■早稲田大学坪内博士記念演劇博物館 企画展示 日中文化交流『上海演劇の精華』展(2009年6月1日~6月30日)
会津八一記念博物館の次は演劇博物館へ。「上海演劇」と聞いてもピンと来なかったが、中国の伝統演劇が取り上げられているらしい。展示室に入ると、華やかな京劇の舞台衣装に迎えられ、有名な京劇役者の写真が並ぶ。導入部は、2005年にこの演劇博物館で行われた『京劇資料展』とよく似ていた。
初めて見たのは、1920~30年代の京劇公演のポスター多数。ポスターと言っても、粗悪な用紙、写真なし、文字ばかりで、新聞の切り抜きみたい。よく残っていたなあ、と感心した。1920年代の昆曲の楽譜は、詞譜の横に文字とも記号ともつかない朱筆が加えられており、たぶん節回しを表わすのだろう。日本の中世の声明の楽譜を思わせる。映画『花の生涯-梅蘭芳』の邱如白のモデル、斉如山の著書もさりげなく展示されている。今も上海に残る劇場「天蟾舞台」の1930年代の外観写真も印象深かった。人気の役者名を大書した看板でハリネズミのように飾られている。当時の浅草もこんなふうだったのかなあ。いや、歌舞伎座に似ていなくもないか。
展示資料は古いものばかりではない。90年代以降の、新しい演劇プログラムもずらりと並んでいる。また、京劇・昆曲・越劇だけではなくて、評弾(1人または2人で語る講談)、滑稽(コメディ)、皮影(影絵劇)、木偶(人形劇)など、日本人にはなじみの薄いジャンルも取り上げられていた。途中に設けられたパネルを読んで、これらは皆「上海市文化芸術档案館」が所蔵する資料だと知った。档案館とはアーカイブズ(公文書館)のこと。ただし、日本のように行政資料に限定しない。「中国では人民の行状が記された全ての記録を档案と呼んで、档案館の管理によって保存します」という。これは、全ての人民を管理下に置く、共産主義という政治体制の「怖い」ところでもあるのだが、それ以上に、記録資料の保存にかける情熱は、中華民族の血脈なのだろう。
■大隈記念タワー10階125記念室 『近世文藝の輝き-早稲田大学所蔵近世貴重書展-』(2009年5月14日~6月18日)
最後に、この日の「本命」の展示会場に向かう。早稲田大学が所蔵する近世の和古書・書画など142点を厳選公開する貴重書展である。演劇博物館を有するだけのことはあって、近世演劇の資料はきわめて豊富。個人的に興奮したのは、書誌学でよく聞く「青本」「黒本」「黄表紙」が、いずれも「原装を備える」状態で並んだ図。青本って「黄色(もえぎ色)の表紙(黄色を青と称した)」というけど、ほんとなんだーとあらためて認識。黒本は名前どおり真っ黒。黄表紙は色が薄くて白っぽかった(→Wiki:草双紙)。
圧倒的な存在感を示すのは、馬琴関係資料の充実ぶり。『南総里見八犬伝』の稿本は、ちょうど書き手が馬琴自身から息子の嫁のお路に交代した箇所が展示されていた。右の丁は、極端な墨の濃淡、空白の多い、失明寸前の馬琴の筆。もはや痛々しいほどよれよれである。左の丁は、律儀なフリガナに埋められたお路の筆。代筆の真剣さが伝わってくる。同じく『新編金瓶梅』の稿本は楽しい下絵入り。江戸の草双紙って、本文の作者が挿絵の構図を指定する権限を持っていたのか~(→全丁画像あり)。それにしても、早大がこれだけの馬琴コレクションを持つに至った経緯がよく分からないのが気になる。
付記しておくと、まだまだ全貌は未整理と思しい、さまざまな個人文庫が早大図書館には入っているらしい、ということを感じた。あと、小品だが気に入ったのは『杉田玄白自画像』。こんな洒脱なおじいちゃんだとは思わなかった。
■早稲田大学:古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html
