都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「生誕60周年記念 くまのパディントン展」 Bunkamura ザ・ミュージアム
「生誕60周年記念 くまのパディントン展」
4/28〜6/25
1958年、マイケル・ボンドによって生まれた「パディントン」シリーズは、今年、生誕60周年を迎えました。
それを期したのが、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「くまのパディントン展」で、児童書の挿絵でお馴染みのペギー・フォートナムをはじめとした作家の絵本や漫画の原画、また出版された書籍、さらにはボンドの仕事道具などを展示し、パディントンの世界を紹介していました。
ペギー・フォートナム 「パディントン、テストをうける」の挿絵原画 1979年
はじまりは「パディントンの物語」で、第1巻シリーズより挿絵を手がけたペギー・フォートナムによる挿絵原画、および複製画により、10巻にわたるパディントンの物語を辿っていました。挿絵原画は2点に過ぎませんが、いずれもラフで素早い線描によって、パディントンの動きを巧みに捉えていて、自転車に乗る姿などは、スピード感も表現されていました。
ブラウン夫妻がパディントンと出会ったのは、地下鉄が多数乗り入れ、ロンドン北西部最大の鉄道ターミナルであるパディントン駅でした。同駅には現在、パディントンの銅像があり、グッズを取り揃えたショップも開設されていて、その銅像の複製や、駅の時刻表なども展示されていました。
「くまのパディントン/福音館書店」
続くのが「パディントン誕生秘話」で、生みの親であるマイケル・ボンドの仕事道具や手紙類などが公開されていました。1926年にイギリスのニューベリーで生まれたボンドは、第二次大戦に従軍したのち、1945年には執筆活動をはじめました。そして早くも2年後には、最初の短編小説が雑誌、「ロンドン・オピニオン」に掲載され、小説家を目指しました。1958年に「くまのパディントン」が出版された時は、BBCのカメラマンとして働いていたそうです。
フレッド・バンベリー 絵本「パディントンのかいもの」の原画 1973年
パディントンは出版直後から人気を集め、次々と新しい話が誕生しました。そして1972年には、フレッド・バンベリーによって、子ども向けの絵本が出版されました。そのほかにもデイビット・マッキーや、アメリカのR.W.アリーらによって絵本が作られました。
R.Wアリー 絵本「クマのパディントン」の原画 2007年
これらの一連の絵本も数多く展示されていました。バンベリーの原画は水彩の色彩感が瑞々しく、マッキーは風刺性のある表現により、ユーモラスな物語を生み出していました。1997年にパディントンの絵本を手がけたアリーは、現在も活動中で、精緻な筆触と、温かみのある描写が目を引きました。「パディントン」シリーズは、結果的に40以上の言語に翻訳、ないし出版されていて、累計出版数は何と3500万部にも及んでいるそうです。会場では、日本語はもちろん、ヘブライ語や中国語、それにラテン語版などの絵本を見ることが出来ました。
アイバー・ウッド「商品化のためのアイデア画」 1970年代後半
1970年にイギリスの新聞、「ロンドン・イブニング・ニュース」に連載された、アイバー・ウッドの4コマ漫画も原作もやって来ました。さらにウッドは、BBCで放映されたパペットアニメの制作も手がけ、そのイラストは、同時期のぬいぐるみや商品に多く用いられました。つまりキャラクターイメージの確立に貢献した人物でもありました。
はじめてパディントンのぬいぐるみを製作したのは、1972年のガブリエル・デザインズ社で、のちにシュタイフ社など、世界各国のメーカーがぬいぐるみを制作しました。グッズ類では、ぬいぐるみとともに、スーツケースや食器セットなども出ていました。
「くまのパディントン展」撮影コーナー
なお作家のマイケル・ボンドは、2017年6月、91歳にて亡くなられました。そのボンドに取材したインタビュー映像(2016年撮影)も、見どころと言えそうです。
「くまのパディントン™展」の開催に合わせ特別に制作された本展オリジナルグッズは、会場のみの限定販売。お買い逃しなく! #ミュージアム #パディントン展https://t.co/w7CFriwAA2 pic.twitter.com/eEEv1yhr92
— Bunkamura公式ツイッター (@Bunkamura_info) 2018年5月11日
会場内、グッズ売り場ともに盛況でした。
我が家のパディントン。かなり年季が入っています。
帽子とダッフルコートがトレードマークのパディントンですが、絵本作家によって描写がかなり異っているのも、興味深いところでした。またグッズ類も多様で、いわゆるキャラクタービジネスの展開も伺い知れるかもしれません。単に「かわいらしい」だけに留まらない、パディントンの辿った長きに渡る歴史、言い換えれば成長物語を知ることが出来ました。
「映画パディントン2/ポニーキャニオン」
6月25日まで開催されています。なお東京展終了後、広島県三次市の「奥田元宋・小由女美術館」(7/6〜8/26)へと巡回します。
「生誕60周年記念 くまのパディントン展」 Bunkamura ザ・ミュージアム(@Bunkamura_info)
会期:4月28日(土)〜6月25日(月)
休館:5月8日(火)、6月5日(火)。
時間:10:00~18:00。
*毎週金・土は21時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
*( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
「生誕150年 横山大観展」 東京国立近代美術館
「生誕150年 横山大観展」
4/13~5/27
東京国立近代美術館で開催中の「生誕150年 横山大観展」を見てきました。
日本画家、横山大観(1868-1958)は、今年、生誕150年を迎えました。
