昨日、以前勤めていた会社の同僚の飲み会に参加させて頂き、楽しい夜を過ごせた。私以外は全員まだ現役だ。久ぶりに見た顔は年輪を刻み、髪の毛は白いものが混じっていたが、皆元気そうだった。出席者全員の顔は覚えているが、名前を間違えたり思い出せない方もいた。
この数年、記憶力が徐々に劣化してきたと気付いていたが、昨夜は身に沁みて感じた。名前だけではない。「舌の根の乾かないうちに前言を翻す」と、サラリーマン時代に腹の据わらない上司を揶揄したことがあるが、今の私は「舌の根の乾かないうちに言ったことを忘れる」ことがある。
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忘れには、私の場合いくつかのパターンがある。例えば、バドミントンのゲーム練習の組合せを決めるジャンケン直後1分も経たないうちに、自分が何番目か聞く。しかも何度も。「今ジャンケンしたばかりじゃない、もうボケが出てきたの」と冷やかされる。
中々思い出せないで困る他のパターンは、昨夜のような人の名前や地名などの固有名詞が出てこないことだ。それも、たまにではない、しょっちゅうのことだ。しかし、名前以外の記憶は割りと鮮明なので、記憶喪失になったと言う感じではない。
ショッキングなのはテレビのクイズ番組などで私が思い出せない事を、たまに80歳を過ぎた母が正解を出すことだ。一人で自宅介護を受けている彼女が認知症になったらどうしようか、その時は施設に入れないといけない、等と心配する私の記憶力劣化が進んだらシャレにならない。
物の本によると、固有名詞の記憶が薄れ易いのは人間の脳の構造から言うと自然のことらしい。人の名前はただそれだけではなく、人相や体形から職業、趣味、住所などが脳の異なった場所に格納され、これらの情報を結び付けて記憶されているという。
ところが、名前以外の個別の記憶は鮮明なのに、肝心の名前だけ出てこないことがよく起こる。名前とそれ以外の記憶を結びつける線は、とても細く弱いらしい。例えば、「A会社の営業担当の課長で、カラオケ好きでゴルフがとても上手だった」と覚えていても、名前が出てこない。
私の場合、名前を結び付ける線が細くなるとかブロックされるとかして、固有名詞と普通名詞が辿れなくなり、記憶が薄れているのではないだろうか。でも、線が完全に切れた訳ではないと思う。というのも、似た発音の固有名詞が出て来る。「ほら、誰だっけ、『ミヤ何とか』さん・・・ここまで出てるんだけどな」などといい、いわゆる舌先現象になる。昨夜もそういう間違いをした。
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門家は、こういう似た発音の言葉を「醜い姉妹」と言うのだそうだ。昨夜だけではない、最近、この醜い姉妹を連発している。もう喉まで出てきているのに言葉にならず、「XXだろう」と指摘されると、「そう、それそれ」と相槌を打つ。しかし、そう言いながら、又忘れてしまう。情けない。
若い頃、私は記憶力に格別の自信があった(そういう記憶だけはしっかりしている)。期末試験の前日は集中して教科書を一読、その後は漱石など小説を読み、熟睡して翌日の試験に臨むと、記憶は鮮明で成績はまずまずだった。社会人になると半日続いた会議の後でも、漏れなくアジェンダをカバーした議事録を作るのは苦で無かった。
時々私だけ記憶しているのは異常と感じ、わざと忘れた振りをして、ヒントを出して周りの人に思い出させようとした。それでも、その時から人の名前を覚えるのは得意ではなかった。議事録作りでは出席者の名前を確認することがあった。プライベートでも、家内にこっそり名前を確認したことがある。固有名詞のいい加減な記憶は生来備わった能力(?)だったのかもしれない。
米国で仕事した時、普段の会話に相手の名前を入れる習慣があるのに気がついた。職場で会った時の挨拶は「ハロー」と言う代わりに、例えば「ジョン」という様に単に名前だけを呼ぶことが多かった。又、会話の中に何度も相手の名前を挟む。これをやると、自然と相手の名前を覚えると言われた。でも、たまにしか会わない人はどうすればいいんだろうか。■