「ダイヤモンド オンライン」で、「年収1000万円でも下流老人になるのはこんな人だ」という文章があった。きちんとした収入がある間、1000万円なら1000万円に見合った生活をするから、退職して収入がガクンと下がったとき、よほどの生活レベルをダウンさせないと収入に見合った生活はできず、貯蓄を切り崩したりして生活の崩壊に至るというのである。
しかし生活のレベルを下げるというのは、なかなか大変なようだ。ボクのように贅沢とは無縁の生き方をしてきた者にとっては下げようがないが、高収入の生活に見合った生活をしてきた人には大変だろうな、と思う。生活の下方硬直性ということばがあるくらいだから。
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以前「下流老人」に関する文を読んでいたとき、男性ひとりの生活こそが転落の途を歩むのだそうだ。その理由として、食事を外食に頼るからだということがあった。
ボクはいつも思うのだが、男性は生活的自立ができない。周囲の男性もそうした人が多い。料理も洗濯も人任せにして生きてきたために、自分自身では何もできない。情けないことだ。
男性の生活的自立ということが話題になったことがある。当然のことだと思った。だからボクは基本的に自分のことはすべて自分でやれるようにし、実際料理でも裁縫でも、生活に関わることは何でもできる。
自分でやれることはすべてじぶんでやる。たとえば隣家では、植木の刈り込みなど業者に依頼しているが、ボクは一切依頼したことはない。ペンキ塗りも自分でやるし、庭にある戸も作った。できないことだけ依頼する。現在の日本社会では、人件費の割合が高いから、自分でやれば安く上がるのだ。
生活の困難を将来する理由に、生活的自立ができないこともあるのではないか。
世の母親は、男の子に生活的自立ができるように育てていく必要がある。さもないと、その子どもが人生の末路で「下流老人」になってしまうかもしれない。