<金曜は本の紹介>
「できそこないの男たち(福岡伸一)」の購入はコチラ
この本は、以前紹介した「生物と無生物のあいだ」と同じ著者の福岡伸一さんが書いた本です。
その題名の通り、生命の基本仕様は女であって、実は男とは「できそこないの生き物だ」ということを、その分子生物学の性決定遺伝子発見の歴史等から分かりやすく・詳しく説明しています。
男の寿命が短い理由も分かりました。
とても面白い本です!オススメです!!
以下はこの本のポイント等です。
・科学専門誌として最高の権威と伝統を誇るネイチャーには、世界中からおびただしい数の論文が投稿される。そのうち掲載の価値があると認められてアクセプトされる論文はほんのわずかしかない。新規性、独創性、重要性、データの整合性、そしてなによりその発見のインパクトの大きさが求められる。大半の論文は掲載の価値なしとして即日却下される。その関門を通過した、掲載を考慮されうる内容の論文であっても、アクセプトに至るまでには、編集部から論文の著者に対して、疑義や質問、データ・作図の修正や補足実験など数多くの要求が突きつけられるのが通例であり、そのやりとりには何ヶ月もの長い時間がかかる。それに十分応えることができず、挙句に却下されることもありうる。このような仕組みの中にあって、論文到着からアクセプトまでたった10日あまりしかかかっていないということは異例中の異例である。
・哺乳動物のY染色体は、性の決定において必要不可欠の役割を果たしている。Y染色体を受け取った受精卵はオスとしての道を歩み、Y染色体を受け取らなかった受精卵はメスとしての道を行く。Y染色体上に位置すると考えられる性決定遺伝子は、まず精巣の形成を誘導する。ついで、精巣が作り出すホルモン類が、男性化を進めていく。男性化そのものには多数の遺伝子が関与しているはずだが、いちばん上流に位置し、最初の引き金を引く遺伝子、つまり精巣形成を誘導する遺伝子の解明を行うことが、哺乳動物の性決定の機構を理解するために一番重要な問題となる。
・そこで、アリマキはメスの仕様から、一段階、あえて減らすことを行った。2本あるX染色体をひとつ捨てることにしたのだ。XX型がX型となる(1本X染色体がなくなったことを示すために、このような場合X0型と表記する)。X0型になれば、文字通り、XX型に比べ、性染色体に載った遺伝子の情報量は半減する。情報量が半減すれば、そこから作られるタンパク質量、つまり遺伝子の作用量もおおむね半減する。そして、その結果、できそこないのメスとしてオスが生み出されることになった。
・つまり、メスは太くて強い縦糸であり、オスは、そのメスの系譜を時々橋渡しする、細い横糸の役割を果たしているに過ぎない。生物界においては普通、メスの数が圧倒的に多く、オスはほんの少しいればよい。アリマキのように必要なときだけ作られることもある。本来、すべての生物はまずメスとして発生する。なにごともなければメスは生物としての基本仕様をまっすぐに進み立派なメスとなる。このプロセスの中にあって、貧乏くじを引いてカスタマイズを受けた不幸なものが、基本仕様をそれて困難な隘路へと導かれる。それがオスなのだ。ママの遺伝子を、誰か他の娘のところへ運ぶ「使い走り」。現在、すべての男がおこなっていることはこういうことなのである。
・近年、明らかになってきた免疫系の注目すべき知見のひとつに、性ホルモンと免疫システムの密接な関係がある。主要な男性ホルモンであるテストステロンは、免疫システムに抑制的に働くのである。その理由やメカニズムの詳細は明らかではない。つまり、男性はその生涯のほとんどにわたってその全身を高濃度のテストステロンにさらされ続けることになる。これが男を男たらしめる源である。とはいえ、同時にテストステロンは免疫系を傷つけ続けている可能性があるのだ。なんという諸刃の剣の上を、男は歩かされているのだろうか。
