村上春樹・吉本由美・都築響一 2008年 文春文庫版
これはわりと最近買った中古の文庫。
村上さん以外の二人の著者については知らないけど。
三人で、ちょっと変なものを見に行って、面白いと思ったものを書いた旅行記ということのようで。
時代は2000年代前半で、日本の景気はあまりよくなかったころみたい。
たとえば、最初に名古屋のちょっとヘンなところクローズアップしてるけど、名古屋めしが脚光を浴びるのはもうちょっと後だったと思うから、先見の明があったというか。
食べものとりあげてるだけなら、なんかミーハーなだけかもしれないけど、街をよく観察して若者が遊ぶ場所がないような状態について、
>それはなぜかというと、名古屋の場合、若い人たちの実家率が高いっていうこともあるんじゃないかと思うんですよ。要するに、最後は実家に帰ってご飯が待っている。東京のように独り暮らしが多いところって、街がそいつの居場所になるんです。(略)それで街が面白くなるんです、独り暮らしが多い所っていうのは。でも、名古屋という街には、そういう機能があまり求められていないんだよね。(p.111)
みたいな分析をしてたりするところが、けっこういいと思った。
あと名古屋に赤字分を税金で補てんしている大仰な美術館があることについて、
>だいたい名古屋に〈名古屋ボストン美術館〉があるからって、それで名古屋の都市としての文化的価値がぐっと上がるってものでもないだろうし(下がるとまでは言わないけど)、わざわざ大金をはたいてそんなことをする意味がどこにあるんだろうってつくづく思います。(p.66)
っていう村上さんの意見とかは妙に納得しちゃったりする。
それでも名古屋はパワフルなとこあるからいいようなもんとして、さびれてく一方の熱海なんかについては厳しい。
>結局のところ熱海って、日本の観光地の悪いところの縮図なんだよ。そういう要素が全部集まっているっていう。(p.192)
なんて結論が出ちゃってる。改造計画をよその人に出させるべしということか。
それが江の島になると、その脱力加減が逆にほめたたえられてたりしておかしい。
「そういう向上心がないところに行くと、僕たちはとても落ち着く」とか、「すべてを年取って見せる、すごいいい味がある」とか、「やる気のブラックホール」とか、そこ肯定しちゃってる、おもしろい。
タイプちがうけどハワイも、アクティブになろうとしなくていいし、刺激とかとは無縁でいいってことがプラスとされて、「要するに知的文化ってものが存在しないんだよね」とまで言って、それは再開発なんかするもんぢゃなくて、そのままでいいって意見になってたりする。
全編とおして、いちばん興味深かった文章は、村上さんの「サハリン大旅行」かな、読んだことないけどチェーホフの話なんかもあって。
あと、「〈ラ・マリアナ〉はあなたがいつまでもそこにいたいと思ってしまうようなお店である。」と紹介している、ハワイ編の「(ほぼ)最後のチキ・バー」もいい感じだと思った。
大きな章立ては以下のとおり。
「魔都、名古屋に挑む」
「62万ドルの夜景もまた楽し―熱海」
「このゆるさがとってもたまらない―ハワイ」
「誰も(たぶん)知らない江の島」
「ああ、サハリンの灯は遠く」
「清里―夢のひとつのどんづまり」