※前掲の画像もここから。サイトのデザインが楽しくていい。『八犬伝』刊本に登場するわんちゃんとか。
会津八一記念博物館の次は演劇博物館へ。「上海演劇」と聞いてもピンと来なかったが、中国の伝統演劇が取り上げられているらしい。展示室に入ると、華やかな京劇の舞台衣装に迎えられ、有名な京劇役者の写真が並ぶ。導入部は、2005年にこの演劇博物館で行われた『京劇資料展』とよく似ていた。
初めて見たのは、1920~30年代の京劇公演のポスター多数。ポスターと言っても、粗悪な用紙、写真なし、文字ばかりで、新聞の切り抜きみたい。よく残っていたなあ、と感心した。1920年代の昆曲の楽譜は、詞譜の横に文字とも記号ともつかない朱筆が加えられており、たぶん節回しを表わすのだろう。日本の中世の声明の楽譜を思わせる。映画『花の生涯-梅蘭芳』の邱如白のモデル、斉如山の著書もさりげなく展示されている。今も上海に残る劇場「天蟾舞台」の1930年代の外観写真も印象深かった。人気の役者名を大書した看板でハリネズミのように飾られている。当時の浅草もこんなふうだったのかなあ。いや、歌舞伎座に似ていなくもないか。
展示資料は古いものばかりではない。90年代以降の、新しい演劇プログラムもずらりと並んでいる。また、京劇・昆曲・越劇だけではなくて、評弾(1人または2人で語る講談)、滑稽(コメディ)、皮影(影絵劇)、木偶(人形劇)など、日本人にはなじみの薄いジャンルも取り上げられていた。途中に設けられたパネルを読んで、これらは皆「上海市文化芸術档案館」が所蔵する資料だと知った。档案館とはアーカイブズ(公文書館)のこと。ただし、日本のように行政資料に限定しない。「中国では人民の行状が記された全ての記録を档案と呼んで、档案館の管理によって保存します」という。これは、全ての人民を管理下に置く、共産主義という政治体制の「怖い」ところでもあるのだが、それ以上に、記録資料の保存にかける情熱は、中華民族の血脈なのだろう。
■大隈記念タワー10階125記念室 『近世文藝の輝き-早稲田大学所蔵近世貴重書展-』(2009年5月14日~6月18日)
最後に、この日の「本命」の展示会場に向かう。早稲田大学が所蔵する近世の和古書・書画など142点を厳選公開する貴重書展である。演劇博物館を有するだけのことはあって、近世演劇の資料はきわめて豊富。個人的に興奮したのは、書誌学でよく聞く「青本」「黒本」「黄表紙」が、いずれも「原装を備える」状態で並んだ図。青本って「黄色(もえぎ色)の表紙(黄色を青と称した)」というけど、ほんとなんだーとあらためて認識。黒本は名前どおり真っ黒。黄表紙は色が薄くて白っぽかった(→Wiki:草双紙)。
圧倒的な存在感を示すのは、馬琴関係資料の充実ぶり。『南総里見八犬伝』の稿本は、ちょうど書き手が馬琴自身から息子の嫁のお路に交代した箇所が展示されていた。右の丁は、極端な墨の濃淡、空白の多い、失明寸前の馬琴の筆。もはや痛々しいほどよれよれである。左の丁は、律儀なフリガナに埋められたお路の筆。代筆の真剣さが伝わってくる。同じく『新編金瓶梅』の稿本は楽しい下絵入り。江戸の草双紙って、本文の作者が挿絵の構図を指定する権限を持っていたのか~(→全丁画像あり)。それにしても、早大がこれだけの馬琴コレクションを持つに至った経緯がよく分からないのが気になる。
付記しておくと、まだまだ全貌は未整理と思しい、さまざまな個人文庫が早大図書館には入っているらしい、ということを感じた。あと、小品だが気に入ったのは『杉田玄白自画像』。こんな洒脱なおじいちゃんだとは思わなかった。
■早稲田大学:古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html
※前掲の画像もここから。サイトのデザインが楽しくていい。『八犬伝』刊本に登場するわんちゃんとか。