おはようございます。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。
「人間アドラー」を巡ってのクイズに対する第9回目の解答です。
クイズの問題は、下記のとおりでした。
9.アドラーが「共同体感覚」に言及する場合、「共同体」は、⒜理想の共同体 ⒝現実の共同体である。
答えは、⒜理想の共同体です。
詳しくは、5月17日のブログ(http://blog.goo.ne.jp/iwai-humanguild/d/20080517)をご参照いただければいいのですが、念のためその部分を抜き書きしましょう。
なお、出典はアドラーの『生きる意味を求めて』(アルテ)です。
共同体の構成員としての個人は、現実の地域や国家のあり方に従わなければならないのでしょうか?
そのことに関してアドラーは、次のように現実の共同体ではなく「理想の共同体」を想定しています。
「共同体感覚は、とりわけ共同体の形への追求努力を言うが、この共同体は、例えば人類が完全の目標に到達した時に考えることができるような永遠のものと見なさなければならない。決して現在ある共同体や社会が問題になっているのではなく、政治的なあるいは宗教的な形が問題になっているのでもない。むしろ完全のために最も適当な目標が問題であって、それは全人類の理想的な共同体、進化の最後の完成を意味する目標でなければならない」(第15章、P.224-5)
「われわれの人類の究極的な形としての共同体感覚についての理想―すべての人生の課題と外界への関係が解決されるとわれわれが考える理想の状態は、方向を与える目標であり、この完全の目標は、それ自身のうちに、理想的な共同体の目標を持たなければならない。なぜなら、われわれが価値があると考えるすべてのこと、存在し、存在し続けるすべてのものは、永遠にこの共同体感覚の産物だからである」(第15章、P.225)
「人類の発展は人類が共同体であり、理想の共同体の完成を求めて努力したからこそ可能であった」(第15章、P.231)
このように、アドラーが共同体感覚で言う「共同体」は、「理想の共同体」を想定していました。
人によっては、共同体を「現実の共同体」とし、それに忠誠心を煽ろうとする人がいるかもしれませんが、それはアドラーの本意からはずれたことになると解釈できます。
つまり、より広い共同体、未来に残す共同体、理想の共同体の視点から外れた共同体への忠誠心を求めることは、アドラーが求めた共同体感覚から逸脱した行為なのです。
(注)問題を見るには、5月22日の「アドラーを読もう(16)アドラー・クイズに答えよう①」(http://blog.goo.ne.jp/iwai-humanguild/d/20080522)をご覧ください。
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