既成概念



      朝方 軒先の風鈴の音が気になった  
  

のこのこ起きて 取り外した

           常識外れは うすうす自覚してるが 

            さすがに この季節だと 近所迷惑だろうな

変な時に変なところで 既成概念への拘りと限界を感じていた

          昨日とうって変わって 今日は朝からいい天気で 黄色くなりだした夏みかんが光ってる

   
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行き詰まりのわけ





   「強欲な企業とか資本主義」と言っても それで社会が成り立ち私たちは食べている。

     「強欲」の基準はよく分からないが 他者との関係でなく 自然の法理を侵していることを基にして言っているとすれば 持続は不可能。

     それが企業であろうと資本主義であろうと社会主義や共産主義や他の何であろうと それは行き詰まる運命にある。

        そんな時代を 今、生きている気がする。

      

     
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(地球と人間)の勉強




… たら…れば の話だが

    (地球と人間)と言う理系・文系を併せ持った教科があって勉強していたら 
    
     世界で起きてる問題の少なくても半分は無いだろうと思う。 



      しかも 小学校の1年生から勉強する。
   
       高校や大学の専門分野も関連領域として併せて学ぶ。

         もし、それをやっていたら 今回のG20に集まった首脳の結論はかなり違っていただろう。

       今回の結論は 火をつけ燃えてる家の中で 家族が互いに相手を壊滅すべく報復を確認したかのようなもの。

       少々遅いが (たられば)の勉強を始めた方がいい。 歴史的に喧嘩両成敗の「目くそ鼻くそ」と評価されるようなことになってはいけない。

           

     

        
    
         

     

      
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「地球と人間」の教育の必要性








考えてみると 地球のことを断片的には教わってはいたが 地球と自分たちの関係を かつて きちんと教わったことは無かったし 教えたこともない。 小学校から大学までテキストも見たことが無い。

   もし、地球のことが教育されていたら 世界も日本も 今日のようにはならなかったのではないだろうか。

   最も大事なことがスッポリ抜けている。

  パンデミック・温暖化・難民・テロ・経済の行き詰まり ・安全保障   これらの問題は 人間の地球に対する認識不足が原因していないか。
  
  自分の姿が直接見えないように 人間の生きてる原理が見えにくいのかもしれない。

    地球に対し人間のやることが大きいから 原理や原則を教育しないでいては 今日のように行き詰まるのは むしろ必然かもしれない。

    

   
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新しく教育に求められるもの





   これから求められる人材は地球と自然を認識の基盤に据え行動できる人間ではないだろうか。

    知識として獲得するのは難しくないが それを基に行動できる人間を育てることは容易ではない。特に自然を認識の基盤に据えるのは難しい。 

    教育は100年の計と言われるが  どこからでも急ぐよう(人ではなく)時代が 求めているように思う。
     
     今の時代 これまでの知識中心の専門的権威では 間に合わない。 



   
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視座の獲得の難しさ




   

  物事の意味はそれを認識する時空の取り方によって変わる。

   世界はグローバル化していると言われながら 社会現象をグローバルに認識しているだろうか? 

    気候変動 難民やテロは 対国家として生起した問題として認識するのと 地球上で生起した問題として認識するのとでは 意味は異なり対策も変わって来る。 

   認識する新たな視座の獲得は 知識の獲得と違い難しいことではあるが グローバル時代と言われてるのだから せめてリーダーたちはその違いや認識能力を意識してほしい。 
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世界的泥沼




空爆を強化して拠点を壊滅しテロをなくすことは出来るかもしれない。

   しかし、それが問題解決になるかどうかは別の話。
   
   むしろ 世界的規模で社会病理を抱え現在より深刻になるだろうと予測される。
  
  日本は 30年も前から 青少年の非行を力で抑え 現在 病理的な状況を招いている。
  
対策が安直に思われる。



日本は 経験を生かしてもっと違った形で世界に貢献した方がいいのではないか。

  ヨーロッパに残っている良き伝統が 薄れていくことを危惧している。

   人類は環境を壊し社会の内部崩壊を抱えては 克服する術を持ち合わせていない現在 解決は より一層難しくなるだろうと思う。

      
     
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ささやかな自然




顛末を知らない宇宙人が見たら この困難を見て これまで支配してきた強者の責任と論理を嘆くかもしれない。

    強者と弱者の全体が求める論理は自然の中にある。

    自然から乖離する現代社会にあっては 新たな理念を生むことが難しいかもしれないが  自然への動きも胎動し始めている。

     新たな理念は多くが見ている方向とは逆の方向にささやかな形で在る。自然がささやかに映る現状が異常。 
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 認識の問題




    気候変動やテロの解決に向け強者の論理を超え 構成する強者・弱者を合わせた解決策の基になる理念が生まれないものだろうか

      当面はパリ会議に注目したいが 全ての国際会議に求められていると思う   早く常識になる日が来てほしい

     理念を生み出せない人間の認識の問題が 現状の困難さ以前に横たわっていないか

       内外の指導者の言説をしっかりマークして見たい。

       

        


     

     
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可能性は現場に




   

    力を引き出す手段としての競争や勝ち負けも限度を超えると 力は萎える

     現在 それはどうなっているだろう

     それとつながるものとして 〇×テストが生み出した〇×思考 賛成か反対の議論 

     この枠組みは 学校や国会だけでなく巷の庶民の会話や行動までもが 組み込まれていないだろうか?

    今は競争より協力 賛成や反対を超えた新しい価値観や理念が求められる時代だろう
      固定概念に捉われず現状に沿って生きた思想のできる人材を 各界が求めていると思うが 広・狭義とも 教育はその枠の外にあるから 出口がなかなか見つからない
   可能性は 広い意味での 対象に向き合うことが出来る教育の現場にあるが それを難しくしている現実の縛り

    現場は学校だけでなく 社会の全て

      

      
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