○東京国立博物館 特別展『遣唐使と唐の美術』
http://www.tnm.go.jp/
この日は常設展だけのつもりだったのに、入口のディスプレイを見たら、やっぱり素通りできなくて入ってしまった。淡い水色に白文字で「おかえり。」のポスターは、中国考古・美術展のイメージを裏切って、なかなか斬新である。
呼びものは、なんと言っても、中国で昨年見つかった遣唐使「井真成」の墓誌だろう。先頃まで、愛知万博でも展示されていた。井真成は、717年(養老元年)、19才で唐に渡り、734年(開元24年)正月、36才で官舎で死去し、同年2月に万年県(長安南郊)に埋葬されたとある。井真成の本名(日本名)は未詳。また、正確な埋葬場所も分からないという。
「才は天縱に稱(かな)ひ」「学に強(つと)めて倦(おこた)らず」など、故人の美質と業績を称えるのは、古今東西、死者を悼む文の定石というものだが、結びに「形は既に異土に埋むれども、魂は故郷に帰らんことを庶(ねが)ふ」と付け加えたあたりに、いくぶんか作者の真情が表れているように感じる。
この墓誌は誰が文を起こしたのだろう。井真成の同輩だろうか。その人物は、漢民族だったのか、それとも井真成と同じく、どこか遠い国から唐土にやって来た人物だったのか。墓誌の作者を阿倍仲麻呂だとする推測もあるらしい。そうであるかもしれない。しかし、別に同じ日本人でなくたっていい。”民族複合国家”大唐帝国の官僚組織には、「魂は故郷に帰らんことを庶ふ」という望郷の想いを共有できる境遇の異邦人が、たくさんいたはずだ。「彼」は新羅人かも知れないし、青い目の西域人かも知れない。
いま、ちょうど保立道久先生の『黄金国家』(青木書店 2004.1)を読んでいることもあって、そんな想像をしてしまった。あと、リービ英雄さんの『我的中国』(岩波書店 2004.1)も思い出すなあ。古都開封の路地裏で「一千年前、中国人になったユダヤ人」の痕跡を探し求めるという、私小説的中国紀行である。
実物の墓誌は、文字が美しいことに驚く。少し女性的で、流麗な筆致である。同時代の日本の墓誌も展示されてるのだけど、全く格が違う。比べると、日本の墓誌は、まるで子供の字だなあ...
会場は、続けて、唐時代の美術品を展示している。中国・陝西歴史博物館からは、和同開珎が発見されたことでも有名な、西安・何家村の出土品が、かなりの数、来ている。非常に精緻な工芸品が多い。宣伝チラシの裏面に写真の載っている金製の龍を見たときは、思わず、声を上げそうになった(見た人なら分かるはず~)。東博の館蔵品や、国内の他の美術館から借りたものも多いが、意外と逸品揃いで感心した。
というわけで、観客は唐朝の雅(みやび)を満喫できるが、しかしなあ、「おかえり。」と言っておいて、唐の美術と一緒に展示するというのは...中国帰りの人を中華飯店でもてなすようなものじゃないのか。井真成の墓誌は、ぜひ奈良博に連れて行ってあげたい。それでこそ「おかえり。」だろう。
http://www.tnm.go.jp/
この日は常設展だけのつもりだったのに、入口のディスプレイを見たら、やっぱり素通りできなくて入ってしまった。淡い水色に白文字で「おかえり。」のポスターは、中国考古・美術展のイメージを裏切って、なかなか斬新である。
呼びものは、なんと言っても、中国で昨年見つかった遣唐使「井真成」の墓誌だろう。先頃まで、愛知万博でも展示されていた。井真成は、717年(養老元年)、19才で唐に渡り、734年(開元24年)正月、36才で官舎で死去し、同年2月に万年県(長安南郊)に埋葬されたとある。井真成の本名(日本名)は未詳。また、正確な埋葬場所も分からないという。
「才は天縱に稱(かな)ひ」「学に強(つと)めて倦(おこた)らず」など、故人の美質と業績を称えるのは、古今東西、死者を悼む文の定石というものだが、結びに「形は既に異土に埋むれども、魂は故郷に帰らんことを庶(ねが)ふ」と付け加えたあたりに、いくぶんか作者の真情が表れているように感じる。
この墓誌は誰が文を起こしたのだろう。井真成の同輩だろうか。その人物は、漢民族だったのか、それとも井真成と同じく、どこか遠い国から唐土にやって来た人物だったのか。墓誌の作者を阿倍仲麻呂だとする推測もあるらしい。そうであるかもしれない。しかし、別に同じ日本人でなくたっていい。”民族複合国家”大唐帝国の官僚組織には、「魂は故郷に帰らんことを庶ふ」という望郷の想いを共有できる境遇の異邦人が、たくさんいたはずだ。「彼」は新羅人かも知れないし、青い目の西域人かも知れない。
いま、ちょうど保立道久先生の『黄金国家』(青木書店 2004.1)を読んでいることもあって、そんな想像をしてしまった。あと、リービ英雄さんの『我的中国』(岩波書店 2004.1)も思い出すなあ。古都開封の路地裏で「一千年前、中国人になったユダヤ人」の痕跡を探し求めるという、私小説的中国紀行である。
実物の墓誌は、文字が美しいことに驚く。少し女性的で、流麗な筆致である。同時代の日本の墓誌も展示されてるのだけど、全く格が違う。比べると、日本の墓誌は、まるで子供の字だなあ...
会場は、続けて、唐時代の美術品を展示している。中国・陝西歴史博物館からは、和同開珎が発見されたことでも有名な、西安・何家村の出土品が、かなりの数、来ている。非常に精緻な工芸品が多い。宣伝チラシの裏面に写真の載っている金製の龍を見たときは、思わず、声を上げそうになった(見た人なら分かるはず~)。東博の館蔵品や、国内の他の美術館から借りたものも多いが、意外と逸品揃いで感心した。
というわけで、観客は唐朝の雅(みやび)を満喫できるが、しかしなあ、「おかえり。」と言っておいて、唐の美術と一緒に展示するというのは...中国帰りの人を中華飯店でもてなすようなものじゃないのか。井真成の墓誌は、ぜひ奈良博に連れて行ってあげたい。それでこそ「おかえり。」だろう。