それを期しての一大回顧展で、出展作は全92件(展示替えあり)あり、全て大観の作品で占められていました。これまでにも大観に関する展覧会は少なくなく、例えば首都圏でも今年初めに山種美術館で「横山大観ー東京画壇の精鋭」が、さらに近年でも横浜美術館にて「横山大観展ー良き師、良き友」などが行われました。しかし国立美術館での大規模な大観展としては、2008年に国立新美術館で開催された「没後50年 横山大観 - 新たなる伝説へ」以来となります。
はじまりは明治時代の大観でした。まず目を引いたのが「無我」で、あどけない表情で水辺の近くに幼子が立つ様子を描いていました。29歳の作品で、無心や我執のないことを意味する、宗教的な思想を表しています。背後には早春の景色が広がっていて、水の青はかなり深く、金泥を刷いたのか、僅かに輝いていました。
横山大観「屈原」 明治31(1898)年10月 厳島神社 *展示期間:4/13〜5/6
一際、堂々たる姿に見えたのが「屈原」で、強い風の舞う荒野の上を、一人ひげを蓄えた男が、険しい表情で立っていました。あまりにもの大風からか、男の後ろでは鳥があおられていて、草木の葉も散っているものもありました。中国の楚の伝説的詩人に着想を得た作品で、大観は、東京美術学校を辞職した岡倉天心の心情を重ねたと回想しています。のちの大観作と比べても力強く、早くも初期に生み出された傑作と呼んで差し支えないかもしれません。
技法に対して苦心した作品もありました。その1つが「迷児」で、孔子や釈迦、老子にキリストが、幼児を囲む姿を描いていました。全体的に色が淡く、実際にもモノクロームの木炭画でしたが、なかなか木炭が定着せず、金泥と膠を刷いては、木炭をとめたりしていたそうです。また人の顔の表情なども精緻で、まるで西洋画のような顔面表現にも見えなくはありません。大観を特徴付ける朦朧体ではないものの、当時、「朦朧たる描法」として批評されました。
初期の大観の発想は意外なほどに型破りでした。それを示すのが「瀑布」で、金屏風の左右に、ともに大観が見学したナイアガラの滝と万里の長城を表していました。何ら関係のない東西の景勝地ながら、不思議と収まり良くまとまっていて、大自然の生み出した雄大な景色には、臨場感もありました。
大正時代に入ると、大観は、彩色画と水墨画を「併行して」(*)描き、デフォルメなどの造形上の「冒険」(*)などを試みました。琳派ややまと絵、それに古画にも学んでは、作品を制作しました。(*は解説より)
うち瀟洒な味わいを見せていたのが、「山茶花と栗鼠」で、二曲一双の金屏風へ、山茶花の木を描き、そこへ栗鼠が実をかじる様子を表しました。栗鼠は目を光らせながら、一心不乱に実へ向き合っていて、どこか人懐っこいようにも見えました。また、山茶花の木は、たらしこみを用いたのか、透明感があり、琳派的とも言えなくはありません。
その琳派に接近したのが「放鶴」で、六曲一双の金地の大画面へ、中国の宋の林和靖の逸話に基づいた、鶴を放す光景を描きました。左隻は白い雲と小さな鶴のみが描かれ、広い空を示すためか、そのほかには何もありませんでした。大胆な空間構成ではないでしょうか。
横山大観「秋色」(部分) 大正6(1917)年9月
また「秋色」も琳派的で、槙が葉をつけ、蔦が左右へ広がる空間の中を、二頭の親子と思しき鹿が首を伸ばしては、実をついばんでいました。朱色の蔦の色彩は鮮やかで、槙の幹に至っては、尾形光琳の「槙楓図屏風」に似ているとの指摘もあるそうです。華やいだ作品でもありました。
重要文化財に指定された「生々流転」も、大正時代に作られた作品でした。全長40メートルにも及ぶ長大な画巻で、一本の川を中心に、山深い里から平地、さらに大海原を経て、龍が現れるという光景を、細かな水墨の筆触にて表現しました。
今回、興味深いのは、作品には四季があるとする指摘で、確かに胡粉をつけた花や、葉をつけた柳、そして葉を落とした木々など、春から秋への景色を見ることも出来ました。さらに終盤の街は夜景であることから、時間の推移も描写されているそうです。水の巡る旅は、季節と時間を伴い、壮大なスケールにて表現されていました。
なお会場では「生々流転」は全て開いていて、小下絵の画帳と見比べることも出来ました。さらに作品の鑑賞の参考となる、映像の解説も付いていました。展覧会のハイライトであるかもしれません。
ラストは「昭和の大観」と題し、59歳から最晩年へ至る作品が展示されていました。ここで目立っていたのは、皇室に関した大作の2点、「朝陽霊峯」と「龍蛟躍四溟」でした。
「朝陽霊峯」は、明治宮殿の豊明殿の調度品として、当時の宮内省から注文を受けた作品で、大観は昭和2年に献上しました。六曲一双の金地の大屏風で、金色に染まった富士山と、同じく金の日輪の下で連なる山々を表していました。富士と日輪の金泥は微妙に異なるものの、眩いばかりの金色が世界を支配していて、富士の峰は神々しくも見えました。大観は、富士を国の象徴としての意味を込めて制作し、まさに「大観の富士」のイメージを決定づける作品と呼べるかもしれません。
一方の「龍蛟躍四溟」は、同じく六曲一双の大屏風で、龍や蛟、すなわち水に住む伝説上の蛇が海に躍る光景を描きました。龍の表情こそ飄々としていながらも、大気や海の波は激しくうねっていて、「生々流転」の描写を連想させました。これは国の要請により、日本美術院の画家が官展に合流した、第1回改組帝展に出品されたもので、大観は「彩管報告」(解説より)、つまり絵筆をもって国に尽くすという理念から制作したそうです。画題自体も国の前途を祝福するもので、出展後は宮中に献上されました。現在は、「朝陽霊峯」と同様、宮内庁三の丸尚蔵館に収められています。
横山大観「南溟の夜」 昭和19(1944)年2月 東京国立近代美術館
昭和期の作品では「南溟の夜」に魅せられました。星屑の瞬く空の下の海を、俯瞰した構図で捉えた一枚で、眼下には陸の森が広がるも、まるで海と一体になっているかのように描かれていました。ともかく白波とエメラルドグリーンの海が美しく、幻想的な光景ではないでしょうか。
今回は動線が特殊です。まず入口は、ロビー最奥部の正面に位置します。そこが第一会場で、明治から大正、昭和へと至る作品が展示されていました。そののち、一度、会場を出る必要があり、ロビーへ戻ると、常設展の入口横が、第二会場の入口でした。
第二会場は「生々流転」のみの展示です。一通り、作品を見たあとは、2階へ上がり、ギャラリー4へと向かいます。そこが第3会場で、晩年の作品の展示と特設ショップがありました。
下村観山「木の間の秋」 明治40(1907)年 東京国立近代美術館 *常設展で撮影
