年末というのに腹立ちが収まらないので、ここに書くことで片をつけ、気持ちよく新年を迎えたい。
11月下旬に高校の時のクラス会があった。
O君が幹事として、本来なら2020年にもつはずだったクラス会が今年まで延びた。
3年に一度の割合で開かれていたので、1回飛んだ勘定になる。
私はそもそもあまりクラス会に出たくはなかった。
前回の幹事として、亡き恩師の追悼もしたので、もうそろそろクラス会はいらないのではないかと思っていたからだ。
クラスのメンバーで、明らかに連絡を拒否している人や、連絡しても返事が来ない人がかなりの数、でてきている。
拒否している人は案内を出さなくて良いと思うが、返事のない人がどう過ごしているのか、何を考えているのか、分からない。迷惑なのかもしれない。
前回の時、いつも返事をくれる(どちらかというと出席の良かった)人から返事が来ず、私は電話やはがきで接触を試みたが、なしのつぶて。
「病気では」「亡くなっているのでは」と悪い方向に想像が進み、家が比較的近いこともあって、クラス会が終わってしばらくしてからとうとう家まで行った。
彼女は元気だった。
「スマホが一時使えなかった」「忙しくて返事をしようと思う間に日が立って」云々。
けれど、今回も返事が来なかったそうである。
あきらかにクラス会と接触する意思がない。迷惑なのかもしれない。
彼女の安否が気になった一つの原因は、前のクラス会を手伝ってもらっていた友人と突然連絡がとれなくなったという経験による。
彼女は脳に腫瘍ができて、記憶がなくなり、連絡できない状態になっていた。
短期間に急激に症状が進行したのである。
このとき心配で、家まで行った。
留守なので、近所の家の呼び鈴を押しまくり、ようやく入院したことが分かった。
その一年後に亡くなってしまった。
なので、連絡のない人が心配でたまらない。
一方で、「精神的にしんどいのでもう連絡しないでほしい」という連絡もあった。
こういう場合もなかなか気持ちが割り切れない。本当に連絡しないで良いのか。
クラス会というからにはクラスメンバー全員に連絡するのが原則と思いつつ、
それぞれの思いを尊重する必要もあり、
連絡するしないの線をどこで引くのが難しいと思ってしまう。
それが結構しんどい。
だから、もう幹事はしたくない。
声をかけられれば、気が向いたら参加する。
そう思っていたのに、O君から「次の幹事を」と個人のラインで声をかけられた。
私は「幹事はしたくない。もうクラス会はやめて、集まれる人だけ集まればよいのでは」と返事した。
それをO君は、私に断りもなく、「もうクラス会はやめて、集まれる人だけ集まればよいのでは」と私が言っているということだけをクラス会のラインに流した。
まずこの時点で、むっときた。
だけれど、クラス会存続についていくつか意見が続いて、O君に抗議するタイミングを逸した。
次に同じラインでO君が死亡したあるクラスメイトの命日を「どなたかご存じですか?」と流した。なぜ前幹事の私に直接聞かないのか。
ラインに流せる話ではなかったので、私は直接O君に電話した。
そのとき、O君は「クラス会のこと、勝手にラインに流してごめん」と言った。
悪いと分かっていたのに、謝るのはこのタイミングかい?と思ったけれど、「いいよ」と言ってしまった。
そして、クラス会当日、O君とU君の進行で進む。
食事が一段落したところで、一人ひとりの近況報告ということになった。
人によっては、とても長い。
時間がどんどん立つ。
最後から3人目の私の番になったとき、O君は自分の席から他の人のところへ移動して話しこみ始めた。
話す気が失せた。
「私の話は聞かないのね?」と私はO君に言った。
それでようやくこちらを向いたけれど、もう話す気にはなれない。
最後の二人の話は聞いていた。
「結局私の話だけ聞かなかったよね」とO君に言った。
「これは一生言われるわ」というのがO君の返事。
その前に「ごめんなさい」だろうが!
こんな不愉快な同窓会に参加したくない!
そしてきわめつけ。
ラインでのクラス会の報告をO君は
「みなさん、ひとの話はよく聞きましょう」で締めくくった。
その前に「ごめんなさい」だろうが!