・女たちの旅路は、卵子から卵子へ、つまり母系でのみ受け継がれるミトコンドリアDNAの刻印を解析することによって得ることができる。長いストーリーをあえて短くして結論だけいえば、ミトコンドリアDNAの解析は’80年代の終わりになって、ひとつの極めて鮮やかな事実を明らかにした。現在地球上に存在するすべての女性のルーツは、十数万年前、アフリカで生まれた一人の女性であることを明らかにした。驚くべきことにY染色体の多型解析もまたほとんど同じ事実をあぶりだした。現在地球上に存在するすべての男性のルーツは、十数万年前、アフリカで生まれた一人の男性に由来する、と。ここで注意しなければならないことは、この男と女がアダムとイブであり、その二人の子どもが我々全ての祖先であることにはならない、ということである。ミトコンドリアによる母系の解析とY染色体による男系の解析は、同じ頃、同じ場所に収斂するものの、それぞれは独立したデータであって、両者の関係については何も決定的なことを示すことはできない。
・アフリカのどこかある洞窟の近く。安全が確保でき、新鮮な水へのアクセスがよい場所。食料の収穫にも便利な森の近く。そのコロニーでは、同じ写本が共有されていた。彼ら彼女らはうまく環境に適応し、その人口を徐々に拡大していった。ここから派生した系譜A、その後しばらくしてもう一度別の写本として派生した系譜Bの子孫たちはいずれもアフリカに留まることになった。それが現在のアフリカ人となる。
・彼らの子孫たちは、その後、出アフリカを果たした。そして3つの大きな写本の系譜に分岐された(C、D、F)。このうち第一の系統(C)はおそらく現在のソマリア、いわゆる”アフリカ大陸の角”沿いにアフリカを脱出し、アラビア半島を経て、インドに到達した。しかしC系統の人びとはここを通過しただけで定住することはなかった。なぜこのようなことを推定できるのかといえば、現在、インドに棲む人々のY染色体にはわずかにC系の祖型が見られるものの、Cから派生した数多くの写本の系譜がこの土地には見出されないからである。C系統はその後、インドネシア、パプアニューギニア、オセアニアに展開し、ここから派生した数多くの写本がこの地区に見出される(C2系)。C系繁栄の地である。一方C系の一部は分派してインドシナ半島からアジア大陸を北上し、バイカル湖付近にまで達した。現在のシベリア、東北アジアのトゥングース、モンゴルの人々のY染色体にC系譜の流れを色濃くみることができる(C3系)。
・C3系は中央・東・東南アジア各地にも広がった。C系統の分岐が起こったのはいまから約2万8000年ほど前のことと推計される。旧石器時代だ。おそらくシベリアに達したC3型の一部がサハリン、カムチャッカ半島を経て日本列島に入ってきたと考えられる。一方、C3型の日本への流入は朝鮮半島を経た南回りのルートもあったのだろう。旧石器時代、彼らが日本列島に最も早く到達した男たちだった。
・現在の日本人の中にも低い頻度ながらC3型のY染色体を見出すことができる。C3型の一部はベーリング海峡を渡ってアラスカからアメリカ大陸にまで旅をした。その男たちはアメリカ先住民となった。
・もうひとつ、アフリカ脱出を目指した男の旅団にD系がある。D系からはほどなくE系が分岐した。Eはアフリカに留まったものとヨーロッパ南部へ渡ってそこに定住した者がいる。それよりも遠くの地域にE系はいない。それに対してD系は極めて特徴的な旅路をとった。アフリカを出たD系の男たちは途中立ち止まることなくひたすら東を目指した。そしてインドシナ半島に達したあと北上して一部はモンゴルへ、別の一部はチベットへ、そして最後の一団は朝鮮半島からおそらく日本の南部へと到達した。日本に来たD系の子孫はD2型と呼ばれ、ここに安住の地を見出し繁栄を開始した。D2型は日本固有のタイプである。
・現在の日本人のY染色体として最も高い頻度で見つかるのがこのD2型である。D2型はどの地域の男にも高頻度で見られる。特にD2を色濃く保存する集団は、アイヌ、東北、日本海、そして沖縄に住む男たちである。年代の推定によれば、D2型は日本における縄文時代の主要なメンバーであったことがわかる。このD2型が、この日本列島に文化と言語の固有性を与えた最も可能性の高いヒト集団であることは間違いない。