さらに常設展では、大観の盟友として知られる観山や春草の作品も公開されています。企画展とともにあわせて見ておくのが良さそうです。
右:菱田春草「賢首菩薩」 明治40(1907)年 東京国立近代美術館 *常設展で撮影
最後に会場内の状況です。前期展示の早い段階に出かけたのにも関わらず、館内は思っていたよりも賑わっていました。既に会期も1ヶ月近く経過し、GW後には大幅な展示替えも行われ、終盤へと入りました。
平櫛田中「鶴氅」 昭和17(1942)年 東京国立博物館管理換 *常設展で撮影
今のところ入場のための待ち時間はありませんが、会期末に向けて混み合うことも予想されます。時間に余裕を持ってお出かけ下さい。
挑み続けた70年の画業 横山大観展を見る : NIKKEI STYLE https://t.co/s37SkBaW3w
— 日経文化事業部 (@artnikkei) 2018年4月17日
5月27日まで開催されています。なお東京展終了後、京都国立近代美術館(6/8〜7/22)へと巡回します。
「生誕150年 横山大観展」(@TAIKAN_2018) 東京国立近代美術館(@MOMAT60th)
会期:4月13日(金)~5月27日(日)
休館:月曜日。
*但し4/30は開館。
時間:10:00~17:00
*毎週金曜・土曜日は20時まで開館。
*入館は閉館30分前まで
料金:一般1500(1300)円、大学生1100(900)円、高校生600(400)円。中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*本展の観覧料で当日に限り、「MOMATコレクション」も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
「プーシキン美術館展ー旅するフランス風景画」 東京都美術館
「プーシキン美術館展ー旅するフランス風景画」
4/14~7/8
東京都美術館で開催中の「プーシキン美術館展ー旅するフランス風景画」を見てきました。
世界有数の絵画コレクションを有するモスクワのプーシキン美術館から、主にフランスを題材とした17世紀から20世紀にかけての風景画がやって来ました。
クロード・ロラン「エウロペの掠奪」 1655年
はじまりはクロード・ロランの「エウロペの掠奪」で、ゼウスがエウロペを掠奪する直前の場面を描いていました。ギリシャ神話の一場面ながらも、画家の関心は風景にあるのか、広い空と高い樹木、さらに波を荒立てて広がる海や帆船などの描写が実に精緻で、とりわけ空の青みが目に染みました。
一転して朱色に染まる海辺の夕景を描いたのが、クロード=ジョゼフ・ヴェルネの「日没」で、古代の廃墟を思わせる塔のある湾にて、小舟を押して進めようとする人の姿などが見られました。ともかく一面がオレンジ色の光で満たされ、あまねく風景を照らし出していました。また対となる「日の出」もあわせて展示されていました。
古代ギリシア・ローマ時代の神殿を表したのが、ユベール・ロベールの「水に囲まれた神殿」で、画家が実際に尋ねた遺跡パエストゥムに残るポセイドン神殿を舞台としていました。水に囲まれた神殿は既に朽ちていて、周囲にはたくさんの人々の姿が見られました。何でもロベールは当時の姿よりもより崩した形で神殿を描いたそうです。それゆえか、何処となく叙情的な風景に映るかもしれません。
【#プーシキン美術館展 作品の旅vol.7】ヨーロッパとアジアが海を隔てて向かい合うボスポラス海峡、対岸にはイスタンブールの町並み。旅好きにとって聖地かも…。何もかも忘れて東方の音楽やスパイスの香り、活気ある人々の中に飛び込みたい…!フェリックス・ジエム《ボスポラス海峡》19世紀前半 pic.twitter.com/WvRvFZv9Nb
— おじさん@プーシキン美術館展【公式】 (@pushkin2018) 2018年3月6日
フェリックス・ジエムの「ボスポラス海峡」に魅せられました。いうまでもなくヨーロッパとアジアの向かい合う海峡で、ちょうどイスタンブールの町並みを背に、海峡に帆船が浮かぶ光景を表していました。手前には人の姿も見え、ちょうど日没前なのか、夕焼けに染まっていました。幾分、揺らぎのある筆触も特徴的で、ターナーの画風を思わせる面があるかもしれません。
ジュール・コワニエ/ジャック・レイモン・ブラスカサット「牛のいる風景」 19世紀前半
ジュール・コワニエ/ジャック・レイモン・ブラスカサットの「牛のいる風景」も、見応えがあるのではないでしょうか。草の質感はもとより、木肌の表面や樹木の葉、さらに牛をはじめとした動物の毛なども細かに再現していて、細密画を前にしたかのような印象さえ受けました。いわゆる共作で、動物画家として人気を得ていた、ジャック・レイモン・ブラスカサットが牛を描きました。先のジエムと同様、必ずしも有名な画家ではありませんが、知られざる画家に佳作が多いのも、展覧会の特徴と言えるかもしれません。
レオン=オーギュスタン・レルミットは、ミレーの影響を受けた画家の1人で、「刈り入れをする人」において、女性たちが黄金色に染まった麦を収穫する光景を描きました。両腕で麦を抱えた女性の後ろ姿は逞しくもあり、全体としてミレーより力強い作品と呼べるかもしれません。
パリと近郊を描いた作品が目立っていました。うち1枚がエドゥアール=レオン・コルテスの「夜のパリ」で、ガス灯の明かりが朧げに点るパリの街角を表していました。道路には多くの馬車や人がひっきりなしに行き交っていて、ショーウインドウからは強い朱色の光が滲み出していました。パリの喧噪や活気が伝わってくるのではないでしょうか。
アルベール・マルケ「パリのサン=ミシェル橋」 1908年頃
アルベール・マルケは「パリのサン=ミシェル橋」において、サン=ミシェル河岸のアトリエの窓から見下ろしたパリの風景を描きました。ちょうど光が当たって白く浮かび上がるのが、サン=ミシェル橋で、やはり多くの人や車が行き交っていました。全体的にグレーを基調とした色遣いで、水面に映り込んだ川岸の樹木などの形は単純化されていました。真昼の乾いた空気や、強い日差しを感じられる作品でもありました。