ひとの話を聞けないのは、「みなさん」ではなくおまえだ!
怒り炸裂!
「ゆるせ~ん~!一生償ってもらうぞ~!」
とクラスのラインに送る。
さらに追い打ち。
O君から、私の渡した名簿に連絡状況と今回の出欠を加えたクラス名簿が次回幹事に送られてきた。
私が「返事なし」とした人が「連絡不要」と書き換えられていた。
彼にとっては、「返事なし」は「連絡不要」なんだ!
要するに連絡のつきやすい人だけの集まりか?
クラス会というものに対する考え方がそもそも違う。
というか、あるグループが、そのグループの名でもって集まるときには、原則全員に連絡するという当たり前のこと、民主主義の根幹にかかわることがないがしろにされている。
それで私は幹事を断るべきだったのだ。
でもRさんが幹事をすると言ってくれたので、手伝いぐらいはしようと思ってしまった。
自分が謝罪すべきことをしたとは露も思っていないらしいO君に、メチャクチャ腹をたてている。
悪気はないのは承知。そういう人なのだ。
それを許せない自分に腹が立つのか?
これまでも「調子のいい人だ」と思うことはあった。
今回は幹事をよくやってくれたと言うべきかもしれない。
腹を立てている器の小さい自分が嫌なのか?
今まではそんなものだと思っていたかもしれないことを、
最近は許せないと思うことがある。
悪気がなければやってもよいわけではない。
「気の利かない男だから」と許すのは間違っている。
自分の意識がそんなふうに変わってきているからなのか?
幹事のお手伝いはする。
積極的にはやらない。
そう思う一方で、
次をクラス会の最後にすべき、
あとは「クラス会」ではなく新しい名前をつけて、
返事のある人、参加の意思のある人だけに連絡すればよいのだ、
などと思っている。
社会の変化は激しく
格差も広がり
人々は変わった。
半世紀以上も前に一緒のクラスにいたというだけの人たちが
懐かしいという思いだけで集まれるというのは、もう幻想でしかない。
11月下旬に高校の時のクラス会があった。
O君が幹事として、本来なら2020年にもつはずだったクラス会が今年まで延びた。
3年に一度の割合で開かれていたので、1回飛んだ勘定になる。
私はそもそもあまりクラス会に出たくはなかった。
前回の幹事として、亡き恩師の追悼もしたので、もうそろそろクラス会はいらないのではないかと思っていたからだ。
クラスのメンバーで、明らかに連絡を拒否している人や、連絡しても返事が来ない人がかなりの数、でてきている。
拒否している人は案内を出さなくて良いと思うが、返事のない人がどう過ごしているのか、何を考えているのか、分からない。迷惑なのかもしれない。
前回の時、いつも返事をくれる(どちらかというと出席の良かった)人から返事が来ず、私は電話やはがきで接触を試みたが、なしのつぶて。
「病気では」「亡くなっているのでは」と悪い方向に想像が進み、家が比較的近いこともあって、クラス会が終わってしばらくしてからとうとう家まで行った。
彼女は元気だった。
「スマホが一時使えなかった」「忙しくて返事をしようと思う間に日が立って」云々。
けれど、今回も返事が来なかったそうである。
あきらかにクラス会と接触する意思がない。迷惑なのかもしれない。
彼女の安否が気になった一つの原因は、前のクラス会を手伝ってもらっていた友人と突然連絡がとれなくなったという経験による。
彼女は脳に腫瘍ができて、記憶がなくなり、連絡できない状態になっていた。
短期間に急激に症状が進行したのである。
このとき心配で、家まで行った。
留守なので、近所の家の呼び鈴を押しまくり、ようやく入院したことが分かった。
その一年後に亡くなってしまった。
なので、連絡のない人が心配でたまらない。
一方で、「精神的にしんどいのでもう連絡しないでほしい」という連絡もあった。
こういう場合もなかなか気持ちが割り切れない。本当に連絡しないで良いのか。
クラス会というからにはクラスメンバー全員に連絡するのが原則と思いつつ、
それぞれの思いを尊重する必要もあり、