・アフリカから出た3つの集団のうち最後に分類されるのがF系である。F系はその後、世界各地に散らばり、最もたくさんの分派を生み出した。F系の子孫、G、H、I、Jの系譜は主に、中東と西アジアに展開した。F系から由来した大きな分岐からさらに別の系譜が派生した。それはL、M、N、Oに分類される人々であり、東南アジア、中国に広がった。もう1つの分岐P系はRとQの写本を生み出した。RとQは現在の西欧人、つまりヨーロッパの人々となる。
・Y染色体から見ても、日本人は全くといっていいほど”単一民族”ではない。出アフリカを果たした3つの系統が流れ流れて様々に分岐したあと、もう一度落ち合った特別な場所として日本列島が現れる。大まかにいってC3型が旧石器人、D2型が縄文人、O2b型が弥生人、O3型が大陸人といえる。そして各地域で頻度の差がある。アイヌにはD2型が、八重山諸島にはO2b型が多い。東京はすべての型の混成だ。意外なことにアイヌの中にも多型性が混在している。日本列島こそが、”人種”のるつぼなのだ。
・チンギス・ハーンはどの階級の戦士たちにも平等な略奪権を与えたという。ただ1つの例外を除いては。美女はすべてチンギス・ハーンに献上しなければならない。ハーンの主治医は、時には一人で寝たほうがいい、と忠告したという。かくしてチンギス・ハーンのC3タイプY染色体は数え切れないほど多く蒔かれたのである。数多くの子孫たちはまた各地に散開し、より多くの種を蒔き、それが何世代も繰り返された。その結果、あらゆる場所の、あらゆる階層にハーンの刻印があまねく広まることになった。もちろん、チンギス・ハーン自身のY染色体を現在、手に入れて調べるすべはないから(チンギス・ハーンの墓がどこかはいまだに謎である)、厳密に言えば、アジアの1600万人に共有されているY染色体が、ハーンに由来するものだと100%断定はできない。しかし、このY染色体が出現した時期とその分布がモンゴル帝国の勃興と領土とにぴたりと一致し、帝国の境界線を越えた地域ではほとんど見つからないことは、これがまぎれもなくハーンのY染色体であることを示唆するものである。
・心臓の細胞は生後2年ほどたつと、分裂することを停止する。だからその後、もし心筋梗塞などによる酸素不足で心臓の細胞が死ぬと、細胞は二度と再生されないことになる。細胞の分化と分裂の停止。そのメカニズムの解明が積年の課題だった。これが遺伝子の言葉で鋭利に説明できればどんなにすばらしいだろうか。一方、細胞がもはや分裂して増殖しないゆえに心臓は決してがんになることがない。なぜならがんとは細胞分裂が制御できなくなる病気だから。
・全く奇妙なことではあるが、ハーバード大学では、教員の収入に上限を設けるガイドラインを定めている。資料によれば次のようなものだ。教授34万ドル、准教授27万1000ドル、助教授24万2000ドル。これはサラリー・キャップと呼ばれ、教員たちを研究と教育に専心させるために作られた一種の紳士協定ともいうべきものである。実は、大学当局は、大学教員の収入について十分に把握していないばかりでなく、ほとんど制御不可能、アンタッチャブルな状況が出来している。そして実のところ、少なくない数の教授たちはサラリー・キャップに法的な拘束力がないのをいいことに、いくらでも金儲けに走っているのである。
・これまで見てきたとおり、生物の基本仕様としての女性を無理やり作りかえたものが男であり、そこにはカスタマイズにつきものの不整合や不具合がある。つまり生物学的には、男は女のできそこないだといってよい。だから男は、寿命が短く、病気にかかりやすく、精神的にも弱い。しかし、できそこないでもよかったのである。所期の用途を果たす点においては。必要な時期に、縦糸で紡がれてきた女系の遺伝子を混合するための横糸。遺伝子の使い走りとしての用途である。