ルイジ・ロワールの「パリ環状鉄道の煙」も目立っていました。横幅3メートル近くもある画面には、鉄道の白い煙によって遮られた道路や街路樹、それに建物や人の姿などを描いていて、いずれもかなり写実的でした。パノラマのような構図も特徴的で、空気と光が伝わってくるような臨場感もあり、まるで実際にパリ郊外の地に立っているかのようでした。
一番の目玉であるモネの「草上の昼食」も、舞台はパリの近郊で、バルビゾン派の拠点でもあったシャイイ=アン=ビエールにてピクニックを楽しむ若い人々の姿を表していました。例のマネの先行作の3年後に発表され、サロンにデビューして間もない頃、まだ26歳のモネの描いた作品でした。
森の中に集う男女は全部で12名いて、いずれもドレスなどで着飾っていていました。地面にはシートを敷き、皿に乗せた食事などを並べていて、ワインボトルも置かれていました。互いに視線を合わせては談笑し、木に寄りかかってはパイプを片手にタバコを嗜む男もいました。
ともかく目を引くのが、木漏れ日しかり、光の輝きを色で巧みに表現していることで、レアリスムとのちの印象派の展開が混在しているように思えなくもありません。色も筆触も瑞々しく、多幸感にもあふれていて、モネの画家として成功を予兆させるような作品にも見えました。マネ作とは趣は異なるものの、まさにハイライトに相応しい大作と言えそうです。
シスレーは3点ありました。うち「霜の降りる朝、ルーヴシエンヌ」は、画家が移住した町の光景を描いていて、やや白んだ空と、寒々とした木立が、冬の朝の空気感を伝えていました。遠景の建物が際立ち、人気がなく、無人かと思いきや、手前の小道に二人の人物が立ち止まっている姿を見ることが出来ました。シスレーにとっての日常の1コマを、素早い筆触で写し取った一枚と呼べるかもしれません。
アンドレ・ドラン「港に並ぶヨット」 1905年
ドランの「港に並ぶヨット」の鮮やかな色彩にも魅せられました。舞台は地中海に面したコリウールで、建物の一部は色彩を分割し、さもモザイクのように表現した上、建物の屋根はオレンジなどの暖色で描いていました。港に並ぶヨットの白い帆には色彩がなく、同じく白い水面の効果もあってか、強い夏の日差しも感じられました。当時のサロンで「フォーヴ」と批判された、記念すべき第1号の作品でもありました。
ボナールの「夏、ダンス」も目立っていました。縦横2メートルを超える作品で、見晴らしの良い高台の上で、妻のマルトが子どもたちや愛犬を連れて歩く姿を描いていました。夕焼けなのか、全体的にオレンジ色の光が満ちていて、木立の右手には猫の姿も見えました。淡く、明るい色彩を中心としながらも、妻のみが喪服のような黒い服を着ているのも印象に残りました。
ルイ・ヴァルタの「アンテオールの海」が、一際、異彩を放っていました。ゴーガンやゴッホにも刺激を受けた画家で、地中海沿いのアンテオールの海をやや俯瞰した構図で捉えていますが、前景のうねるような黒い松の描写をはじめ、海面の点描的な表現も独特で、何とも言い難い暗鬱な雰囲気も漂っていました。
アンリ・ルソー「馬を襲うジャガー」 1910年
モネの「草上の昼食」と同じく、チラシを飾っていてルソーの「馬を襲うジャガー」も目立っていたのではないでしょうか。ジャングルの中でジャガーが馬を襲う様子を描いていますが、襲われた馬は何らのアクションも見せず、ただこちらを見つめるばかりで、おおよそ狩りの場面には見えません。周囲を埋める樹木や葉の緑は深く、密林は静けさに包まれていました。ルソーはパリの植物園に通っては、熱帯を想像して描いたそうです。
ほかにもコローやクールベ、ルノワール、ピサロ、セザンヌ、ブラマンク、セザンヌの風景画なども目を引きました。作品数は全65点で、さすがに粒ぞろいではありましたが、都美館のスペースからすると、やや少なく感じられたのも事実でした。
既に会期も1ヶ月ほど経ちましたが、今のところ、入場待ちの規制は行われていません。私もGW前の休日に出かけましたが、特に混み合うこともなく、スムーズに観覧出来ました。
7月8日まで開催されています。
「プーシキン美術館展ー旅するフランス風景画」(@pushkin2018) 東京都美術館(@tobikan_jp)
会期:4月14日(土)~7月8日(日)
時間:9:30~17:30
*毎週金曜日は20時まで開館。
*11月1日(水)、2日(木)、4日(土)は20時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し4月30日(月・休)は開館。
料金:一般1600(1400)円、大学生・専門学校生1300(1100)円、高校生800(600)円、65歳以上1000(800)円。高校生以下無料。
*( )は20名以上の団体料金。
*毎月第3水曜日はシルバーデーのため65歳以上は無料。
*毎月第3土曜、翌日曜日は家族ふれあいの日のため、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住)は一般料金の半額。(要証明書)
住所:台東区上野公園8-36
交通:JR線上野駅公園口より徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅7番出口より徒歩10分。京成線上野駅より徒歩10分。
「名作誕生ーつながる日本美術」(前期展示) 東京国立博物館
「特別展 名作誕生ーつながる日本美術」(前期展示)
4/13~5/27
東京国立博物館・平成館で開催中の「特別展 名作誕生ーつながる日本美術」を見てきました。
日本美術史上の名作には、時に相互に引用し、写し、再構成し、変形するなど、多様な影響関係がありました。
そうした「つながり」に着目して作品を紹介するのが、「特別展 名作誕生ーつながる日本美術」で、全国各地の博物館や寺院などより、国宝と重要文化財含む約130件の文化財がやって来ました。(展示替えあり)
【名作誕生】第1会場に入ると、眼前にずらりとお像が並ぶ「一木の祈り」というテーマの景色が広がります。一本の木材から彫り出された重量感あふれる仏像が来場者の皆さんを迎えます。 #名作誕生 #仏像 https://t.co/aoYfKddnd7 pic.twitter.com/QQeQdLigFW
— トーハク広報室 (@TNM_PR) 2018年5月1日
