見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

文楽人形の面影/小村雪岱とその時代(埼玉県立近代美術館)

2010-01-12 22:50:07 | 行ったもの(美術館・見仏)
埼玉県立近代美術館 企画展『小村雪岱とその時代』(2009年12月15日~2010年2月14日)

 余談になるが、2009年3月に完結した小学館の『全集日本の歴史』月報には、山下裕二さんによる「今月の逸品」という連載があって、確か14巻の『「いのち」と帝国日本』の回で、雪岱(せったい)の『青柳』(大正13年)を取り上げていた。無人の座敷に、三味線一挺と鼓が2個(どう数えるんだ?)行儀よく並んだ図。品があって、色っぽくて、素敵だなあと思った。

 小村雪岱(1887-1940)は実に多彩な活動をした画家だ。資生堂の社員として、広告や香水瓶のデザインなどを手がけたこともある。見逃せないのは、本の装丁。泉鏡花とは、大正3年(1914)の『日本橋』以来、多数の名作を世に送り出した。本展でも、泉鏡花記念館所蔵の美本をずらりと並べたコーナーは圧巻。宝飾店のケースを覗いて歩くみたいで、ためいきが出る。雪岱の装丁の特徴と思われるのは、贅沢な見返し(※本の表紙を開けたところ→表紙と本体をつなぐための紙)。高価な西洋本は、たまにマーブル紙を使ったりするが、雪岱のように、物語世界を象徴する風景画や人物画を配した例は少ないのではないか。でも、図書館って、ここにバーコードラベルや返却期限票を貼りたがるんだよなあ…。

 それから、挿絵画家としても活躍。鏡花以外に、吉川英治、邦枝完二など、さまざまな時代小説に挿絵を描いた。雪岱は、人形の面に浮かぶ、かすかな表情が好きだ、というようなことを述べている。確かに、彼の描く人物には「ほとんど」個性がない。「ほとんど」表情がない。けれど、厚く張った氷の奥底に手を伸ばしたら、温かい、むしろ熱い血潮に触れそうな気もする。私には昔なじみの、文楽人形の魅力に通じるところがあるように思う。雪岱には、後ろ向きの女性が描かれた名品も多くて、全く顔が見えないのに、傾げたうなじや落とした肩が、内心の感情の起伏を雄弁に語っていたりするが、あれも文楽の見せ場の「後ろ振り」みたいである。でも、もっと進んで、無人の風景が、あやしく見る者の心を騒がせるのは、雪岱独特の境地であるけれど。

 ところで、ギャラリートークを立ち聞きしていたら、展示品の膨大な新聞・雑誌コレクションは、雪岱ファンの岩城邦男さんという方が蒐集されたのだそうだ。これはすごい! 本展の「鏡花本」のコーナーでは、鏑木清方や橋口五葉の装丁も楽しめるし、「挿絵画家」のコーナーでは、岩田専太郎、志村立美、小林秀恒(昭和初期に「挿絵界の三羽烏」と呼ばれた)を見比べることもできて、なかなかお得。戦前の時代小説の盛行ぶりがしのばれたり、泉鏡花という文学者が、美術界に与えた影響力の大きさをしみじみ考えさせられたりする。

カイエ:美しい本 小村雪岱装丁、泉鏡花『日本橋』(図版多し)

カイエ:小村雪岱(図版多し)

松岡正剛『千夜千冊』第1097夜:星川清司『小村雪岱』

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 殿様の趣味とビジネス/細川... | トップ | 空き腹には毒?/陶磁器ふた... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

行ったもの(美術館・見仏)」カテゴリの最新記事