<目次>
プロローグ
第一章 見えないものを見た男
第二章 男の秘密を覗いた女
第三章 匂いのない匂い
第四章 誤認逮捕
第五章 SRY遺伝子
第六章 ミュラー博士とウォルフ博士
第七章 アリマキ的人生
第八章 弱きもの、汝の名は男なり
第九章 Yの旅路
第十章 ハーバードの星
第十一章 余剰の起源
エピローグ
面白かった本まとめ(2008年)
<今日の独り言>
映画007慰めの報酬を観て来ましたが、面白くて良かったです。しかし、アクションシーンは速過ぎるし、悪者の関係がイマイチ分かりませんでした^_^;)でも、やっぱり007シリーズは面白くて、満足感はあります。とてもオススメです。
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・哺乳動物のY染色体は、性の決定において必要不可欠の役割を果たしている。Y染色体を受け取った受精卵はオスとしての道を歩み、Y染色体を受け取らなかった受精卵はメスとしての道を行く。Y染色体上に位置すると考えられる性決定遺伝子は、まず精巣の形成を誘導する。ついで、精巣が作り出すホルモン類が、男性化を進めていく。男性化そのものには多数の遺伝子が関与しているはずだが、いちばん上流に位置し、最初の引き金を引く遺伝子、つまり精巣形成を誘導する遺伝子の解明を行うことが、哺乳動物の性決定の機構を理解するために一番重要な問題となる。
・そこで、アリマキはメスの仕様から、一段階、あえて減らすことを行った。2本あるX染色体をひとつ捨てることにしたのだ。XX型がX型となる(1本X染色体がなくなったことを示すために、このような場合X0型と表記する)。X0型になれば、文字通り、XX型に比べ、性染色体に載った遺伝子の情報量は半減する。情報量が半減すれば、そこから作られるタンパク質量、つまり遺伝子の作用量もおおむね半減する。そして、その結果、できそこないのメスとしてオスが生み出されることになった。
・つまり、メスは太くて強い縦糸であり、オスは、そのメスの系譜を時々橋渡しする、細い横糸の役割を果たしているに過ぎない。生物界においては普通、メスの数が圧倒的に多く、オスはほんの少しいればよい。アリマキのように必要なときだけ作られることもある。本来、すべての生物はまずメスとして発生する。なにごともなければメスは生物としての基本仕様をまっすぐに進み立派なメスとなる。このプロセスの中にあって、貧乏くじを引いてカスタマイズを受けた不幸なものが、基本仕様をそれて困難な隘路へと導かれる。それがオスなのだ。ママの遺伝子を、誰か他の娘のところへ運ぶ「使い走り」。現在、すべての男がおこなっていることはこういうことなのである。
・近年、明らかになってきた免疫系の注目すべき知見のひとつに、性ホルモンと免疫システムの密接な関係がある。主要な男性ホルモンであるテストステロンは、免疫システムに抑制的に働くのである。その理由やメカニズムの詳細は明らかではない。つまり、男性はその生涯のほとんどにわたってその全身を高濃度のテストステロンにさらされ続けることになる。これが男を男たらしめる源である。とはいえ、同時にテストステロンは免疫系を傷つけ続けている可能性があるのだ。なんという諸刃の剣の上を、男は歩かされているのだろうか。
・女たちの旅路は、卵子から卵子へ、つまり母系でのみ受け継がれるミトコンドリアDNAの刻印を解析することによって得ることができる。長いストーリーをあえて短くして結論だけいえば、ミトコンドリアDNAの解析は’80年代の終わりになって、ひとつの極めて鮮やかな事実を明らかにした。現在地球上に存在するすべての女性のルーツは、十数万年前、アフリカで生まれた一人の女性であることを明らかにした。驚くべきことにY染色体の多型解析もまたほとんど同じ事実をあぶりだした。現在地球上に存在するすべての男性のルーツは、十数万年前、アフリカで生まれた一人の男性に由来する、と。ここで注意しなければならないことは、この男と女がアダムとイブであり、その二人の子どもが我々全ての祖先であることにはならない、ということである。ミトコンドリアによる母系の解析とY染色体による男系の解析は、同じ頃、同じ場所に収斂するものの、それぞれは独立したデータであって、両者の関係については何も決定的なことを示すことはできない。