冒頭のテーマは「祈りをつなぐ」で、一木造に着目し、8世紀から10世紀へと至る、日本や中国の仏像を並べていました。そもそも古来、日本は、銅や漆の仏像を主流としていましたが、平安時代以降、木の仏像が作られるようになりました。その切っ掛けに鑑真の存在があり、ともに来日した工人が、仏像制作に適した石がなかったことから、木を使用したことに由来するとされています。
一例が、山口の神福寺に伝わる「十一面観音菩薩立像」で、白檀かサクラの広葉樹の一材を彫り出していました。その高い技巧から中国で制作されたと考えられ、日本でも参考にされました。
大阪の道明寺の「十一面観音菩薩立像」も、先の立像を典型とした作品で、頭上から台座の足元までを一木で作り上げていました。ほかにも衣文の比較などもあり、各々の仏像の関係を知ることが出来ました。
国宝「普賢菩薩騎象像」 平安時代・12世紀 東京・大倉集古館
普賢菩薩を、彫刻、絵画、そして経典から見比べる「祈る普賢」のテーマも、興味深いのではないでしょうか。展示室の中央に鎮座するのが、大倉集古館の「普賢菩薩騎象像」で、効果的な照明の効果もあってか、彩色や截金の表現も際立っていました。
国宝「普賢菩薩像」 平安時代・12世紀 東京国立博物館 *展示期間:4月13日(金)~5月6日(日)
その騎象像越しに見えるのが、東京国立博物館の所蔵で、戦後、絵画の国宝第1号に指定された「普賢菩薩像」でした。ともかく目を見張るのは、肉身の白をはじめとした色彩表現で、象の装身具などの模様も鮮やかでした。先の騎象像も、この菩薩像も、以前にも見た記憶がありますが、今回のように並んで鑑賞出来る機会はなかなかありません。相互の作品同士が作り上げた景色も、大きな見どころと言えそうです。
重要文化財「四季花鳥図屛風」 雪舟等楊筆 室町時代・15世紀 京都国立博物館 展示期間:4月13日(金)~5月6日(日)
3人の巨匠に着目した展示も見逃せません。その1人が画聖と称された雪舟で、先行した南宋の玉潤の画を参照したほか、「和」と「漢」をつなぐとして、「四季花鳥図屏風」などの花鳥画を展示していました。雪舟は、中国の明の画風を取り入れつつ、四季の光景といった和様をアレンジしては、花鳥画を作り上げました。
さらに雪舟や中国の呂紀の水墨山水に着想を得た、狩野元信の「四季花鳥図」も見応えがありました。樹木の構図などが、呂紀の「四季花鳥図」に似ていて、互いに比べることも出来ました。
続くのが琳派の宗達で、平治物語などの古典を参照し、いかに図様を転用していたのかについて検証していました。中でも面白いのが、「平治物語絵巻」と「扇面散屏風」の関係で、後者の作品の扇面のうち16面以上を、先の絵巻より援用していました。トリミングやコラージュとして捉えても、差し支えないかもしれません。
3巨匠のラストを飾るのが若冲で、「若冲と模倣」と題し、鶴や鶏の絵画を比較していました。はじめの鶴では、先行する中国の文正の「鳴鶴図」と若冲の「白鶴図」の構図が瓜二つで、まさしく模写をしたとされています。しかしながら細かに見ると、例えば文正よりも羽は線が密であったり、うねるような波濤など、若冲の独自性も伺うことが出来ました。さらに探幽の「波濤飛鶴図」も模写した作品で、波は原本よりも多く表していました。
重要文化財「仙人掌群鶏図襖」(部分) 伊藤若冲筆 江戸時代・18世紀 大阪・西福寺
鶏では若冲作同士で比較し、若冲が水墨と着彩の作品、例えば「鶏図押絵貼屏風」と「仙人掌群鶏図襖」において、同様の鶏のモチーフを展開を見ることも出来ました。かつての東京都美術館の若冲展など、何かと人気の絵師だけに、個々の作品を見る機会は少なくありませんが、こうした「模倣」の観点から追うと、また新たに若冲の創作のあり方が浮かび上がってくるのかもしれません。
伊勢物語と源氏物語に関する作品を集めた、「古典文学につながる」の展示も充実していました。ここでもやはり作品同士が生み出す景色が美しく、特に尾形光琳の「八橋蒔絵螺鈿硯箱」越しに見る「伊勢物語図屏風」は、思わず息をのむほどでした。
あえて一つのハイライトをあげるとすれば、「山水をつなぐ」の松林の展示と言えるかもしれません。まず登場するのは、伝能阿弥による「三保松原図」で、広々とした海辺を中央にした松原の光景を、俯瞰した構図で描いていました。中国の水墨の技法や、西湖の作品に構図を引用したとも言われ、元は六曲一隻の屏風絵で、左には富士山があったともされています。松林の筆触は素早く、どこか茫洋として、まるで大気が満ちているかのようでした。
それに続くのが、長谷川等伯の「山水松林架橋図襖」で、元は大徳寺塔頭の三玄院の方丈を飾った雲母刷り桐模様の唐紙に、松林や水辺のある山水の光景を表していました。襖の左下の松林は、かの「松林図屏風」へつながるとも指摘され、実際に掠れたような筆触などから、同作の表現を思わせる面がありました。
国宝「松林図屛風」 長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館 展示期間:4月13日(金)~5月6日(日)
*「博物館に初もうで」の際に撮影しました。
その「松林図屏風」が山水のラストを飾る作品でした。例年、東博では「博物館に初もうで」の時期に国宝室に出展されますが、今年は「名作誕生」での公開でした。
「花鳥をつなぐ」として、蓮を描いた中国と日本の絵画の比較も、興味深いのではないでしょうか。中でも現存最古の蓮池水禽図とされる「蓮池図屏風」は、蓮池を大きく取り上げて描いた作品で、花は大きく、並々ならぬ迫力も感じられました。蓮は古代より造形化され、中国では五代以降、江南で描かれるようになり、日本へも数多く伝わってきました。
「見返り美人図」 江戸時代・17世紀 東京国立博物館
さらに「人物をつなぐ」、「古今へとつなぐ」として、様々な名作の関係を追っていました。ラストの岸田劉生はやや意表を突かれましたが、ほぼ全編が見どころとしても過言ではありません。さすがに充足感がありました。
最後に会場内の状況です。会期のはじめの日曜日の午後に出かけて来ましたが、館内は思いの外に空いていて、どの作品も一番前でじっくりと鑑賞することが出来ました。
【前期展示は5/6まで】何度か書きましたが、長谷川等伯の国宝「松林図屏風」や尾形光琳の国宝「八橋蒔絵螺鈿硯箱」などが展示されている前期展示は今度の日曜日までです。後期は後期で雪舟の国宝「天橋立図」や同じく国宝の「彦根屏風」などそれは豪華ですが、まずは前期展示を見ていただきたい!
