○国立劇場 9月文楽公演『良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい)』『鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)』(2010年9月20日)
最初の演目『良弁杉由来』は、東大寺の初代別当・良弁上人の出生伝説(鷲の子育て)に取材。しかし、作品自体は『三拾三所花野山』として明治20年に初演されたというから、完全な近代戯曲だ。ええ~そうなのぉ。確かに古い戯曲と比べると、善悪理非のスジが通り過ぎているかもしれない。聴きどころは「桜宮物狂いの段」の鶴澤清治さんの三味線。昨年の『天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)』ですっかりファンになってしまったので、彼が床に上がると、舞台(吉田文雀さんが人形を遣っているのに!)に目もくれず、清治さんの撥さばきを注視し続けた。彼の音色は、私には「口説き」の連続に聴こえる。情念の深さがタンゴみたい…と形容したら、突拍子もないかしら。
文雀さんをさすが、と思ったのは「二月堂の段」で「の老婆」に身をおとした渚の方が、おそるおそる、良弁上人(実は鷲にさらわれた我が子、光丸)に身の上を語り出す下り。短い片袖を舞台に掛けるなど、小さな所作にも神経が行き届いていて、ほんとに落涙してしまった。綱大夫さんの語りは、聴きやすくていいなあ。三味線は鶴澤清二郎さん。
『鰯売恋曳網』は、三島由紀夫の新作歌舞伎として昭和29年初演、現在も人気演目のひとつだそうだ。これを、織田紘ニ氏(国立劇場理事 ※理事なのに仕事してるんだなー)が文楽の台本に改め、豊竹咲大夫、鶴澤燕三が「いかにも文楽の古典らしい曲調で」節付けしたものが、本公演で初公開となった。ううむ、文楽って攻める芸術だなあ。これだけ人気があるのだから(ほんとにチケットが取れない)、伝統的な演目を繰り返し公演していてもよさそうなものを、果敢に新作(新しい伝統)の創出に挑むチャレンジ精神に敬服する。
三島の戯曲は、お伽草子や奈良絵本で愛読された『猿源氏草紙』の物語をもとにしているそうだ。私は『猿源氏草紙』の物語を知らなかったので、鰯売りの猿源氏が惚れた美女・蛍火が、上臈女房でなく遊女であるというのも、蛍火の憧れが鰯売りの女房になることだったというのも、三島の「ひねり」だろうと思った。そうしたら、少なくとも前者は原作のままらしい。当時の読者にとって、遊女=ヒロインは問題なしなんだな。後者は、三島らしいウィットに富んだ展開で好きだ。東国の大名に化けて、蛍火を騙しおおせたはずの猿源氏は、慌てて自分が正真正銘の鰯売りであることを打ち明け、ハッピーエンドになだれ込む。
男女の機微をいとおしむ繊細さはロココふうで、晴れやかで確固とした結構は古典的な人間喜劇が楽しめる。人形の振付は藤間勘十郎が手がけたそうで、ところどころ、なるほどと思わせる美しい所作が見られる。
最初の演目『良弁杉由来』は、東大寺の初代別当・良弁上人の出生伝説(鷲の子育て)に取材。しかし、作品自体は『三拾三所花野山』として明治20年に初演されたというから、完全な近代戯曲だ。ええ~そうなのぉ。確かに古い戯曲と比べると、善悪理非のスジが通り過ぎているかもしれない。聴きどころは「桜宮物狂いの段」の鶴澤清治さんの三味線。昨年の『天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)』ですっかりファンになってしまったので、彼が床に上がると、舞台(吉田文雀さんが人形を遣っているのに!)に目もくれず、清治さんの撥さばきを注視し続けた。彼の音色は、私には「口説き」の連続に聴こえる。情念の深さがタンゴみたい…と形容したら、突拍子もないかしら。
文雀さんをさすが、と思ったのは「二月堂の段」で「の老婆」に身をおとした渚の方が、おそるおそる、良弁上人(実は鷲にさらわれた我が子、光丸)に身の上を語り出す下り。短い片袖を舞台に掛けるなど、小さな所作にも神経が行き届いていて、ほんとに落涙してしまった。綱大夫さんの語りは、聴きやすくていいなあ。三味線は鶴澤清二郎さん。
『鰯売恋曳網』は、三島由紀夫の新作歌舞伎として昭和29年初演、現在も人気演目のひとつだそうだ。これを、織田紘ニ氏(国立劇場理事 ※理事なのに仕事してるんだなー)が文楽の台本に改め、豊竹咲大夫、鶴澤燕三が「いかにも文楽の古典らしい曲調で」節付けしたものが、本公演で初公開となった。ううむ、文楽って攻める芸術だなあ。これだけ人気があるのだから(ほんとにチケットが取れない)、伝統的な演目を繰り返し公演していてもよさそうなものを、果敢に新作(新しい伝統)の創出に挑むチャレンジ精神に敬服する。
三島の戯曲は、お伽草子や奈良絵本で愛読された『猿源氏草紙』の物語をもとにしているそうだ。私は『猿源氏草紙』の物語を知らなかったので、鰯売りの猿源氏が惚れた美女・蛍火が、上臈女房でなく遊女であるというのも、蛍火の憧れが鰯売りの女房になることだったというのも、三島の「ひねり」だろうと思った。そうしたら、少なくとも前者は原作のままらしい。当時の読者にとって、遊女=ヒロインは問題なしなんだな。後者は、三島らしいウィットに富んだ展開で好きだ。東国の大名に化けて、蛍火を騙しおおせたはずの猿源氏は、慌てて自分が正真正銘の鰯売りであることを打ち明け、ハッピーエンドになだれ込む。
男女の機微をいとおしむ繊細さはロココふうで、晴れやかで確固とした結構は古典的な人間喜劇が楽しめる。人形の振付は藤間勘十郎が手がけたそうで、ところどころ、なるほどと思わせる美しい所作が見られる。