原川末地区の最奥部付近の杉林の中にある安芸のひとつ火跡碑で昭和62年(1987)に原老人クラブ連合会によって建立された。
江戸期の地誌に大嶽垰ミヨノ火「闇夜ニ者必火見へ、依而海上通船此火を目印ニ船を寄せ候故ミヨノ火与申来リ」とある。当地では安芸のひとつ火伝説が伝えられており、これに基づいて碑が建立されたようである。(安芸のひとつ火伝説は廿日市の民話伝説参照)
原川末地区の最奥部付近の杉林の中にある安芸のひとつ火跡碑で昭和62年(1987)に原老人クラブ連合会によって建立された。
江戸期の地誌に大嶽垰ミヨノ火「闇夜ニ者必火見へ、依而海上通船此火を目印ニ船を寄せ候故ミヨノ火与申来リ」とある。当地では安芸のひとつ火伝説が伝えられており、これに基づいて碑が建立されたようである。(安芸のひとつ火伝説は廿日市の民話伝説参照)