— 特別展「名作誕生ーつながる日本美術」(公式) (@meisaku2018) 2018年5月3日
既に会期も中盤です。GWに入り、混み合うかと思いきや、特に混雑していないようです。入場待ちの待ち時間も一切ありません。
GW明けに展示替えがあり、作品も多く入れ替わりますが、これまでのところ土休日でもスムーズに観覧出来ます。私も後期にもう一度、見てくるつもりです。
「特別展 名作誕生ーつながる日本美術」出展リスト
http://meisaku2018.jp/images/list_0402.pdf
そもそもこれほどの日本美術の優品が集まる機会など滅多にありません。またカタログの解説も細かく、見応えがあるだけでなく、読み応えもある展覧会でした。
5月27日まで開催されています。おすすめします。
「特別展「名作誕生ーつながる日本美術」(@meisaku2018) 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR)
会期:4月13日(金) ~5月27日(日)
時間:9:30~17:00。
*毎週金・土曜は21時まで開館。
*日曜および4月30日(月・休)、5月3日(木・祝)は18時まで開館。
*入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し4月30日(月・休)は開館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1200(900)円、高校生900(600)円。中学生以下無料
*( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
「ブレーキ博物館」について「いまトピ」に寄稿しました
ブレーキがいっぱい!日本一ニッチな博物館へ行ってみた
https://ima.goo.ne.jp/column/article/5832.html
「ブレーキ博物館」は、産業機械の加工などを手掛ける中山ライニング工業株式会社の運営する施設で、主に自動車やオートバイのブレーキを展示しています。
ブレーキ博物館(中山ライニング工業株式会社)
http://sasga.co.jp/brake_museum/
事務所2階の小さなスペースながらも、ブレーキのサンプルの展示だけでなく、解説パネルも充実していて、ブレーキについて学ぶことが出来ました。
自動車の実車を用いたブレーキの体験も可能で、より体感的にブレーキのメカニズムについて知ることも出来ます。
最寄は錦糸町駅で、駅南口から歩くとおおむね10分強でした。また両国側に位置するため、すみだ北斎美術館や江戸東京博物館からも歩けます。
なお墨田区では「墨田区小さな博物館」として、区内の産業や文化に関連する製品、道具、文献・資料などのコレクションを、工場、作業場、民家などを利用して展示する試みを行っています。現在、27の博物館が展開中です。合わせて廻るのも面白いかもしれません。
墨田区小さな博物館
http://www.city.sumida.lg.jp/sisetu_info/siryou/small_museum.html
ブレーキがいっぱい!日本一ニッチな博物館へ行ってみた - いまトピ https://t.co/sbaFYTff5n gooランキングにあがっていたブレーキ博物館へ行ってきました。錦糸町から歩いて10分くらい。小さなスペースだけど、ブレーキがたくさん。体験コーナーもあり、ブレーキの仕組みについて学べます。無料。
— はろるど (@harold_1234) 2018年5月4日
ブレーキ博物館の開館日は原則、火曜日から日曜日ですが、事業所と併設しているため、臨時休館日もあります。また係の方がいないこともあり、その際は見学こそ可能なものの、体験コーナーで機器を動かすことは出来ません。お出かけの際は、事前に問い合わされることをおすすめします。
[ブレーキ博物館]
住所:東京都墨田区江東橋1-5-5 中山ライニング工業(株)墨田営業所2階
開館日:火曜日~日曜日(月曜日、祝日、年末年始は休館。ほかに臨時休館あり。)
開館時間:午前10:00~12:00 午後13:00~17:00
入館料:無料。
交通:JR線・東京メトロ半蔵門線「錦糸町駅」南口より徒歩12分。
問い合わせ:中山ライニング工業株式会社(03-3632-6931)
「木島櫻谷 PartⅡ 四季連作屏風+近代花鳥図屏風尽し」 泉屋博古館分館
「生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅡ 四季連作屏風+近代花鳥図屏風尽し」
4/14~5/6
泉屋博古館分館で開催中の「生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅡ 四季連作屏風+近代花鳥図屏風尽し」を見てきました。
日本画家、木島櫻谷は、住友銀行を創設し、茶人でもあった15代住友吉左衞門(春翠)の茶臼山本邸の大広間を飾るため、四季折々の草花をあしらった「四季連作屏風」を描きました。
木島櫻谷「燕子花図」(右隻) 大正6年 泉屋博古館分館
そのうちの1つが「燕子花図」で、光琳以来、繰り返し描かれてきたカキツバタの花群を、金地の六曲一双の大画面に表しました。花は類型化せず、写生を基本としていて、左右だけでなく、上下にも振幅しているように見えました。大正期の琳派ブームの中、古典を愛した住友春翠の審美眼にも叶った作品と言えるかもしれません。
四季の連作の中、最も華やかなのが「菊花図」で、満開の白菊と朱菊を左右と上下に配置して描いていました。白菊の花は、胡粉を盛っていて、厚みがあり、朱菊と同じように油彩のような感触を見せていました。いずれの菊も見事に花開いている中、一部には花弁の揺らぎもあり、やはり写生を通じて表現していることが見てとれました。
木島櫻谷「柳桜図」(左隻) 大正6年 泉屋博古館分館
「柳花図」にも魅せられました。右隻に芽吹きの柳、左隻に満開の山桜を描いた屏風で、柳は若草色に染まり、桜は花を幾らか散らしていました。シャワーのように降り注ぐ柳の描写は実に流麗で、桜と取り合わせた構図も、洗練されていると言えるのではないでしょうか。円印は琳派を意識していて、実際に当時も「光琳風」と称されたものの、桜の花弁や柳葉の筆触からは、櫻谷ならではの細やかな表現も感じられました。
