見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

清朝末期の戦乱

2004-11-07 10:27:01 | 読んだもの(書籍)
○小林一美『清朝末期の戦乱』(中国史叢書)新人物往来社 1992.12

 最近、「清末から民国初期」がマイブームである。しかし、まだまだ知らないことが多い。書店でたまたま目にした本書は、日本人になじみの薄い少数民族の反乱を含め、比較的淡々と事実の記述に努めていることに好印象を持って購入した。

 章立ては以下のとおり。「アヘン戦争」「アロー号事件」「太平天国の反乱」「捻軍の反乱(安徽)」「回民蜂起(陝西・甘粛・新疆)」「広東天地会の蜂起」「雲南、貴州の少数民族と民衆の反乱」「清仏戦争」「日清戦争」「義和団戦争」。

 アヘン戦争、太平天国、義和団戦争などは世界史上の事件に数えられているから、日本人でも概略は知っている。しかし、あらためて詳細を読んでみると、帝国列強の残虐さ、清朝官僚の無策ぶり、民衆の犠牲の大きさに慄然とする。

 もっとも、中国の民衆は、ただ犠牲になっていただけではない。この時代、広範な地域にわたり、多数の犠牲者を生む壮大な民衆蜂起が次々に起きる。特に、日本ではあまり知られていないが、乾隆帝の末年から徐々に顕在化する、少数民族の蜂起は苛烈で、清軍の鎮圧も容赦のないものだったようだ。

 雲南省に行ったとき、少数民族の尊重や、漢民族との融和が謳われていたけれど、これってかなり臭い歴史にフタをしているんだな。また、台湾も様々な蜂起や動乱の舞台となった。中国の最新TVドラマ『滄海百年』は、そのへん、どんなふうに描いているんだろう。気になる。

 著者は「あとがき」に自分のコメントをまとめている。「なぜ中国民衆の戦いはあれほど壮大なのか」「日本民衆のあのつましい百姓一揆の狭さと小ささとこまやかさはどうしてなのか」。確かに、本書を読み終えた読者なら、この疑問にうなづくだろう。

 著者はひとつの答えを用意している。日本の場合、封建領主の生存の基盤は、領地と領民である。孫子の代までその土地に根を張ろうとすれば、領民の生産力が零になるまで、徹底的に搾取し尽くすわけにはいかない。むしろ、領民と共同で強い国(=藩)を作ってこそ、他国との競争に勝利できる。

 これに対して、中央集権制の発達した中国の支配者は、1、2年で他所に移るだけの官僚であるから、任地の人民を徹底的に収奪しようとする。いったん人民が蜂起すると、国家(皇帝)と天下を争う直接対決になるので、中国民衆の戦いは、かくも激しいのではないか。

 以上、簡単にまとめてしまったけれど、とにかく、「個人」と「国家」の関係が、日本と中国って違うのである。たぶん、今日もなお。どちらが合理的(近代的)で、どちらが非合理的かという差異ではなくて。引き続き、考えてみたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする