見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

綺羅星のごとく/大学の誕生(上)(天野郁夫)

2009-06-10 20:53:18 | 読んだもの(書籍)
○天野郁夫『大学の誕生(上)帝国大学の時代』(中公文書) 中央公論新社 2009.5

 近代日本の黎明期における「大学」の誕生は、なかなか面白いドラマである。本書が扱うのは、おおよそ明治年間。明治19年(1886)の「帝国大学」創設と、明治36年(1906)の「専門学校令」に触発された「私立大学」創設への動きが、重要な画期と目されている。

(1)帝国大学以前

 そもそも「大学」という名称を持つ高度の教育機関を設置しようという動きは、明治5年(1872)の「学制」公布以前から始まっていた。しかし、小学・中学の建設がこれからの課題である段階で「大学」の設置を具体的に構想することは、事実上不可能だった。そのため、明治6年「学制二編追加」には、妥協的な「専門学校」の規程が設けられ、この一つとして、開成学校が発足する。明治10年、東京開成学校は東京大学に改組されるが、実態は専門学校時代と何も変わらなかった。この時期、文部省以外の官庁も、「学制」の規程にかかわりなく、専門官僚を養成することを目的とした専門学校を次々と立ち上げた。著者はこれらを、フランスの高級官僚育成組織になぞらえて「日本型グランド・ゼコール」と呼ぶ。さらに、東京大学や官立専門学校には人材の「簡易速成」を目的とする課程が設けられ、世間には、医学・法学を中心に、種々雑多な専門学校群が登場する。

 「日本のように高度の文字文化の発達した国では、新しい教育システムの構想や法制とかかわりなく、時代状況の変化に応じ、社会と個人の必要や要求に応えてさまざまな学校・教育機関が自生的に設置されていく」という総括が興味深い。明治維新=「上からの近代化」というけれど、教育に関する限り、官権の果たした役割は限定的だったんじゃないかと思う。

(2)帝国大学の発足

 明治19年(1886)「帝国大学令」に基づき、帝国大学が発足する。この契機となったのは、明治14年の政変と、東京専門学校の開校である。東京大学の卒業生7名が「反体制」的な大隈重信の政治学校に参加したことが、政府と大学当局に与えた衝撃は大きかった。「東京大学は、国家の大学でなければならない」という理念(臆面もない…)が確認され、工部大学校などの日本型グランド・ゼコール群を統合し、日本の教育システムの頂点に君臨する、唯一無二の高等教育機関「帝国大学」が誕生するのである。

 帝国大学は、国家資格や国家試験を必要とする諸特権の独占体として、また学位・学会・学術雑誌など学術世界の独占体として、順調に発展を遂げた。同時に、帝国大学に有為な人材を供給するために、初等・中等教育の整備が進められたが、帝国大学の地位があまりにも隔絶していたため、学校間の接続関係の問題は、長きに渡って教育官僚を悩ませ続けた。

(3)「私立大学」の登場

 明治20~30年代、「高学歴人材」全体に占める帝国大学卒業者の比率はきわめて少なかった。そのことは、「学歴貴族」としての彼らの希少性を保証する一方、帝国大学は、高等教育の量的な主流でなかったことを示している。近代化・産業化の進展とともに、急速に肥大していく「民」の人材需要に応えたのは、むしろ多様な専門学校群であり、その中から「大学」を校名に掲げる私学が登場するに至るのである。
 
 私は竹内洋氏の著作が好きで、高等教育の歴史については、ずいぶん読んできたつもりだった。しかし、同氏の主要著作が「旧制高校→帝国大学」という、エリート教育の「王道」にフォーカスしているのに対して、現実には、その周囲を、各種学校、専門学校など、さまざまな教育機関が綺羅星のごとく取り巻き、それなりの役割を果たしていたことが分かって興味深かった。

 豆知識的に面白かったのは、この時代、ヨーロッパの大学は「無償」が原則だったのに、日本の大学・専門学校は、官学でも授業料を徴収していたこと。どうして、こういうところは西欧のシステムを真似ないのかなー。

 それから、東京帝国大学は、明治19年「帝国大学令」の公布された3月1日を、長く創立記念日として祝っていたという。これを読んで、私は、あれっ?と思った。現在の東京大学は、4月12日を創立記念日としている。これは、戦後の新制大学のスタート日ではなくて、明治10年、東京開成学校と東京医学校が合併し、東京大学が発足した日なのである。帝国大学を否定するとともに、その否定した日から新たなスタートを切るのではなく、もっと起原を遡らせる――昭和天皇が、いわゆる「人間宣言」において、「五箇条の御誓文」を持ち出したレトリックにそっくりだと思った。

※参考:東京大学の歴史
http://www.u-tokyo.ac.jp/index/b03_j.html
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする