一昨日の午前中定刻に松山空港に着き、リムジンバスで松山市駅に向かい、大阪から車で帰郷した妹夫婦と落ち合い近場で食事をした。二人とも元気そうで近況を報告し合い話が弾んだ。昼食後母を見舞い、最近体調・精神ともに落ち着いているという報告を確認した。妹と二人で見舞う事は滅多に無い、落ち着いてきたといってもそれはそれで言葉少ない母の様子が気になった。
妹は見舞いが終るとその足で直ぐ大阪に戻った。娘の嫁ぎ先の父君が亡くなったばかりで予定があるという。聞くと父君は私と同い年で、ガン宣告から7ヶ月目だったという。妹も私も他人事とも思えない気持ちになった。私の家系はガンではなく心臓(循環器系)で死ぬ確率が高いと意見が一致した。彼女は医療的に無理やり生かされないようにする為には遺言で明確にしておくよう私に忠告した。最近はこんな話題ばかりだ。
その後、義弟の車で大洲市の実家に向かった。雑草に囲まれていると不安だった実家の周囲は、意外と雑草が少なく丈も低かった。実家を空けてから2ヶ月しか経ってなく、出掛ける前に除草剤を撒いてきた効果が出たのか、それとも今年の空梅雨のお陰か。今日の午後小一時間かけて目立つ雑草を引き抜いただけで、とりあえず見苦しくなくなった。問題は表通りにある雑草だらけの畑だ。別途考えよう。
昨日は友人と再会して昼食をとり、戻って農協に行き預金残高を確認し当座の出費や生活費を払いだした。ご近所に挨拶しただけで何かと支払いがあると教えられていた。カウンター越しに覗くと顔馴染みの窓口の女性が一人も見当たらなかった。郵政民営化以降、行政指導があった様で農協の預金窓口が頻繁に移動するようになった。今年から勤め始めたという新卒の(とても可愛い)女性が挨拶に来た。聞けば市内の山間部出身、転勤が多いと覚悟しているかと聞いた。彼女は承知しているが暫くここに勤めたいとの返事、気持ちはわかるが多分2年で転勤になるだろう。
炎天下を歩き家に戻るとどっと疲れが出てベッドに倒れこんだ。もう何もやる気が起こらない。暗くなって気が付くと入れ歯が無い。どこで失くしたか思い出せない。それまで食事した時一度も違和感が無かった。念のため東京の自宅に電話して家内に調べてもらったが見当たらないという。自宅を出てから何が起こったか記憶を辿っていくと、介護施設に母を見舞った時口内洗浄したのを思い出した。電話すると預かっているとの返事があった。ボケが進行した・・・■