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神様がくれた素晴らしい人生(yottin blog)

昭和23年春 実父の故郷に

2019年12月13日 21時45分48秒 | 小説/詩

いよいよ東京は住みづらくなってきた

ダメだと思うと気持ちがどんどんすぼんでいく

とりあえず行き先があるのが心強い、小学校5年の時

茨城から東京に転校してきたのだから、他所へ行くのは別に

苦では無い

古河という内陸の町にいたのだから、田舎暮らしにも慣れている

(もう東京はいいか・・・)あきらめの気持ちがはっきりしてきた

長野か福島か?どちらにしてもこれから冬にむかって雪のイメージがある

雪はいいが寒いのは嫌だ、(せめて来春までは東京で)と思うのは未練だった

いずれにしても行き先を決めなくてはならない

慶次叔父さんは「長野の姉貴のところがいいと思うぜ」という

確かに、長く付き合ってきた井川繋がりのほうが話も通じる

福島は全くどんなところか見当がつかない

気持ちはほとんど長野に傾いていた

 

昭和23年になった、3月の半ば、ついに若狭屋を引き払い、会社も退職して

東京を発った、23歳8ヶ月の父は長野に旅立った

そして善光寺の伯母さんを訪ねていった、1週間ここに居たけれど、どうにも

居心地が悪い、何が悪いというわけでは無いが、感覚的にずれている

生活様式が全く違う、許嫁だった佐知が同じ家に居るのも変な気がする

しかし今さら福島の叔父さんを頼るのもバツが悪い

四方が山に囲まれているのも息苦しく感じるし、なにより寒くてたまらない

以前も感じていたが(おれは長野には住めない)それであった

陽はまだ西の中天にあるのに、瞬く間に山蔭に隠れて夕暮れが来る

もの悲しい、寂しい、(あの山の向こうには何があるんだろうか)

そう思った途端、実父の故郷がある事に気がついた

(行ってみるか・・)突然思ったのだ  新しい人生を送るにはいいかもしれない

あれほど憎み続けた実父が、なぜか今は恋しくて懐かしい

実父には兄弟が多いと聞いた、それならばまだ見たこともあったことも無い

従兄弟が居るのではないだろうか、それも楽しみだ

実父の実家は漁師なのだと母から聞いたことがある、海辺の町なのだろう

今まで暮らしたことが無い海辺の町、どんなところだろうか?

不安より好奇心の方が強くなっている

町の名前だけは知っている、だがそこが越後なのか越中なのかそれすら知らない

「行ってみるか」つぶやいた・・・・何かが待っているだけマシだと思った

伯母さんに実父の故郷へ行ってみようと思うと伝えた、伯母さんは、それが

人としての真の情なのだと言って見送ってくれた

昭和23年4月11日の午前、長野駅を発った各駅停車の蒸気機関車は昼過ぎに

ようやく海辺の町に着いた

田舎だと思っていたが、案外駅前には人通りがある、古い町並みだが情緒もある

祭りの幟が所々に立っている、どうやら祭りの日のようだ

東京に比べたら問題にならないほど静かな町だ、だがせせこましさを全く感じない

駅からまっすぐに伸びた未舗装の道を進んでいくと間もなく海に出た

日本海だった、父はこんな広くて遠い海を見るのははじめてだった、右も左も

ずっと海岸線が続いている、もっともその中心にそこそこの川が流れていて

海岸を二つに分けているのだが

海岸で歩いている男に実父が住んでいるという「日の出町」を聞いた

海岸線と平行している国道を東に1km程行ったあたりだと教えてくれた

法被姿の若衆と幾度もすれ違った、たしかに今日はこの町の祭りなのだろう

焼け野原の東京にはない景色だった、浅草の祭りとは比べる術も無いが

人々は活き活きとして大らかに生きているように思えた、同じ日本なのかと

思う風景だった

10分も歩くと木造の二階建ての病院が見えてきた、そこのテニスコートのあたりだと

聞いてきたので、近くの人に尋ねると、「ああ、世田谷さか?、一番海に近い

小屋に住んでるよ」と少々軽蔑したような口調で言った

(親父は世田谷さとよばれているのか)成城に居たからそうよばれるのだと

すぐに思った

行ってみると本当にみすぼらしい小さな小屋だった、今夜は泊めてもらおう

と思って来たが当てが外れた、それでも勇気を出して玄関を入った

小柄な女が出てきた「どなたさんだね?」東北訛りがある

(ああ、これが後妻なのか)と直感的に思った

「井川かず、と言うものです、親父に言ってもらえばわかると思いますから」

「かずさん、ああ、あんたがそう、かずさんかあ」知っているようだった

すぐに実父が出てきた、表情も変えずに「かずか?」とだけポツリと言った

とても涙に対面などとはほど遠い再会であった、それにしてもこの貧しさは

何だろうと驚いた父であった

痩せこけた子供が出てきた、実父は「おまえのあんちゃだ」と言った

「あんちゃ、あんちゃ」子供が言った、意味もわからず言っているのはすぐわかった

3歳くらいかと思ったが6歳だと実父は言った、それほどに小さくて痩せていた

明らかに栄養失調だとわかった、この子が腹違いの弟の昭一だと知った

18歳年下の弟だった、何の愛情も感情も湧いてこなかった

「今夜は本家で泊めてもらえ」と言った、それでも親父らしく本家まで送ると

言って外に出てきた

実父もまた、ガリガリに痩せていた、近眼なのか丸いめがねをかけている

服装はみすぼらしいが、表情は学校の先生のようであった、すなわち

何に対する者なのかはわからないが、ある種のプライドがあるように見えた

年齢を勘定してみると実父は今年48歳なのだ、仕事をしているようには

見えない・・・・・

5分歩いただけで本家に着いた、実父の家に比べたら遥かに大きい

やはり本家と言うだけのことはある、広い玄関土間に立つと、座敷の囲炉裏を

囲んで、父と似た年格好の若者が3人いて、一斉にこっちを見た