連作の最後の1点が、「雪中梅花」でした。雪をかぶった梅の大木を左右に描いていて、その多くはまだ蕾であることから、おそらく春先の頃の季節を示していました。櫻谷は一時期、江戸初期の狩野山楽周辺を研究したとされていますが、その傾向が見られる作品とも指摘されています。
櫻谷以外の作家にも魅惑的な作品がありました。その1つが田能村直入の「設色花卉図巻」で、蘭にはじまり、海堂、バラ、山吹、睡蓮、牡丹に南天などの四季の草花を、一枚の絵巻に描いていました。ともかく精緻な描写を特徴としていて、中国の明代の画家に倣ったとされています。
もう1点、今回の展覧会で最も惹かれたのが、富田范渓による「鰻籠」でした。二曲一双の銀地に、水際に生える葦と仕掛けの籠を描いていて、銀の色彩がそのまま水面を表現していました。富田は名古屋に生まれ、上京して東京美術学校に進み、のちに帰郷しては活動しました。主に花鳥を得意としていたとされています。
【木島櫻谷 PartⅡ 名品選「夕焼け館長の、ここ見てね!」】
— 泉屋博古館分館 (@SenOkuTokyo) 2018年5月3日
本展を担当する当館分館長による名品選「夕焼け館長の、ここ見てね!」を4回にわけて当館facebookにてご紹介します。第4回は高島北海(たかしま ほっかい)の草花図屏風(梅雨・早秋)です。是非ご一読下さい。https://t.co/mYNyQguPvX pic.twitter.com/iZTirsAc1q
出展は櫻谷6点、さらに他の画家が10点と、必ずしも作品は多くありませんが、Part1とあわせて木島櫻谷と近代の花鳥画の魅力を存分に味わうことが出来ました。
「木島櫻谷 PartⅠ 近代動物画の冒険」 泉屋博古館分館(はろるど)
間もなく会期末を迎えます。5月6日まで開催されています。
「生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅡ 四季連作屏風+近代花鳥図屏風尽し」 泉屋博古館分館(@SenOkuTokyo)
会期:4月14日(土)~5月6日(日)
休館:月曜日。但し4/30は開館、5/1は休館。
時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
料金:一般800(640)円、学生600(480)円、中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体。
住所:港区六本木1-5-1
交通:東京メトロ南北線六本木一丁目駅北改札1-2出口より直通エスカレーターにて徒歩5分。
「田中智 ミニチュアワールド」 ポーラミュージアムアネックス
「田中智 ミニチュアワールド Face to Face もっとそばに」
4/27〜5/27
食べ物や雑貨などのミニチュアを制作するアーティスト、田中智の初めての個展が、銀座のポーラミュージアムアネックスにて開催されています。
おせち料理と鏡餅が、お正月のおめでたい雰囲気を生み出していました。重箱には煮物やかまぼこ、そしてイクラなどがたくさん詰められ、鏡餅にはミカンものっていて、干菓子も並んでいました。実に精巧なミニチュアで、写真のみでは本物と見間違うかもしれません。しかし写真だけではスケール感が分かりません。それでは一体、どれほどのサイズなのでしょうか。
カップラーメンと指先を比較して驚きました。ご覧の通りの小ささです。いずれも本物の12分の1スケールで、田中が素材の選定から行い、全て手作業で作り上げました。
通常の小物であれば、おおむね1週間、またドールハウスの規模であると、数ヶ月から1年ほどはかかるそうです。まさかこれほど小さなミニチュアとは思いもよりませんでした。
「江戸前寿司が出来るまで」と題したコーナーで、作品の制作プロセスを辿ることが出来ました。まず田中は、木材を切り出し器を作り上げ、次いで粘土を伸ばし、お米の元を切り出します。それを丸め、シリコンで型を取り、樹脂粘土で複製したのち、シャリを作りました。さらに寿司ネタの原型から複製へと進み、紙テープで軍艦巻きを作ったり、寿司ネタを着色するなどして、江戸前寿司を仕上げました。最後は、粘土が柔らかいうちにシャリに乗せ、形を整えては接着させたそうです。途方もない労力ではないでしょうか。
コンビニのパンセットからお弁当、オムライスプレートにたこ焼き、はたまたクリスマスロールケーキと多彩で、いずれも完成度が高く、まさに美味しそうな作品ばかりでした。
ディスプレイも洗練されていて、いわゆるスイーツだけでなく、シューストアやオープンバスのカフェなど、ジオラマ的な展開があるのも魅力的でした。そもそも田中はドールハウスを購入した際、欲しいミニチュアが売っていなかったため、自作したことが、作品制作の切っ掛けでもあったそうです。
粘土、プラスチック、紙、木など、素材も様々ですが、作品を前にしても、何で作られているか分かりません。それほどまでに質感に優れていました。
紫陽花や朝顔の鉢植えも精巧でした。花の開きや葉の向き、それに蔓なども実に細かく作られています。これぞ超絶技巧と言えるかもしれません。
会場に因み、POLAショップのミニチュアカウンターも登場していました。驚くべき再現度ではないでしょうか。
場内は盛況でした。撮影も可能です。
先週金曜日より、待望の田中智 ミニチュアワールド 「Face to face もっとそばに」」が開催!毎日多くのお客様にご来館いただいております🌟可愛いミニチュアの世界を是非お楽しみください♪
— ポーラ ミュージアム アネックス (@POLA_ANNEX) 2018年5月1日
2018年4/27-5/27 #田中智 #ミニチュア #polamuseumannex pic.twitter.com/rfE5zaolZZ
5月27日まで開催されています。
「田中智 ミニチュアワールド Face to Face もっとそばに」 ポーラミュージアムアネックス(@POLA_ANNEX)
会期:4月27日(金)〜5月27日(日)
休館:会期中無休
料金:無料
時間:11:00~20:00 *入場は閉館の30分前まで
住所:中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階
交通:東京メトロ有楽町線銀座1丁目駅7番出口よりすぐ。JR有楽町駅京橋口より徒歩5分。
2018年5月に見たい展覧会〜琳派・夢二・長谷川利行〜
会期末を迎え、国立新美術館の「ビュールレ・コレクション」展が混んでいます。昼間の時間を中心に、約20分程度の待ち時間が発生していて、7日の最終日まで賑わいそうです。