連絡するしないの線をどこで引くのが難しいと思ってしまう。
それが結構しんどい。
だから、もう幹事はしたくない。
声をかけられれば、気が向いたら参加する。
そう思っていたのに、O君から「次の幹事を」と個人のラインで声をかけられた。
私は「幹事はしたくない。もうクラス会はやめて、集まれる人だけ集まればよいのでは」と返事した。
それをO君は、私に断りもなく、「もうクラス会はやめて、集まれる人だけ集まればよいのでは」と私が言っているということだけをクラス会のラインに流した。
まずこの時点で、むっときた。
だけれど、クラス会存続についていくつか意見が続いて、O君に抗議するタイミングを逸した。
次に同じラインでO君が死亡したあるクラスメイトの命日を「どなたかご存じですか?」と流した。なぜ前幹事の私に直接聞かないのか。
ラインに流せる話ではなかったので、私は直接O君に電話した。
そのとき、O君は「クラス会のこと、勝手にラインに流してごめん」と言った。
悪いと分かっていたのに、謝るのはこのタイミングかい?と思ったけれど、「いいよ」と言ってしまった。
そして、クラス会当日、O君とU君の進行で進む。
食事が一段落したところで、一人ひとりの近況報告ということになった。
人によっては、とても長い。
時間がどんどん立つ。
最後から3人目の私の番になったとき、O君は自分の席から他の人のところへ移動して話しこみ始めた。
話す気が失せた。
「私の話は聞かないのね?」と私はO君に言った。
それでようやくこちらを向いたけれど、もう話す気にはなれない。
最後の二人の話は聞いていた。
「結局私の話だけ聞かなかったよね」とO君に言った。
「これは一生言われるわ」というのがO君の返事。
その前に「ごめんなさい」だろうが!
こんな不愉快な同窓会に参加したくない!
そしてきわめつけ。
ラインでのクラス会の報告をO君は
「みなさん、ひとの話はよく聞きましょう」で締めくくった。
その前に「ごめんなさい」だろうが!
ひとの話を聞けないのは、「みなさん」ではなくおまえだ!
怒り炸裂!
「ゆるせ~ん~!一生償ってもらうぞ~!」
とクラスのラインに送る。
さらに追い打ち。
O君から、私の渡した名簿に連絡状況と今回の出欠を加えたクラス名簿が次回幹事に送られてきた。
私が「返事なし」とした人が「連絡不要」と書き換えられていた。
彼にとっては、「返事なし」は「連絡不要」なんだ!
要するに連絡のつきやすい人だけの集まりか?
クラス会というものに対する考え方がそもそも違う。
というか、あるグループが、そのグループの名でもって集まるときには、原則全員に連絡するという当たり前のこと、民主主義の根幹にかかわることがないがしろにされている。
それで私は幹事を断るべきだったのだ。
でもRさんが幹事をすると言ってくれたので、手伝いぐらいはしようと思ってしまった。
自分が謝罪すべきことをしたとは露も思っていないらしいO君に、メチャクチャ腹をたてている。
悪気はないのは承知。そういう人なのだ。
それを許せない自分に腹が立つのか?
これまでも「調子のいい人だ」と思うことはあった。
今回は幹事をよくやってくれたと言うべきかもしれない。
腹を立てている器の小さい自分が嫌なのか?
今まではそんなものだと思っていたかもしれないことを、
最近は許せないと思うことがある。
悪気がなければやってもよいわけではない。
「気の利かない男だから」と許すのは間違っている。
自分の意識がそんなふうに変わってきているからなのか?
幹事のお手伝いはする。
積極的にはやらない。
そう思う一方で、
次をクラス会の最後にすべき、
あとは「クラス会」ではなく新しい名前をつけて、
返事のある人、参加の意思のある人だけに連絡すればよいのだ、
などと思っている。
社会の変化は激しく
格差も広がり
人々は変わった。
半世紀以上も前に一緒のクラスにいたというだけの人たちが
懐かしいという思いだけで集まれるというのは、もう幻想でしかない。
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