ベルンハルト・シュリンク著、松永美穂訳「朗読者」新潮文庫、2003年6月新潮社発行を読んだ。
裏表紙にはこうある。
15歳のぼくは、母親といってもおかしくないほど年上の女性と恋に落ちた。「なにか朗読してよ、坊や!」―ハンナは、なぜかいつも本を朗読して聞かせて欲しいと求める。人知れず逢瀬を重ねる二人。だが、ハンナは突然失踪してしまう。彼女の隠していた秘密とは何か。二人の愛に、終わったはずの戦争が影を落していた。現代ドイツ文学の旗手による、世界中を感動させた大ベストセラー。
スイスで出版された原書を、キャロル・ブラウン・ジェンウェイが英語に翻訳したペーパーバック版にはさらに、こうあるらしい。
本書はボストン・ブックレビュー誌のフィスク・フィクション賞を獲得した。たぐいまれな明快な文章で、少ないページ数のなかで多くの悪の精神の問題に挑んでいる。世界がかつて知り得たなかで最悪といえる残虐行為に加担したのが親や祖父母、あるいは恋人であった場合、彼らを愛するという行為はどういったことなのか?文学を通しての贖罪(しょくざい)は可能か?シュリンクの文体は簡潔であり、比喩表現、会話といった文章の属性を問わず、余分なものはことごとくそぎ落とされている。その結果生まれたのが、ドイツの戦前と戦後の世代、有罪と無罪、言葉と沈黙の間に横たわる溝を浮き彫りにした、厳粛なまでに美しい本作なのである。
本書は、ドイツ、アメリカでベストセラーとなり39ヶ国語に翻訳され、「ニューヨークタイムズ」のベストセラーリスト1位になった。2008年「愛を読むひと」として映画化。
この作品は2000年4月新潮社より刊行されたものの文庫化だ。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)
裏表紙を読むと、なんだいつもの若者と年上の女性の話に、容易に想像がつく戦争時の秘密を重ねあわせただけかと思う人もいるだろう。私もその一人だった。前半の少年とハンナの話には、少々退屈だった。しかし、時を経て二人が再会してからの話は緊迫していて読みふけってしまう。
訳者あとがきで、「ジョージ・シュタイナーは、この本を二度読むように勧めている。」と書いているが、ハンナの二重の秘密を知ってからもう一度読み返すと良いだろう。
この本のテーマ、「父母や、あなたの愛した人が戦争犯罪者だったらどうしますか?」という問いは重い。
上の上の世代が犯した重罪を徹底的に追求しなかった上の世代。主人公は自分たちの上の世代が犯したこの罪に対しても、どう対処すべきかに悩む。罪を償う彼女への彼の誠実な態度、粘り強い行動にはドイツ人の律儀さと、ナチスの傷跡の深さを思う。
日本では、一部の戦争指導者に責任を負わせて、それを支えた、あるいは支持した一般人の罪は責められることはなかった。そして私のような戦後世代は、「戦争はだめだ」と言うだけで、中国や韓国がなんであれほどまでに反日なのかとうんざりする。戦争犯罪の追求が浅く、したがって、罪の意識は他人事だ。
ベルンハルト・シュリンク Bernhard Schlink は、1944年ドイツ生れ。フンボルト大学で法律学を教える教授。ミステリーを3冊だして、1993年『ゼルプの欺瞞』がドイツ・ミステリー大賞を受賞したが、本書までは作家としては無名に近かった。
松永美穂は愛知県生れ。東京大学、ハンブルク大学などでドイツ文学を学び、現在は早稲田大学教授。本書で、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。