4月に見た展覧会では、ガレの海の生き物に着目したポーラ美術館の「エミール・ガレ」、光琳と乾山の名品が集った根津美術館の「光琳と乾山」、そして江戸時代の知られざる絵師を網羅した千葉市美術館の「百花繚乱列島-江戸諸国絵師めぐり」などが印象に残りました。
それにまだ感想をまとめられていませんが、横浜美術館の「ヌード展」も、後半の現代美術への展開が充実していて、批評的でもあり、実に見応えのある展覧会でした。
それでは5月に見たい展覧会をリストアップしてみました。
展覧会
・「モダンアート再訪 ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展」 埼玉県立近代美術館(~5/20)
・「没後50年 藤田嗣治 本のしごと 文字を装う絵の世界」 目黒区美術館(~6/10)
・「人間・高山辰雄展ー森羅万象への道」 世田谷美術館(~6/17)
・「浮世絵モダーン 深水の美人! 巴水の風景! そして…」 町田市立国際版画美術館(~6/17)
・「大名茶人・松平不昧」 三井記念美術館(~6/17)
・「集え!英雄豪傑たち 浮世絵、近代日本画にみるヒーローたち」 横須賀美術館(~6/17)
・「ジョルジュ・ブラック展 絵画から立体への変容ーメタモルフォーシス」 パナソニック汐留ミュージアム(~6/24)
・「ターナー 風景の詩」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館(~7/1)
・「ガレも愛したー清朝皇帝のガラス」 サントリー美術館(~7/1)
・「夢二繚乱」 東京ステーションギャラリー(5/19~7/1)
・「風間サチコ展 ディスリンピア2680」 原爆の図丸木美術館(~7/8)
・「琳派ー俵屋宗達から田中一光へ」 山種美術館(5/12~7/8)
・「長谷川利行展 七色の東京」 府中市美術館(5/19〜7/8)
・「内藤正敏 異界出現」 東京都写真美術館(5/12~7/16)
・「ゆらぎ ブリジット・ライリーの絵画」 DIC川村記念美術館(~8/26)
・「名作展 ベストセレクション 龍子記念館の逸品」 大田区立龍子記念館(~8/26)
・「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」 森美術館(~9/17)
ギャラリー
・「小林耕平 あくび・指南」 山本現代(〜5/26)
・「鈴木ヒラク - 交通」 アートフロントギャラリー(〜5/27)
・「絵と、 vol.1 五月女哲平」 ギャラリーαM(~6/2)
・「山口藍展 今と古ゝに」 ミヅマアートギャラリー(5/9〜6/9)
・「ウィム・クロウエル グリッドに魅せられて」 ギンザ・グラフィック・ギャラリー(5/14~6/23)
・「平田晃久展 Discovering New」 TOTOギャラリー・間(5/24〜7/15)
5月は日本美術に注目です。まずは山種美術館にて「琳派ー俵屋宗達から田中一光へ」が開催されます。
「琳派ー俵屋宗達から田中一光へ」@山種美術館(5/12~7/8)
これは、宗達にはじまり、光琳、抱一のほか、鈴木其一、神坂雪佳など、山種美術館の所蔵する琳派コレクションを展示するもので、伝宗達の「槙楓図」が、修復後、初めて公開されます。
美術館の大切な使命の一つである作品の保存と修復。山種美術館でも、作品をより良い状態で公開・継承するため専門家に依頼し、毎年数点ずつ修復を行っています。次回の琳派展では修復を終えた俵屋宗達《槙楓図》や酒井鶯蒲《紅白蓮・白藤・夕もみぢ図》を公開予定! #仕事MW #ミュージアムウィーク pic.twitter.com/JSUPI4PSc9
— 山種美術館 (@yamatanemuseum) 2018年4月26日
また御舟や福田平八郎、加山又造から田中一光へと至る、現代への系譜を追うのも特徴で、琳派ファンにはたまらない内容となりそうです。
都内での大規模な夢二展は久々かもしれません。東京ステーションギャラリーにて「夢二繚乱」がはじまります。
「夢二繚乱」@東京ステーションギャラリー(5/19~7/1)
「夢二繚乱」は、「東京駅で逢いましょう」をキーワードに、4つの章から夢二の画業を辿るもので、青年期の試作をはじめ、自伝小説の「出帆」の挿絵原画など、初公開の作品も展示されます。
竹久夢二に焦点を当てた展覧会「夢二繚乱」が東京ステーションギャラリーで開催。500点以上の作品を展示https://t.co/zuqnRlKQQ1#竹久夢二 pic.twitter.com/pyOSBOGc52
— Fashionsnap.com (@fashionsnap) 2018年3月13日
出展は、龍星閣の創業者である澤田伊四郎氏が、千代田区に寄贈したコレクションで、全500点にも及ぶそうです。相当に見応えがあるのではないでしょうか。
「長谷川利行展 七色の東京」@府中市美術館(5/19〜7/8)
1891年に京都に生まれ、30歳を過ぎて上京した画家、長谷川利行は、都内各地を放浪しては、自由な筆触と明るい色彩にて都市風景を描きました。一時は画壇で評価されるものの、酒に溺れては、簡易宿泊所を転々とし、最後は路上で倒れ、亡くなりました。その長谷川の没後70年を期して行われるのが「長谷川利行展」で、近年、再発見された「カフェ・パウリスタ」や、約40年ぶりの公開となる「夏の遊園地」など、代表作140点が展示されます。
板橋区立美術館「東京⇆沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ美術村」の内覧会にお邪魔しました。約90点の作品から、東京と沖縄のアトリエ村に集った芸術家たちの文化交流を明らかにします。4月号巻頭特集の長谷川利行や、「アトリエ日記」連載中の野見山暁治先生の作品も展示されています。4/15まで。 pic.twitter.com/vN9QX1MtAS
— 美術の窓 (@bimado) 2018年2月23日
長谷川利行は、先だって板橋区立美術館で開催された「東京⇆沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ美術村」にも取り上げられていました。画家を再評価する1つの機会となるかもしれません。
それではどうぞ宜しくお願いします。
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