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沖縄の心、マトリョ-シカ症候群

2016-01-26 15:13:19 | ニュース
24日の沖縄県宜野湾市の市長選は政府与党が推す佐喜真淳氏が大差で再選された。この市長選は普天間普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡り鋭く対立する国と県の代理戦争的な性格があり、現職再選後のメディアの報じ方に注目した。視点を上げて見ると、国民の安全保障と地域が分担する不公平さの折り合いをどうつけるかだ。選挙戦では一度も議論されなかった。

辺野古への県内基地移設に反対する候補者が当選した沖縄県知事及び名護市長選では、朝日・毎日などは選挙結果を「沖縄の心」だとして辺野古への基地移設を見直すよう大大的に報じた記憶がある。更に遡って選挙結果が逆に出た時もあったが、これらの所謂“リベラルメディア”は例えば「住民の45%が反対したという事実は重い」というレトリックを使った。結果がどっちに出ても「沖縄の心」は、実は「彼等の沖縄の心」だった。

だが、今回の選挙報道は何故か静かだった。彼等が期待した結果ではなかったのか、もしくは宗旨替えしたのかよく分からない。中立な報道を建前とするNHKもまるで他の普通の市の首長選みたいに地味だった。政府方針に逆らう結果じゃなければニュースじゃないということか。

何れにしてもマスコミの見るニュースの視点がズレている様に私は思う。国の安全保障の基本方針の是非を地方選で問うことに無理がある。全体利益を一部利益で問うのは答えのない問題を解く様に難しい。今回は皮肉なことに沖縄県が国に対してやったことを、宜野湾市が県に対してやった。全体方針が一部方針と食い違うという点では、全く同じマトリョーシカ構図になった。

核汚染ゴミをどの自治体で処分すべきか迷走するのと全く同じ構造だ。総ての自治体が拒否して県が説き伏せられなかったら、国の責任だと言って逃げるか強引に押し付けるしかない。こうして何時まで経っても放射能汚染ゴミが処理されないまま時間が過ぎていく。ポピュリズム化した政治が入りこむ「ドツボ」であり、政治家もさることながらマスコミの責任は非常に大きいと私は思う。■
コメント
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