浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

「善意」への悪のり

2013-03-15 22:54:57 | 日記
 高齢社会がますます進んでいる。中山間地域だけではなく、ボクの居住地域でも高齢者が増えている。高齢者とは65歳以上の人のことをいう。

 ボクの近所でも、三世代同居は珍しい。高齢者夫婦だけの世帯、高齢者の一人暮らしが増えている。これだけ増加すると、行政の目も行き届かなくなる。

 そこで登場するのが、民生委員だ。民生委員を辞書で引くと、「名誉職」とある。「名誉職」とは、「生活費としての俸給を受けない公職」である。つまり活動してもらっても、カネを支払う必要がない。福祉活動の担い手として、こんな便利な「公職」はない。行政も、各地の社会福祉協議会も、民生委員に次々と業務を下ろしてくる。

 民生委員はほんの少しの「カネ」を受けている。月に3000円弱である。民生委員は月一回の会議だけでなく、研修会、見学会など様々な行事に参加する。そのさい、交通費を含めていっさい出ない。また民生委員は地域の福祉に役立とうという、とても崇高な気持ちを抱いているから、自主的に高齢者宅などを訪問し、元気づけたり、話をしたりする。まさにボランティアである。だがそれは、高齢者にとっては、数少ない訪問者となる。

 しかし今、民生委員は、奴隷的労働に従事する。というのも、民生委員に、「上」(行政や社会福祉協議会など)から業務が次々と下ろされてくるのだ。その業務については、常に「上意下達」である。民生委員からの意見により何らかの動きが発生するということはない。「上」にとっては、民生委員は彼らの手足であり、耳であり、目なのだ。「上」は、役所の中にいて、民生委員に業務をさせる時だけ、役所を出ればよい。

 最近の行政。福祉に関わる業務ですらアウトソーシングする時代である。行政は、福祉活動の前線には誰もいない。つまり、行政は困難を抱える地域住民との接点については、外部委託している。すべて下請けに出しているのだ。

 もちろん、アウトソーシングという場合、あるいは外部委託する場合、カネを支払わなければならない。だが、民生委員はほとんどタダで使える。

 「善意」への悪のりで、地域の福祉が行われているといってよいだろう。

 しかし民生委員だって、奴隷的労働に甘んじることはできない。

 民生委員に、無意味な業務をさせたりするな、といいたい。同時に、民生委員の活動に「民主主義」を。「上意下達」の活動は、民生委員の「善意」を踏みにじることになる。

 

 
コメント
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