見もの・読みもの日記

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ソロモン王の都/北京物語

2005-07-09 21:43:13 | 読んだもの(書籍)
○林田愼之助『北京物語:黄金の甍と朱楼の都』(講談社学術文庫)講談社 2005.6

 3000年前、燕国の首都「薊城」として、初めて歴史に登場して以来、さまざまな王朝の盛衰をくぐりぬけ、近代に至る北京の歴史を概括したもの。人物史中心で読みやすく、おもしろい。

 中心となるのは、元の建国から、明、清の三つの王朝である。とりわけ、清朝の最盛期、康煕、雍正、乾隆の三代の物語は、何度読んでも飽きない。不思議なもので、我々は「名君」の物語が好きだ。無名の民衆の活動に焦点を当てた歴史も面白いけれど、やっぱり、ひとりの超人的な「名君」が、どのように人々を心服させ、危機を除き、国力を高めていったかという物語には、よくできた小説を読む面白さがある。豊臣秀吉物語しかり、武田信玄物語しかり。まして中国皇帝となれば、難局も栄華もスケールが大きい!

 清朝三代の皇帝のうち、誰が好きか、と問われるとちょっと悩む。人格的な高潔さをいちばん感じるのは康煕帝かな。学問好きで熱心な読書家でもあった。一方、イメージは少し暗いが、短い期間に重要な政策を果断に実行した雍正帝も捨てがたい。治世の華やかさで群を抜くのは乾隆帝。爛熟と衰退の予感もまた魅力である。イギリスの外交官マカートニーは、間近に接した乾隆帝をソロモン王に見立てた。キリスト教信者としては、最大級の賛辞と言っていいと思う。

 「近代」をすぐそこに控えたこの時期に、歴史上有数の名皇帝が立て続けに出たというのは、中国にとって幸福だったのだろうか、不幸だったのだろうか。彼らが清国の富を蓄えたからこそ、西欧列強の容赦ない侵略に対して、中国があそこまで耐え得たとも言えるし、彼らのような人材が皇帝ではなく臣下の側に出ていたら?なんてことを夢想してみることもある。

 本書の最後を飾るのは、生粋の北京人作家、老舎が、小説『四世同堂』に託して描いた北京への思い。登場人物のひとり瑞全は、抗日戦線から戻って天安門広場に立ち、壮麗な故宮の建築に「永遠に死なない母親」を感じ取る。長い歴史を持つ王都に抱かれて生まれ育った者だけに分かる感覚かも知れない。
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