・アフリカのどこかある洞窟の近く。安全が確保でき、新鮮な水へのアクセスがよい場所。食料の収穫にも便利な森の近く。そのコロニーでは、同じ写本が共有されていた。彼ら彼女らはうまく環境に適応し、その人口を徐々に拡大していった。ここから派生した系譜A、その後しばらくしてもう一度別の写本として派生した系譜Bの子孫たちはいずれもアフリカに留まることになった。それが現在のアフリカ人となる。
・彼らの子孫たちは、その後、出アフリカを果たした。そして3つの大きな写本の系譜に分岐された(C、D、F)。このうち第一の系統(C)はおそらく現在のソマリア、いわゆる”アフリカ大陸の角”沿いにアフリカを脱出し、アラビア半島を経て、インドに到達した。しかしC系統の人びとはここを通過しただけで定住することはなかった。なぜこのようなことを推定できるのかといえば、現在、インドに棲む人々のY染色体にはわずかにC系の祖型が見られるものの、Cから派生した数多くの写本の系譜がこの土地には見出されないからである。C系統はその後、インドネシア、パプアニューギニア、オセアニアに展開し、ここから派生した数多くの写本がこの地区に見出される(C2系)。C系繁栄の地である。一方C系の一部は分派してインドシナ半島からアジア大陸を北上し、バイカル湖付近にまで達した。現在のシベリア、東北アジアのトゥングース、モンゴルの人々のY染色体にC系譜の流れを色濃くみることができる(C3系)。
・C3系は中央・東・東南アジア各地にも広がった。C系統の分岐が起こったのはいまから約2万8000年ほど前のことと推計される。旧石器時代だ。おそらくシベリアに達したC3型の一部がサハリン、カムチャッカ半島を経て日本列島に入ってきたと考えられる。一方、C3型の日本への流入は朝鮮半島を経た南回りのルートもあったのだろう。旧石器時代、彼らが日本列島に最も早く到達した男たちだった。
・現在の日本人の中にも低い頻度ながらC3型のY染色体を見出すことができる。C3型の一部はベーリング海峡を渡ってアラスカからアメリカ大陸にまで旅をした。その男たちはアメリカ先住民となった。
・もうひとつ、アフリカ脱出を目指した男の旅団にD系がある。D系からはほどなくE系が分岐した。Eはアフリカに留まったものとヨーロッパ南部へ渡ってそこに定住した者がいる。それよりも遠くの地域にE系はいない。それに対してD系は極めて特徴的な旅路をとった。アフリカを出たD系の男たちは途中立ち止まることなくひたすら東を目指した。そしてインドシナ半島に達したあと北上して一部はモンゴルへ、別の一部はチベットへ、そして最後の一団は朝鮮半島からおそらく日本の南部へと到達した。日本に来たD系の子孫はD2型と呼ばれ、ここに安住の地を見出し繁栄を開始した。D2型は日本固有のタイプである。
・現在の日本人のY染色体として最も高い頻度で見つかるのがこのD2型である。D2型はどの地域の男にも高頻度で見られる。特にD2を色濃く保存する集団は、アイヌ、東北、日本海、そして沖縄に住む男たちである。年代の推定によれば、D2型は日本における縄文時代の主要なメンバーであったことがわかる。このD2型が、この日本列島に文化と言語の固有性を与えた最も可能性の高いヒト集団であることは間違いない。
・アフリカから出た3つの集団のうち最後に分類されるのがF系である。F系はその後、世界各地に散らばり、最もたくさんの分派を生み出した。F系の子孫、G、H、I、Jの系譜は主に、中東と西アジアに展開した。F系から由来した大きな分岐からさらに別の系譜が派生した。それはL、M、N、Oに分類される人々であり、東南アジア、中国に広がった。もう1つの分岐P系はRとQの写本を生み出した。RとQは現在の西欧人、つまりヨーロッパの人々となる。
