秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
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4月29日 目に留まったものあれこれ 19番札所行願寺

2011-05-03 | 西国33箇所
ウサマ・ビンラディンが殺害され海で水葬に付されたそうですね。
リビアではカダフィーの息子が空爆で死んだそうだし、
英国皇太子とキャサリン妃の新婚旅行は予定していたヨルダンが緊迫しているので変更するそうだし、
アメリカ南部一帯を襲った竜巻はこれまでに死者が350人を超えたとか。
日本もたいへんですけど、なんか世界中、次々といろいろ起こってるようです。

こんなお気楽に西国33箇所の朱印集めの行楽日記書いてていいのかな…
とすこし躊躇しますが、4月29日に目に留まった気になるものを記録に残しておきます。


清水寺にある阿弖流為・母禮(アテルイ・モレ)の顕彰碑
1994年平安京遷都1200年記念で建立されました。
「蝦夷征夷」がいったい何を意味していたか、
ということを考えさせるための大きな機縁になりうるかどうか、
この顕彰碑に足を止める人はほとんどいないようだった。


清水の本堂舞台造りは139本の柱が支えているそうで、1本の白いつつじが満開だった。

清水境内図は→こちら 


29日4つ目に朱印をもらった19番札所・霊麀山革堂(こうどう)行願寺


かなり年配の足の不自由なおばあさんが、本堂階段下で祈られていた。
お寺に入る前に信号越しに撮影した画像にすでに写ってます。
このあと朱印もらって、境内を探検して、まだ祈られてました。

やっとお祈りを終わられたおばあさんと軽くご挨拶。
何を祈られてたんでしょうね。

立派なお線香を立てる大きな香炉(正式名称わかりません)




境内には<鎮宅霊符神堂>の他に<加茂大明神五輪塔>もありました。
道仏混交、神仏混交、なんでもありのお寺でした。

開祖の行円上人が加茂大明神を勧請して建てたと伝わる五輪塔。
下から、正方形、円形、三角形、半月形、宝珠形(又は団子形)の石は、
真言密教で地水火風空をしめすそうだ。

下から二番目の水輪の石に四角い穴を開けてその中に不動明王の石仏が祀られています。

五輪塔は昔の人々が仏教の哲理を踏まえ、思いをこめて作り、祈の対象としてきたから強い霊的磁場になっているらしい。


革堂行願寺にお参りした後、京阪三条まで戻る途中、御池大橋を渡る手前で出くわしました。

「蓮如上人様のお通~り~」

先導の人の掛け声とともに蓮如上人御影道中を初めて見ました。

「蓮如 4月29日」の検索でわかったこと。

蓮如上人(1415~1499)の御影を門信徒の待ち受ける吉崎御坊へ運ぶ旅(御下向)が連綿として続けられています。
京都東本願寺をでて、大津市の小関、高島の勝野、その後、福井県のあわら市の吉崎別院まで240km
蓮如上人が歩いたといわれる道程を、随行教導や宰領をはじめとする供奉人方が、会所に立寄りながら一週間かけて歩かれます。
そして吉崎別院では、御影をお迎えした後、「蓮如上人御忌法要」を10日間にわたって厳修し、上人の遺徳を偲びつつお念仏を申す喜びに遇うために全国各地から多くの方が参詣されます。
吉崎別院における法要後、真宗本廟に向け帰路約280キロの道程の御影道中の旅(御上洛)が始まり、東本願寺における御帰山式をもって御影道中は終了します。