまったが、山登りには暑すぎる、
おまけに山ヒルも出てきた、おちおち林の中で休憩もしていられない。そんな苦行の末にやっと目的地にたどりついた。

川の水で顔を洗い、やっと釣り開始だ。すると同行者が早速魚をかけた、
ネットで掬うとなぜか魚が2匹入っている、アレレ~! どうなっているんだ?
フライで一匹の魚をかけたら、もう一匹がその魚に付いてきたそうだ、そして2匹一緒に掬ってしまったら、みごとに2匹がネットインしたそうだ、
まれに釣れた魚に付いてくる魚はいるけれど、ネットまで追ってくるやつなんて聞いた事がない、いきなり珍しい出来事に遭遇してしまった、
さすがに人の入らない川だけに、魚も人を知らないからこんな事が起こるんだろうな、と思った。
そこからは3人で交代に釣ったが釣れてくるのは全てアマゴ、イワナは釣れなかった。

イワナが本当にいるのか、だんだん心配になってきた。
同行者がちょっとした大場所でまずまずのサイズの魚をかけた、
寄せてくる間、なんだか変な模様が見えた、やった、イワナだ!と叫んだが、ネットインした魚は、なぜかサバだった。

通称カワサバ、アマゴとイワナの混血である、背中にもサバのような虫食い模様があってアマゴのようなパーマークもある、見るからに変わった魚だ。


しかし、こいつがいるという事は、イワナが生息するという確固たる証拠である、やっぱりイワナはいるんだ、と俄然気合いが入った、
しかしそこからも釣れるのはアマゴばかりであった。

サバサバ
その先はまた川が急になっていた。見上げるような勾配で大岩と小滝の連続になっていた、この領域は魚の移動が容易ではないせいか、良いポイントがあっても魚影は薄かった、
しばらく続く急勾配を抜けると、川の傾斜はおだやかになり、それがしばらく続いた、このような、魚がある程度自由に移動できる領域に一定数以上の魚が生息していないと魚は生命を繋ぐ事はできない、
だからこのエリアがこの川の繁殖エリア、核心部だと思った。期待して釣ってみると私にもあの変な魚が釣れた、カワサバである、さらに同行者がカワサバを2匹追加した、
カワサバはイワナがいる証拠なのだがなぜかイワナは釣れてこない。カワサバはアマゴの産卵時にイワナのオスが乱入して発生すると言われている、だからその時に同時に多くの兄弟達が生まれる場合がある、
だからここで釣れたカワサバ達も兄弟である可能性がある、しかし最初に釣れたカワサバはサイズがずっと大きかったから世代が違う、さらにここのエリアとは隔絶されている、だから兄弟ではない、
普通の川ではめったに見られないカワサバだが、ここの川ではアマゴとイワナが混じるという現象が高確率で起きているようだ。
注: 北海道でも 稀に ヤマベと アメマス との 雑交F1 が見られます・
やっとイワナ
さらに川を進むとやっとイワナが釣れた、紀伊半島のネイティブであればヤマトイワナ系統のキリクチのはずだが、釣れたイワナは頭まで斑紋のあるニッコウイワナだった、
体側の着色斑は比較的濃く少し滲んだような特徴はキリクチっぽいが、ヤマトイワナならば背中の斑点が無いはず、完全なニッコウイワナであった。

とりあえずDNAサンプルとして鰭の一部をカットした。
そこからはイワナばかりが釣れるようになった。
沢山釣れれば中にはキリクチっぽいものも釣れるかと思ったが、全てのイワナが背中にくっきりとした斑紋を持つニッコウイワナであった。

実はこの谷にもすでにかなり崩落していて使い物にならないが、古い道が点々とあり、昔は人が入っていた事がわかる、その頃に誰かがイワナを放流したのだろうか?
しかしこの山道を使ってイワナを運ぶといっても並大抵の事ではない。
本当にここのイワナは放流されたものの末裔なのだろうか?
今はDNAを調べるという手があるが、それもどの程度の事がわかるのか?
結論が出るにしてもだいぶ先の事になりそうだ。
というわけでこの谷の完全攻略がやっと達成されました、釣れたのはニッコウイワナでありましたが、針1本で2匹釣ったり、普段目にする事のないカワサバが沢山釣れたり、
色々と面白い事が起こったアドベンチャー釣行に、達成感は十分なのでした。
PS: この記事は このブログの読者の田中篤さんから寄稿していただいたもので、ここに収録させていただきました。紀伊半島の渓流の現状を知る上でとても貴重なものと思います。田中さんは本州方面の渓流魚にとても造詣が深く、いつもいろいろとご教示いただき感謝しております。

