極楽寺に茶釜が二口残されており一口には寛延3年(1750)9月と廿日市冶工山田氏と鋳造銘がみられ、時代的にみていくと廿日市鋳物師の山田貞幹が鋳造したものとみられるのである。もう一口の茶釜は元文4年(1739)3月の鋳造銘がみられるのみで、時代的にみていくと山田貞能か山田繁富が鋳造したものとみられる。
極楽寺に茶釜が二口残されており一口には寛延3年(1750)9月と廿日市冶工山田氏と鋳造銘がみられ、時代的にみていくと廿日市鋳物師の山田貞幹が鋳造したものとみられるのである。もう一口の茶釜は元文4年(1739)3月の鋳造銘がみられるのみで、時代的にみていくと山田貞能か山田繁富が鋳造したものとみられる。
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