世の中の見える世界から見えない世界まで思いっきり。特に、子供、教育、不登校、自閉症等 情緒に関心あり
天まで届け
「国富」喪失
「国富」喪失 植草一秀 著 を読んだ。
賛同するところも少なくなかったが、基本的な「自然と人」の認識は一致しなかった。
アベノミクスの第一の矢である 金融緩和の功罪を取り上げてほしかったが 少し残念。
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俯瞰感覚を育てる
どの分野でも秀でている人は俯瞰能力(感覚)良いようだ。
教育の体系に俯瞰能力を組み込めないものだろうか。
もっとも、家庭教師から教わったような「地球儀俯瞰外交」の言葉は使えても、俯瞰感覚が無いと能力とは言えないから難しいとは思が…
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自然の力を拠り所にして
パリ協定や核兵器廃絶条約の成立は 人類の共生社会や統治の一元化へ至る到達点の一面とも言える。
道は遠いが 自然の力を拠り所に 進んでいる。(人を拠り所にする前の段階)
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台風は 自然の理
台風がやって来ても 人は その時だけですぐ忘れる。
自然は かつてない規模へとエスカレートしているが 人はいつの時点で(自然と人)を自覚するんだろう?
人の多くが自覚するまでエスカレートするのは 自然からすると 壊されまいとする(自然の理)で必然かもしれない。
疫病も自然の理である。 昔なら 自然の神に赦しを乞うたかもしれないが 今は 自覚だにしない。
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自然との関係に因る
「自然と人」か「人と自然」か と問われたら 自分は前者が正しいと答える。
テロとテロと戦う人 制裁する国と制裁される国 与党と野党 右と左
これらは何れも後者の立場ではないか。
そもそもの思いは色々だけど 物事はこれまでもなるようになって来たしこれからも成るようになる なるようにしか成らない。結果は人の思いではなく 自然との関係に因る。
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大人の躾
戦地ばかりでなく 国会も国際会議も巷も 喧嘩は目につく。
子供のころ 「喧嘩両成敗」だと よく言われた。
仮に「社会正義の喧嘩は良し」としても その時は 両者の正義の声を聞いて 考えると良いのに… 相手の声も聴かない。
大人の躾がなっていない。 これじゃあ 大人は「喧嘩両成敗」も言えない。ウソは問題外。
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