・Y染色体から見ても、日本人は全くといっていいほど”単一民族”ではない。出アフリカを果たした3つの系統が流れ流れて様々に分岐したあと、もう一度落ち合った特別な場所として日本列島が現れる。大まかにいってC3型が旧石器人、D2型が縄文人、O2b型が弥生人、O3型が大陸人といえる。そして各地域で頻度の差がある。アイヌにはD2型が、八重山諸島にはO2b型が多い。東京はすべての型の混成だ。意外なことにアイヌの中にも多型性が混在している。日本列島こそが、”人種”のるつぼなのだ。
・チンギス・ハーンはどの階級の戦士たちにも平等な略奪権を与えたという。ただ1つの例外を除いては。美女はすべてチンギス・ハーンに献上しなければならない。ハーンの主治医は、時には一人で寝たほうがいい、と忠告したという。かくしてチンギス・ハーンのC3タイプY染色体は数え切れないほど多く蒔かれたのである。数多くの子孫たちはまた各地に散開し、より多くの種を蒔き、それが何世代も繰り返された。その結果、あらゆる場所の、あらゆる階層にハーンの刻印があまねく広まることになった。もちろん、チンギス・ハーン自身のY染色体を現在、手に入れて調べるすべはないから(チンギス・ハーンの墓がどこかはいまだに謎である)、厳密に言えば、アジアの1600万人に共有されているY染色体が、ハーンに由来するものだと100%断定はできない。しかし、このY染色体が出現した時期とその分布がモンゴル帝国の勃興と領土とにぴたりと一致し、帝国の境界線を越えた地域ではほとんど見つからないことは、これがまぎれもなくハーンのY染色体であることを示唆するものである。
・心臓の細胞は生後2年ほどたつと、分裂することを停止する。だからその後、もし心筋梗塞などによる酸素不足で心臓の細胞が死ぬと、細胞は二度と再生されないことになる。細胞の分化と分裂の停止。そのメカニズムの解明が積年の課題だった。これが遺伝子の言葉で鋭利に説明できればどんなにすばらしいだろうか。一方、細胞がもはや分裂して増殖しないゆえに心臓は決してがんになることがない。なぜならがんとは細胞分裂が制御できなくなる病気だから。
・全く奇妙なことではあるが、ハーバード大学では、教員の収入に上限を設けるガイドラインを定めている。資料によれば次のようなものだ。教授34万ドル、准教授27万1000ドル、助教授24万2000ドル。これはサラリー・キャップと呼ばれ、教員たちを研究と教育に専心させるために作られた一種の紳士協定ともいうべきものである。実は、大学当局は、大学教員の収入について十分に把握していないばかりでなく、ほとんど制御不可能、アンタッチャブルな状況が出来している。そして実のところ、少なくない数の教授たちはサラリー・キャップに法的な拘束力がないのをいいことに、いくらでも金儲けに走っているのである。
・これまで見てきたとおり、生物の基本仕様としての女性を無理やり作りかえたものが男であり、そこにはカスタマイズにつきものの不整合や不具合がある。つまり生物学的には、男は女のできそこないだといってよい。だから男は、寿命が短く、病気にかかりやすく、精神的にも弱い。しかし、できそこないでもよかったのである。所期の用途を果たす点においては。必要な時期に、縦糸で紡がれてきた女系の遺伝子を混合するための横糸。遺伝子の使い走りとしての用途である。
<目次>
プロローグ
第一章 見えないものを見た男
第二章 男の秘密を覗いた女
第三章 匂いのない匂い
第四章 誤認逮捕
第五章 SRY遺伝子
第六章 ミュラー博士とウォルフ博士
第七章 アリマキ的人生
第八章 弱きもの、汝の名は男なり
第九章 Yの旅路
第十章 ハーバードの星
第十一章 余剰の起源
エピローグ
面白かった本まとめ(2008年)
<今日の独り言>
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